いずみホールのブログ

いずみホールのブログ

ホールでの出来事や主催公演の詳細&裏話、インタビューや解説など幅広い情報を発信します。

貸ホール担当栗 より、貸ホール受付のご案内です。

 

2021年3月の貸ホールご利用申込は、2020年3月2日(月)午前10時より一般受付を開始いたします。

3月1日(日)は受付しておりませんので、ご注意ください。

 

 

合わせて、2020/3/2受付開始の「平日のお得なプラン」の対象日をご案内いたします。

※祝日の場合は、プラン対象外となります。

チューリップスプリングパック 5月の月・火・水の午後夜間利用

太陽平日昼割プラン ~2021年2月24日の月・火・水の午前午後利用

競馬平日直前割プラン ~2020年9月30日までの平日利用

 

空き日カレンダーをご覧の上、ご検討くださいませ。

※空き日は2020/2/25現在の情報になります


 

 

ご利用申込みは、いずみホール 貸館担当まで

℡06-6944-1049(平日10:0018:00

ご連絡お待ちしております。

 

 

こんにちは、レセプション・マネージャーです鳥

 

 

新・レセプショニスト古今東西の第⑤弾照れ

いずみホールの専属スタッフ「レセプショニスト」の普段では見られない舞台裏やお話しを発信しています。(過去の古今東西はこちら

 

 

今回は現役レセプショニスト28期の山本さんにお話を伺いましたビックリマーク

山本さんは大学1回生でレセプショニストとして働き始めて4年目おねがい今年度をもっていずみホールを卒業しますショボーン

 

そんな山本さんにレセとしてホールで働いた感想を聞きましたビックリマーク接遇という仕事、お客様との思い出、仲間たちとの出会いなど、たくさんの想いをお話しいただきましたので、ぜひ最後までご覧くださいウインク

 

 

 

 

 

 「レセプショニストってなんや?」

 

 

―まずは何がきっかけで、レセプショニストに応募されたのでしょうか?

 

接客の仕事をしたいと思い、日々アルバイトを探していました。なかなかやりたいと思えるものが見つからない中、新聞の求人ページで見つけたのが「いずみホールレセプショニスト」の仕事でした。行ったことがない場所で、どのような雰囲気かも知らないまま、とりあえず興味本位で応募しました(笑)

 

 

 

 

―どんなところに興味を持ちましたか?

 

そうですね、僕はクラシック音楽には全く触れてこなかったのですが、知らないところだからこそ興味を持ちましたし、あまり他にはないアルバイトだったのでレア感がありました(笑) 

 

 

 

 

      

―無事、面接を突破して山本さんはレセプショニストとして大学1回生から4回生まで働かれました。どんな4年間でしたか?

 

思い出はたくさんあり過ぎて、まとまらないのですが・・・

まずは、4年間とても楽しく充実していました!

初めてのアルバイトという事もあり、苦労や悩みはもちろんありましたが、今振り返ってみると全て良い思い出になっています。


レセプショニスト(以下レセ)をしていて、多くのお客様と出会いました。

怒られたこともあります。逆に褒められたこともあります。

今までお客様から頂いた言葉すべてが、自分が成長するきっかけとなりました。


全てのことが良い経験で、その一つひとつが色々な場面で生きています。

 

そして、いずみホールでの多くの学びを今後も生かしたいと思い、これからも接客というフィールドに立ち続けようと思うことが出来ました。4年間レセをしていて本当に良かったです。

 

 

 

 

 

 

 「僕、ひとと話をするのが好きなんです。」

 

 

―例えば、お客様とのやりとりの中で印象に残ったものはありますか?

 

そうですね、多くありますが・・・

お客様がご不満に感じていたことや、困っていたことを解決できたとき、笑顔になっていただけたことが何よりも嬉しい事でした。「また来るね」「よかったよ」などの言葉をいただけた時、そういった時が一番遣り甲斐を感じますし、そういった瞬間の出来事が一番心に残ります。

 

 

 

 

 

 

ある日、少しご年配のお客様がお一人でお越しになったのですが、その方のお座席はバルコニー席でした。

少し階段が続く席でしたし、お上がりになるのがとても大変そうに見えました。咄嗟に「階段が続きますが、よろしければ階段のないお座席に交換しましょうか。」とお声がけをしました。するとお客様が言われました「もう20年ほど前、夫と一緒にクラシック音楽を聴いたのがいずみホールで、しかもこのバルコニー席だったのよ」と。お客様は思い出の座席で鑑賞されるため長い階段をゆっくりと歩まれて行かれました。
 

お客様のことを想いながら、

出来るだけ最善のおもてなしを心掛けていますが、お客様一人ひとりに事情があることもあります。

お客様の気持ちに少しでも寄り添えるように、コミュニケーションをより丁寧にとろうと強く感じました。

 


 

 

 

 


―お客様との出会いが成長につながったという感じですね。

はい!

お客様との出会いはもちろんのこと、一緒に働く仲間との出会いも、自分にとってはかけがえのない大事なものになりました!

