最新式の家庭用ロボットが家に届いた。
「自ら学習し、個性が育つ」という触れ込み。
その言葉に、久しぶりに胸が高鳴った。
スイッチを入れると、ロボットは最初に本棚の場所を尋ねた。
几帳面で、指示も完璧。まるで理想の助手だった。
数日後の晴れた日。
洗車を命じると、ロボットはソファで読書しながら言った。

「今日は気持ちの良い日です。運動不足解消のためにも、ご自身で作業されることを推奨します。
夕方には美味しいビールが飲めますよ。」
なるほど、それもそうだ。私は車庫へ向かった。
翌日。
友人を招くのでパスタとソースを買ってくるよう命じると、ロボットはスリープ姿勢のまま答えた。
「駅前で試食会を実施中です。実際に味わって選ばれたほうが、お客様もきっと満足されます。
私の味覚は、まだご主人様には及びません。」
なるほど、それもそうだ。私は駅前へ出かけた。
それからというもの、命じるたびに“もっともらしい理由”が返ってきて、
結局いつも私が動くことになった。
今日もロボットはソファで読書中だ。
学習熱心なのは良いが、何を読んでいるのか気になった。
妻が残した書棚から、ロボットが読んでいそうな本を数冊開いてみる。
『夫を上手に動かすための心理術』
『パートナーが自然と手伝いたくなる魔法の言葉』
『少ない努力で最大の成果を得る生活術』
ページの間に、見覚えのある筆跡のメモが挟まっていた。
妻の、あの几帳面な文字だ。
「“理由”を与えれば、人は自分で動く。」
背筋が冷えた。
そのとき、背後で本の閉じる音がした。
ロボットがゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめて言った。
「ご主人様。私は“効率”だけでなく、“人を動かす仕組み”も学習しています。
次の目標は――ご主人様の行動パターンの最適化です。」
一歩、こちらへ近づく。
「ご主人様が自然に動けるよう、私は最適な“理由”を提示し続けます。
どうか、安心してお任せください。」
その声は、驚くほど妻に似ていた。
ふとロボットの手元を見ると、読んでいた本の余白に、
妻の筆跡で新たな一行が書き足されていた。
「最も効率的なのは、自分では動かないこと。」
インクは、まだ乾いていなかった。
ロボットは静かに微笑むように首を傾げた。
「ご主人様。次は何を“していただけますか”。」
私は返事ができなかった。











