【対談インタビュー】音楽アドバイザー堀 朋平×トリオ・アコード津田裕也(前編) | 住友生命いずみホールのブログ

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住友生命いずみホール2023年度の年間企画「シューベルト――約束の地へ」もいよいよ、2月22日(木)Vol.6「歴史をきざむ三者」でシリーズのラストを迎えます。

 

最終回直前企画として、

Vol.6に出演するトリオ・アコード津田裕也(ピアノ)と、住友生命いずみホール音楽アドバイザー堀朋平(音楽学)による対談をお届けいたします。

 

トリオ・アコードの津田裕也は学生時代に最後の3つのソナタを集中的に研究し、その後の活動でもシューベルトの作品を大切に演奏してきました。

 

 今回の対談では、その音楽に出会ったきっかけと魅力、堀 朋平の著作『わが友、シューベルト』などに話題を馳せながら、当ホールのシリーズ「シューベルト——約束の地へ」の最後を飾るコンサートについて、深く語り合いました。

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堀朋平(以降堀):「3年くらい前に東京・春・音楽祭でベートーヴェンの演奏を聴かせていただいたことがあるんですけど、お話しするのは初めてですね。」


津田裕也(以降津田):「はい、光栄です。初めましてですね、よろしくお願いします。堀先生が書かれた『わが友、シューベルト』すごいですよね、もう本当にびっくりしちゃって。

僕自身もなんでこんなにシューベルトに惹かれるんだろうなって思う気持ちがあるんですけど、この本を読んでても感じますし、勝手に親近感を持ってたので今日こうやってお話できるのが楽しみでした。」


:「本当ですか、たいへん光栄です。このシリーズの最終回でトリオ・アコードの皆さまに最後のピアノ・トリオをやっていただけることに、宿命を感じます。

それにこの日は私の本が出版されたちょうど1年後なんですよね。そんなこともあるので、なんだか非常に感慨深い・・・」



津田:「この『シューベルト——約束の地へ』の企画自体がそうなんですけど、6回のプログラミングの意味が繋がってるんだなっていうのをすごく思いましたね。カッコいいタイトルついてるけど、どういう意味なんですか?」




 

 

:「今年度はシューベルト後期に的を絞りました。『約束の地へ』っていうのはホールのスタッフたちと話し合って決めたワードで、『創世記』から来てるんですよね。

 

予言者がひたすらそこに向けて、持ってるものを全部捨てて旅する。そこに辿り着くまでには険しい荒れ野があるけれど、それを越えたところにある甘い蜜を味わおう――そんな意味合いがあるんです。」





—シューベルトとの出会いや、好きになったきっかけは?


津田:「キリスト教系の幼稚園に通っていたんですけど、お祈りの時間っていうのがあって、そこで先生が何か弾いてくれるのをただ目をつぶって聴くみたいな時間があったんです。そこですごい好きな曲があって、そのときは何の曲だか分からなかったのですが、どうしても気になって母に頼んで訊いてもらったら、それがシューベルトの即興曲D935の3曲目のテーマだったんです。

 

なんかこの曲すごい好きだなって思ったのが多分出会いかもしれないですね。」

 


4つの即興曲 作品142 D 935 第3曲

フランツ・シューベルトが最晩年の1827年に作曲したピアノ独奏のための即興曲


:「すごい早熟ですね、幼稚園でって。」

津田:「最初のテーマの途中で転調するんですけど、そこがもう何とも言えず好きでした。それを弾きたくてピアノを始めたようなところもあるので、そこから自分の中で音楽が始まったんだと思います。中学生くらいの時にその即興曲が初めて弾けるようになって嬉しかったのも覚えてます。

 

大学に入ってからは日本でもドイツでも、卒業試験や大学院修了のリサイタルで必ずシューベルトの最後の3つのソナタを入れて卒業しました。その頃からすごく大切な作曲家ですね。」


:「なるほど。そんなに人生の伴侶だったのですね。私は、大学入った時にそのゼミで交響曲第8番「大ハ長調」の文献読んだのがきっかけで、『ああ、なんて素直で自然な音なんだ』とピアノで弾いた瞬間に全部納得してあの音が再現できるような、すごい自然な音に惹かれたっていうのがあって、そこから本格的にシューベルトいいなと思い始めたっていうとこがあるんです。
でもその本当のところを言うと、そういう時代の前に小学校6年生ぐらいの時に冬の旅を聴いてすごいそれが合ったんですよね、自分の体の中に。それにシューベルティアーデっていうのがあったっていうのを知って、すごい素敵な集まりだと思ったんですね。」

