日本人でよかった | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 東電・福島第一原発、その処理水の海洋放出は、二〇二三年八月のことだった。国際的な安全基準をクリアしたこの放出は、三十年に及ぶという。原発の功罪は計り知れない。

 この放出に過剰反応を示したのが中国だった。日本からの水産物の輸入を即日全面停止し、科学的根拠に基づくことのない大々的なプロパガンダを展開した。それは政治的意図を多分に含んだものだった。マイクを向けられた人々は「日本は、とんでもないことをする国だ」と口を揃える。一方的な情報しかなく、自由な発言が許されない国である。

 近年の温暖化の影響で、サンマやサバなどの漁は、根室市から千キロの沖合で行われている。公海上なので、中国漁船もいる。ここで獲れた魚は中国で水揚され、中国産として国内に流通している。同じ海域で日本漁船が獲った魚は、汚染魚として輸入を認めない。このような事例は、挙げれば切りがない。

 中国への輸出停止は、日本の水産業にとっては大打撃だ。とんでもないことになるぞ、と思った。ほどなくネット上に「風評被害に負けるな!」というスレッド(話題)が溢(あふ)れ出した。水産物の加工品を返礼としたふるさと納税の寄付が、それまでの十倍を超え、製造が追いつかなくなった。

 また、「#食べるぜニッポン!」というハッシュタグのついた水産物の写真が次々とネットに上がり、気運の盛り上げに大きく寄与した。日本の若者もやるなと思った。思わず涙腺が緩む。中国への冷静な対応も、節度があって好ましい。

 気がつくと、私たちは頭の上からスッポリと網を被せられている。ネット社会という網だ。投網を打たれたように一網打尽、否も応もない。そして、その〝便利〟という恩恵を享受している。

 だが、そこには深い闇もある。ネットを介した新たな犯罪だ。やり口が非人間的で、卑劣極まりない。何か事件が起こると、様々な投稿がネット上に飛び交う。好意的なコメントばかりではない。相手を死に追いやるような誹謗(ひぼう)中傷も溢れ返る。それがネット社会のもう一つの側面だ。

 もう、十年も前のことになる。走行中の東海道新幹線の車内で、焼身自殺を図るという前代未聞の事件が起こった。様々な投稿に埋もれるように、ひとつのコメントがあった。

「本日の新幹線の事件で、散々な思いをしたのですが、無事、東京に戻り改札を出る際、あまりにも駅員さんが『本日は本当に申し訳ありませんでした』と言い続けるので、逆に、『今日一日、ご苦労様』と言ったら、『そんなこと言われたら涙が出ます』と泣かれてしまいました。日本人の職に対する意識の高さに、こちらも涙が出てきました」

 やさしい気持ちから出た言葉は、温かい。嫌なニュースが氾濫する日々の中で、ほっとさせられ、思わずこちらまで涙が溢れる。

 日本人でよかったと思う。

 

   2023年12月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

 

ランキングに参加しています。

ぜひ、クリックを!

 ↓

エッセイ・随筆ランキング
エッセイ・随筆ランキング

 

近藤 健(こんけんどう) HP https://zuishun.net/konkendoh-official/

■『肥後藩参百石 米良家』- 堀部弥兵衛の介錯人米良市右衛門とその族譜 -

  http://karansha.com/merake.html

□ 随筆春秋HP https://zuishun.net/officialhomepage/