先ほどのは、『彼村崎羯諦さんの『彼氏がサバ缶になった』というショートショートのオマージュ。
こういう文を書くときは、料理と同じで味付けを如何するのか考える。
先ほどのは、マイルド系。
今度のは少し香辛料を振りかけたタイプ。
『彼氏が猫になった』
朝、目が覚めたら、彼氏がいなかった。
その代わり、枕元に見知らぬ猫がいた。
白地に黒のブチ。やけにふてぶてしい顔で、こちらをじっと見ている。
「……どこから入ってきたの?」
猫は返事をしない。代わりに、私のスマホの上にどっかりと座った。通知が来るたびにブルブル震えるスマホを、わざわざ押さえつけるように。
「ちょっと、それ私のスマホなんだけど」
猫は無視。むしろ、画面を前足でトントン叩く。
——あれ? ロック解除のパターン、当てた?
「え、ちょっと待って」
猫は器用にLINEを開き、私とのトーク画面を表示した。
そして、肉球でぽちぽちと文字を打ち始める。
『おはよう』
私は固まった。
「……え?」
猫は続けて打つ。
『昨日のカレー、ちょっとしょっぱかった』
『塩の取り過ぎは、俺まずいんだよ。』
「ちょっと!!!!」
見覚えのある言い回し。というか完全に彼氏だ。
昨日、塩入れすぎたのをわざわざ今言うその性格、間違いない。
「え、なにこれ、どういうこと?!」
猫——いや、彼氏は困ったような顔推をして、またキーを打つ。
それからというもの、彼氏(猫)は完全に猫の生活に順応した。
ソファで丸くなり、勝手に冷蔵庫を開け(なぜか開く)、ツナ缶だけを狙い撃ちする。
「人間のときより自由じゃない?」
『前からこうしたかった』
「最低」
夜、ようやく落ち着いて、私は彼氏を膝に乗せた。
ふわふわで、ちょっと悔しいけど、かわいい。
「ねえ、明日には戻るのかな」
少しセンチメンタルな気分になって呟くと、腕の中の彼がピクッと反応した。
そして、彼はゆっくりと私を見上げ、重々しく口を開いた。
「……実はさ、俺も言い出せなくて困ってたんだ」
聞き慣れた彼の声。
驚いて飛び起きると、そこには猫の姿のまま、流暢に喋る彼がいた。
「えっ、喋れるの!? っていうか、いつ人間に戻れるのよ!」
私が詰め寄ると、彼は気まずそうに目を逸らし、短い前足で頭をかいた。
「いや、戻れるっていうか……。
実を言うとさ、俺、最初から『猫』だったんだわ」
「は……?」
「君と付き合うために、必死に高い授業料を払って『人間化の術』の通信教育を受けて、無理してサラリーマンのフリしてたんだよ。
でも先週、その術の更新料を払えなくなり、契約切れで戻っちゃったんだ。
……正直、スーツ着るより今のほうが肩凝らなくて楽なんだよね」
彼は喉をゴロゴロ鳴らしながら、棚の上の猫じゃらしを指差した。
「というわけで、これからは『猫』としてよろしく。
あ、明日の朝食は焼き鮭がいいな。皮付きで」