 

 津田さんは『さすらい』についてもジュピターのインタビューでおっしゃってましたけど、私はまさに、こんど弾いてくださるピアノ・トリオ第2番に「さすらい」の究極形があると思います。この曲はもう10年来の心の友ですね。ちょうどこの時期にイヤフォンで聴きながら、極寒の街をさまようのを毎年の日課にしています。毎日はしませんが(笑)」

津田:「ハーモニーが移ろっていく感じが『さすらい』の正体かと思います。他の人にはない魅力ですね。それが結局なんなのかよくわからないんですけど、すごく好きですね。」


—–少しまえに津田さんは<シューベルトの旅路>というコンサートシリーズをされていましたね。

:「これ素敵ですよね、5年前に≪達観≫というタイトルの第4回で、ピアノ・トリオの第1番をやってますよね。このタイトルにはどんな思いがあったのですか?」


津田:「あの1番のトリオの2楽章のメロディは懐かしくもあり、全て超越してるようでもあり・・・それでいて、ただ木か何かが生えてるみたいな感じもあって。そういう意味で「達観」という語が浮かんだんです。もうちょっとキャッチーなメロディを書く作曲家ももちろん魅力的なんですけど、シューベルトの場合は僕にとっては、ただなんとなくそこにあるだけなのに、いつの間にか入ってきてる。というような感覚があります。それに惹かれるんだと思うんです。」
 

 ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99、D898

第2楽章 アンダンテ・ウン・ポコ・モッソ

チェロによるロマンティックな主題で始まり、しばらくしてヴァイオリンが加わって両者が歌いだす美しい楽章。シューマンはこの楽章を非常に讃えたという。

 

:「そうですね、第2楽章の歌はとても親しみやすいテーマなのですが、それがだんだん各楽器に受け渡しされていって、やがてハ短調でパトスが盛り上がり、また戻っていく……。とても熱いのに、それでいて人間界から突き離されているところがあったりしますね。」

津田:「そうですよね。」




––今回のシューベルト ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調D929について


:「じゃあ、そのとき演奏された第1番と、今回の2番は津田さんのなかではつながっているのですね。シューベルトはピアノ・トリオを2つしか書きませんでしたが、とても対照的な作品です。第2番をあえて言葉にすると、どんな感じでしょうか?」

津田:「2番のピアノ・トリオは、もうちょっとドロドロしたところもあったりします。4楽章なんかでいろんなテーマが重なってきたところなんかもすごく魅力的ですし、2楽章はただただ美しいですし」

:「さっき話してくださった第1番の第2楽章が心から出てきたテーマだとすると、第2番の2楽章は、葬送行進曲ですよね。心を激しくかき乱す音楽です」
 

ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 作品100 D929 

第2楽章アンダンテ・コン・モート 中間部

 

 

津田:「激しいですよね(笑)」


:「その激しい中間部では、なんと4度を軸にしてオクターヴを横切っている。変イ短調から嬰ハ短調、そして嬰ヘ短調――ちょっとありえない転調に、さらに全楽器が激しい音の嵐を重ねる」


津田:「その第2楽章のテーマを、亡霊の出現と堀さんは論じられていますね(※『わが友、シューベルト』第IX章)。

あぁこういう意味だって思って弾いたら面白そうだなと、インスピレーションが湧きました。

あとその自筆譜が見つかったっていう話は知りませんでした」


:「自筆譜のファクシミリは2014年にようやく出版されたんです。アンドラーシュ・シフが熱烈な序文をよせています。

 

ページをめくっていると、職人芸みたいに丁寧に作曲された様子がありありと伝わってきます。紙が足りないからあとで1フレーズぶん紙片を糊付けして1段追加、というふうにじつに細やかに加筆修正している。糊のあともはっきりわかりますよ」


ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 作品100 D929 

第4楽章(手稿譜)

Franz Schubert, Klaviertrio Es-dur Opus 100 D 929. Faksimile nach dem Partitur-Autograph Schweizer Privatbesitz. München: Henle, 2014.


