米陸軍に求められる「対艦攻撃能力」 | 因幡のブログ

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 近年勢力を増大しつつある中国やロシアといった国々、それを念頭において米陸軍は現在新たな能力の獲得を求められています。その一つが「対艦攻撃能力」です。

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(ロケット弾を発射する米軍のHIMARS、米陸軍の対艦攻撃能力の重要なパーツとなるかもしれない 画像はwikipedia https://ja.m.wikipedia.org/wiki/HIMARS より)

太平洋軍司令官から陸軍への
「お願い」
 今月開催された米海軍のイベントである「West 2017」において、米太平洋軍司令官のハリー・B・ハリス海軍大将が「私が太平洋軍を去る前に、陸軍が対艦攻撃演習を実施するのを見たい」と発言したことがUSNI Newsで報じられました。同報道によれば、ハリス司令官は米陸軍の防空システムと米海軍のNIFC-CA(海軍統合火器管制-対空・高度なデータリンクを介して目標情報を共有して、最適な形で敵を迎撃する一連のシステム)を組み合わせて、海軍や陸軍の間で目標情報をやりとりするという仕組みを提唱したとのことです。
 これはある意味、米太平洋軍司令官から米陸軍への「お願い」と捉えられると思います。つまり米陸軍はもっと幅広い領域で活動して欲しいというお願いです。

米陸軍が考える
「マルチドメインバトル」
 実はこのハリス司令官からのお願いから遡ること4ヶ月前、米陸軍TRADOC(訓練ドクトリンコマンド)のデイビッド・G・パーキンス司令官が「マルチドメインバトル」という考えを提唱しています。これは一体どのような構想なのでしょうか。
 マルチドメインバトルは現在まだ開発途上の考えですが、端的に言えば「米陸軍が陸上戦闘に止まらない存在になる」というものです。従来陸軍は陸上戦闘を主体としてきました。同じように海上戦闘は海軍が、航空戦闘は空軍がそれぞれ担ってきました。マルチドメインバトルはこの既存の考えを打破し、陸軍も他の軍種(空軍や海軍など)と緊密に連携して、航空戦闘や海上戦闘、更にはサイバー空間における戦闘に加わる能力を持とうというものです。
 パーキンス司令官によれば、このマルチドメインバトル誕生に大きな影響を与えたのは、実はロシアだと言います。未だ続くウクライナにおける動乱において、ロシア及び親ロシア勢力はサイバー戦やUAV(無人航空機)を用いてウクライナ軍の目標情報を得、それによりウクライナ軍への砲撃を行なったり、また分離派地上軍が持ち込んだ防空システムにより、空軍の力を借りずにその地域の航空優勢を確保したりしたと、パーキンス司令官は述べています。つまり1つの領域から他の領域を支配することで、大きな成果をあげられるということになります。
 マルチドメインバトルについて概観したところで話を対艦攻撃能力に戻しますが、このパーキンス司令官が考えるマルチドメインバトルの中には、先述した通り陸軍による対艦攻撃も組み込まれています。しかし現状陸軍は対艦攻撃能力を有していません、ではどのようにしてこの能力を確保するのでしょうか。

射程300kmの対艦ミサイル
 この疑問に答えるのが、米国防総省のStrategic Capabilities Office(戦略能力造成室・2012年に新設された、既存の兵器やシステムを改造したり組み合わせたりして、現場のニーズに合わせた兵器を安く早く生み出す組織)が昨年10月末に発表した、米陸軍が保有するATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)を改造して、対艦ミサイルに転用する計画です。ATACMSは米陸軍が保有する長射程の地対地ミサイルで、M270MLRS(多連装ロケットシステム)やHIMARS(高機動ロケット砲システム)から発射されるものです。従来は敵の施設や集結地を攻撃するのに用いられてきました。
 SCOは、このATACMSの弾頭にシーカーを組み込むことにより、地上や海上の移動目標を狙えるようにしようと計画しているのです。これによりATACMSは、沿岸から300km先を狙える対艦ミサイルになるというのです。またATACMSへのシーカー搭載は、SCOトップのウィリアム・ローパー氏によれば「かなり簡単だ」といいます。その理由としてローパー氏は、米国が既にこれらに必要な技術を得ていることをあげています。このATACMSへのシーカー搭載に関する初期テストの予算は、早ければ2018年にも組み込まれる予定です。
 ただし、この種の長射程兵器につきまとう「目標情報をどうやって得るか」という問題を解決しなければ、いくら長射程の対艦ATACMSが誕生しても、敵の姿を捉えられなければ実戦では役に立ちません。この問題を解決するのが、最初に触れたハリス太平洋軍司令官の「陸軍の防空システムと海軍のNIFC-CAとの組み合わせ」ということになりそうです。つまり、米海軍が捉えた目標を米陸軍に伝達して、そこに向かってATACMSを発射する、という運用になるでしょうか。
 
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(ATACMS このように6発入りコンテナに偽装したコンテナに収められている 画像はwikipedia https://ja.m.wikipedia.org/wiki/MGM-140_ATACMS より)

対艦ATACMSを何から撃つか
 先述した通り、ATACMSを発射できるものは2つあります。1つはM270、そしてもう1つはHIMARSです。やろうと思えば対艦ATACMSはこのどちらからも発射できますが、前者のM270の場合は車重が重いので、戦場への輸送にC-17のような大型輸送機が必要とされるために、迅速な展開に難がある点が指摘されています。そこでその欠点を解決したのが、後者のHIMARSです。HIMARSはC-130輸送機による輸送が可能で、迅速な展開を実現しました。ただし搭載できるロケットやミサイルの数は半分となっています。
 実際にHIMARSは昨年、米比合同演習「バリカタン」に参加するため、C-130輸送機でフィリピンのパラワン島に展開しました。こうした迅速な展開能力は、対艦ATACMSの運用でも大きな意義を持つと筆者は考えます。

 まだまだ未知数ではある米陸軍のクロスドメインバトルと対艦攻撃能力、これからの展開に注目です。

参考記事
・「PACOM Commander Harris Wants the Army to Sink Ships, Expand Battle Networkshttps://news.usni.org/2017/02/21/pacom-commander-harris-wants-army-sink-ships-expand-battle-networks (2月26日 閲覧)

・「The Multi-Domain Battlehttp://www.defensenews.com/articles/the-multi-domain-battle (同上)

・「Anti-Naval ATACMS, 'Big' Swarming Breakthroughs from Strategic Capabilities Officehttp://www.defensenews.com/articles/anti-naval-atacms-big-swarming-breakthroughs-from-strategic-capabilities-office (同上)