わが青春の車!スカイラインの父逝く | ✿ 日々是好日 ~ 降っても晴れても ~ ✿

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勤労学生時代から30年“喜怒哀楽”のサラリーマン人生を経て独立。数十店舗の外食企業が上場し全国700店超になるまでを経験。飲食業で育てられた男が、今度は “厳しくも愉しいホテル経営” に挑戦!「無常迅速、時人を待たず」を我が肝に銘じ。

急遽本日のアップ記事を変更しました。


日産自動車の看板車種を育て上げ「スカイラインの父」

と称された桜井真一郎氏(81歳)が死去された。


「スカイライン」の開発・設計を、初代の車(1957年)~

7代目(1989年)までの32年間にわたり担当、リードしてきた人で

名車としての礎を築いたとして2005年に日本自動車殿堂入りを

果たされている。


走行性能と操縦性能に優れた設計にこだわり、64年には2代目の

スカイラインGT が日本グランプリのレースで、スポーツカー

「ポルシェ904GTS」を抜き去る快挙を遂げた。


当時、車と共に青春を謳歌した、ボクらの年代の連中にとって

「スカイライン」という車は、まさしく憧れの車であった。


今でもマニアの間で人気が高い3代目、通称“ハコスカGTR”

当時としては、驚異的な最高出力160Ps,最高速度200Km/h、

0-400m ではなんと16 秒というパフォーマンスを誇り、

サーキットでも49連勝を含む通算50勝を達成。

スカイライン神話を確立するなど数々の栄光に輝いた、

日本を代表する名車中の名車である。

$『ちょっと一服!ボクがおもうこと 』 “小さいから楽しいホテルの経営” ~siawase亀blog~


次の4代目に登場したのが、あの・・・

「ケンとメリーのスカイライン」(1972.9 ~ 1977.8) つまり、

ケンメリ(彼と彼女の)、~愛のスカイライン~である。

外国名(というより米国)とも、日本名とも取れるように付け

られたケン、メリーの愛称は、瞬く間に若者たちの人気となり

スポーツセダンとしての名声を不動のものとし、累計販売台数

も歴代最高の64万台を達成するベストセラーとなった。

ケンメリのCMは、なんと全部で16種類が製作されたという。

70年代の伝説のフォークグループBUZZが歌う~愛は風のように♪

は、今でも心に焼き付いている。


日本の道には、愛するメリーを乗せて走るケン達のスカイライン

が輝いていた。

~車に夢があった時代だ~




そして、5代目が「スカイライン ジャパン」

ボクが勤労学生時代に、初めて乗った愛車だ。

いったい何人のメリーを隣に乗せて走ったことか・・・?

   なんて、ひとりつぶやいてみる(笑)

      



愛車スカイラインと○○ と

若かりし夢多き青春時代のおもいでは

・・・・いつまでも大事にしまっておこう。





桜井真一郎氏のご冥福をお祈り申し上げます。






本日は以上です。






$『ちょっと一服!ボクがおもうこと 』 “小さいから楽しいホテルの経営” ~siawase亀blog~
2011くまもと世界の蘭展にて撮影