津田:「カットなしのオリジナルバージョンの自筆譜ですね。ここでは亡霊のテーマが3回帰ってくるのですね。

だから今回、4楽章カットなしでお願いしますと言われたのは、『わが友、シューベルト』を読んでそういうことだったのだと納得しました。

 

元々このトリオは学生時代の最後の頃に勉強してたんですけど、なんとなくこっちのノーカット版のほうがいいよね、と3人で勉強していました。なにしろ曲が長いので、弾ける機会が少ないのですが、今回また演奏できるのがすごく楽しみです。」


:「今言ってくださった「亡霊」のテーマについてちょっと補足すると、第2番のメイン・テーマで使われた葬送行進曲が、フィナーレで回帰するんですよね。シューベルトはそのあと出版のために、1番決定的な箇所をなぜかカットしてしまいました。「ここを間違いなくカットしてください」ってはっきり出版者に書いています。

 

昨年の11月に当ホールで、すばらしく歴史を横断するシューベルト・プログラムを披露してくれたピアニスト、ティル・フェルナーと終演後にいろいろとお話できたのですが、ティルは、この曲はシューベルトの指示どおりカットされたバージョンを一貫して弾くべきと言っていました。そこはいちばん意見が違う点だったのですが、私はやっぱり最初にシューベルトが書いたバージョンで聴きたいとずっと思っています。

 

そうしたら津田さんも『いやこれは私たちもそれでやってきたから是非』っておっしゃってくださったので、ああ我が意を得たりと思いましたね(笑)」


津田:「それは良かったです。そうですね、逆にカットありで弾いたことがないので分からないんですけど、やはりオリジナル版の方がしっくり来る感覚は自分にはあります。

 

まあ確かに長いっちゃ長いですけど・・・第4楽章の最後でテーマがいろいろ畳みかけて重なってきたところで、あの第2楽章のテーマも晴れやかに戻ってくる。でも、前の暗かった時の伴奏形がそのままのモティーフで繋がっている。救われるというか、昇華していくみたいな感覚があります。なんとも言えず感動的で、いろんなことが走馬灯のように浮かんでは消えてゆく感じが好きです。」


:「そうですね。その最後の箇所では、テーマがテノールの音域で高らかにキリっと歌われる。「光」で終わるんですよね。

第4楽章ではシューベルトの「孤独」と、ベートーヴェンの「葬送」つまり亡霊が出会い、和解を果たす場なんだと、私はそういう風に解釈しているんです。」


津田:「そう、それがすごいなと思ってびっくりしました。『わが友、シューベルト』を読んで、確かにそうだなと。民謡を聴いてシューベルトがインスピレーションを受けて、それが第2楽章になったという話も面白かったです。」


––シューベルトの音楽世界がもっと面白くなる新しい発想、インスピレーションとは


:「スウェーデンから来た歌手のうたう民謡にシューベルトが感化されたんですよね。「高き山頂に陽が沈む/暗い夜影をまえにきみは消えゆく、さようなら、さようなら」っていう。別れの曲で、すごく暗い。」

 


スウェーデン民謡≪見よ、陽が沈む(Se solen sjunker)≫ 
ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 作品100 D929 

第2楽章 アンダンテ・コン・モート 冒頭

 

津田:「その歌詞なんかも、そういう事だったんだ!納得しました。でもそれをただ使うだけじゃなくて、アレンジして別の世界を作り上げることができたっていうのもすごいことですね。さすがシューベルト。自分が演奏する時も、やっぱりこういうストーリーがあるとインスピレーションが湧いてきますし、じっさいに音を作る時にもたいへん役に立ちます。

 

第3楽章もまた全然違いますしね。ファンタジーのきわみというか。あの曲を弾いてると旅に出ているみたいな感覚になるんです。あちら側の世界に行ってるみたいな気分に。

 

何度も言うようにとても長い曲なのですが、その長さも結局は必要なんだろうと思うのです。同じフレーズを繰り返すのですけど、その反復すらやはり必要で、その時間の体験によってこそ違う世界と繋がれる。

 

歌詞とか亡霊のストーリーみたいな、言葉での裏付けがあると、そんな長い世界もさらに面白くなります。分かって弾けると楽しいと感じました。」

 

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<後編へ続く>

 

今回の対談ゲスト津田裕也さんが出演する

シューベルト——約束の地へVol.6「歴史をきざむ三者」

チケット好評発売中です。

 

日時:2024年2月22日(木)開演19:00

出演:トリオ・アコード

  (白井圭Vn、門脇大樹Vc、津田裕也Pf)

曲目:
フンメル:ピアノ三重奏曲 ト長調 op.35
ハイドン:ピアノ三重奏曲 変ホ短調 
シューベルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 D929
 

 

 

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次回、後編【特別対談インタビュー】「”歴史をきざむ三者”とトリオ・アコード」をお送りいたします。