~ 秋のお城まつり ~ 武田流 ” 流 鏑 馬 (やぶさめ) ” | ✿ 日々是好日 ~ 降っても晴れても ~ ✿

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勤労学生時代から30年“喜怒哀楽”のサラリーマン人生を経て独立。数十店舗の外食企業が上場し全国700店超になるまでを経験。飲食業で育てられた男が、今度は “厳しくも愉しいホテル経営” に挑戦!「無常迅速、時人を待たず」を我が肝に銘じ。


くまもとお城まつりのイベントの一つ

『熊本城武道の祭典』 武田流・流鏑馬 (やぶさめ)が今月18日

熊本城二の丸広場で披露された。

 

 


 


弓の道には、普通の歩射(ぶしゃ)と馬上で弓を射る騎射(きしゃ)とがある。

流鏑馬(やぶさめ)は、騎射の代表であり、平安時代には朝廷の儀式として

武家時代には武技の訓練として盛んであった。


 

 

 



今日、騎射の中でも流鏑馬は、豊作祈願の祭礼として各地に残っているが

時の流れとともに本来の形を失ったものが多いという。

武道としての流鏑馬は、源氏の流れを汲む武田流(細川家)と小笠原流(徳川家)によって

その正伝が護持されている。 武田流騎射流鏑馬は熊本県重要無形文化財。

 

 



武田流は、今から1100年位前の900年頃、清和天皇の皇子から源家七代に伝わった後

武田・小笠原の両家に分かれ、若狭武田家最後の信直から姻戚関係にあった細川藤孝(幽斉)を介して、家臣の竹原惟成が武田流の直伝を受け、細川忠興から忠利が1632年肥後に入国は

政務多忙等で竹原家が宗家師範としてその一切を受け継いだ。

天高く 秋空に映える熊本城

 

 



細川重賢時代には、藩学・時習館において武田流の流鏑馬は二条流和歌式や

細川流礼法とともに必修科目であったと言われる。

現在ではその保存会(竹原宗家師範他30名)の皆さんが正しい流儀の保存のために精進しておられる。

 


神事の後の天長地久式 
 

 

 



一番の射手(貫頭)が 「世界の平和と人馬の健康 そして豊かな実り」 を祈願するため

口伝の呪文を唱えながら天空と大地に向かって鏑矢を射るしぐさをする

厳粛かつ神聖で最も重要な儀式.。▼
 

 


 


流鏑馬式

 



流鏑馬式では、約30間(50m位)の間隔で、三ヶ所に的が置かれ

馬は200mの直線馬場を20数秒で駆け抜け

瞬時に的を射る流鏑馬は古式ゆかしく勇壮に見える。

しかし、手綱を放して射るので、長年にわたり訓練を積んだ射手にも至難の技で

思わぬ事故が伴う危険もある。人馬一体となり相当の熟練と胆力が要求されるという。

 

 


 

 

 

 


 

 

一組3名の射手が順番に3回行う。

一人が1回に3本の弓を射るので3人で合計27本。

それを二組6人の射手により行われた。
 

 


 

 

 

 


 


 


二組目には、紅一点!なんと女性の射手、堀さん ▼
 


 


 

 

 

▼ 第二の弓、放った・・・!
 


 


▼ ど真ん中に命中!・・・・・お見事!!!うぅーっ武者んよかぁ~

 

 


 


▼ そして第三の的へ・・・

 



▼ 3人が終わるたびに揃って元のスタート位置へ戻っていきます。
 


 

 


 


目の前に来ると観客から大きな拍手が・・・ 

 

 


 

 


 

 


 

 


 

 

お城の風景に合いますなぁ~!
 

 


 

 

無事に終了!

 

 

 

 


 


弓で射ったそれぞれの的は、抽選で見物人の皆さんに縁起物として渡された。
 

 


 

 


 


皆さん、大変お疲れさまでした。 
 

 

 

 

武田流流鏑馬は、毎年、細川家ゆかりの出水神社(水前寺成就園)で

春(4月)、秋(10月)の例大祭に奉納され、5月の人吉市のお城まつり

10月のここ 熊本城二の丸広場でのお城まつり

3月の熊本県古武道演武大会等々で披露されている。


武田流流鏑馬保存会

 

 

 

 



本日は以上です。

 

 

 

 

 

 

 

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