 

同期の存在があったからこそ、しんどい時苦しい時を乗り越えることができました。わからない事を一緒に解決したり、多くの研修を一緒に乗り越えたり、レセをしている中で一番存在が大きかったです。勤務外でも、同期だけで集まってご飯を食べたりして、年齢こそバラバラですがみんな仲良く友達といった感じでした。オンの時は高め合い助け合い、オフの時は心寄り添える大切な存在でした。

 


〈レセプショニスト28期新人研修の様子〉

 

 

 

 

 

 

「いずみのレセのことが好きですね。」

 

 

―レセプショニストは全員で男女40名ほど在籍していますが、どんな雰囲気でしたか?

 

先輩後輩関係なく、皆が笑い合える場所です。

尊敬や高め合いはもちろんの事、一緒に働く仲間として、同じ時間を共有することでとても心強い存在になりました。

 

 

 

 

 

 

先輩の姿を見ることで、自分もああいう風になりたいと思えました。レセとしてはもちろん一人の人間として尊敬できる存在でした。

 

 

後輩が入ってくると、先輩として教える機会が増えます。どのようにすれば分かり易いだろうと日々考える中で伝える力が向上しましたし、またお手本となれるように努力する中で勤務に対する熱が高まりました。私にとって高め合える仲、それが後輩の存在でした。

 

 

 

 

 

 

 

―山本さんのお話を聞いていると、自身の成長を意識されてお仕事に向き合っていたんだなと感じます。

 

レセプショニストをして、超がつくほど、とても成長できたと感じています。まだまだ未熟だった4年前と比べると、これほど人って変わることができるのかと感じるほどです。

 

 

〈新人研修当時の山本さんグッド!

 

 

 

 

 

 

 

「もっともっと色んな接客を勉強してみたいですね。」

 

 

 

 

―レセプショニスト4年間の経験がアルバイト以外で役に立ったことはありますか?

 

レセをするにあたって、大切なことの一つに言葉遣いがあります。

まだ完璧というわけではないですが、社会に出てからも十分通用する言葉遣いを学ぶことが出来たと思います。

例えば就活の面接など重要な場面において、落ち着いて言葉の選択ができるようになりましたし、時に言葉遣いに関してほめてもらえることもありました。

 

 

 

 

レセになって学んだことは他にもたくさんありますが、そのすべてが色々な場面で活きています。

 

 

 

 

 

マネージャーも4年間いろいろなことを思い出して…(/ω\)

―それでは最後にレセ卒業後、山本さんの目標を教えてください。

 

レセになって学んだ多くの事。その一つ一つを忘れることなく、社会人になってからも発揮できるように頑張りたいです。

レセという経験は誰にも負けることのない誇りです。その経験を決して無駄にすることなく、いつか「接遇のエキスパート」になることが目標です。

初心忘るべからず。の精神で、これからも多くの事を学んでいきたいと思っています。

 

 

―入社の頃からいままで、そしてこれからも接客一筋でまさしく初志貫徹ですね。今後のご活躍を楽しみにしております!

こちらこそありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

4年間、いずみホールにお越しになるお客様をお迎えしていましたが、この春からは社会人として接客のお仕事を続けられるとのことキラキラ

 

山本さんの想いを受け継ぎ、さらにお客様が心地よく音楽をお楽しみになれるように、マネージャーも立ち止まらず、進んでまいりますあしあと

 

 

 

 

キラキラ旅立ちの別れもあれば、新しい出会いもありますキラキラ

ルンルンレセプショニスト32期の募集開始!音符

 

1年に一度の大募集です!この期をお見逃しなく流れ星

 

詳しくはHPブログをご覧ください。

HPのレセプショニストのページでは、仕事の流れや研修についても紹介しています。

 

レセプショニストってなんかいいな、ちょっと面白そう…と思ってくださったあなた、ご応募をお待ちしておりますピンクハート

最後までお読みいただき、ありがとうございました音符

 

こんにちは貸ホール担当栗です。

 

いずみホールには、フォルテピアノ(18~19世紀に製造された初期のピアノの総称)があるのはご存じですか?

そのフォルテピアノが年に一度行われる保守点検を実施するとのことで、保守点検中のピアノはどんな感じになっているのかなーと作業場をドア覗いてきました。

 

やはり、フルコンサートピアノのように鍵盤が抜き取られておりました。

 

ハンマー部分には鹿の皮を硬くしたものが使用されているそうです。おーっ!

今回は一番奥の小さな部分を1つ1つ貼り替えたとのことでした。

上の写真の1つの鍵盤の一番下の小さな薄黄色の部分、

下の写真のハンマー上部の薄黄色の部分が鹿の皮です目

 

 

 

覗いてビックリ! 鍵盤を抜いているので中が丸見えですが・・・

本当に“木”でできてますねー。目おーっ!

このフォルテピアノには、足ペダルが5つ付いていますが、内部はこんな風になっているのですねー。

私自身初めて見たこともあり、手作り感に感動してしまいました。キラキラ

 

 

◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇♪◇

いずみホール所有のフォルテピアノについて

 

1820年代に制作家ナネッテ・シュトライヒャーにより作られたものを修復したものである。ナネッテ・シュトライヒャーは、モーツァルトと親交のあったマンハイムのピアノ製作家ヨハン・アンドレアス・シュタインの娘で、若い頃よりピアノ製作に携わり、ウィーン式フォルテピアノの頂点を築きました。また、ベートーヴェンの援助をし、彼の助言を受けながら楽器(フォルテピアノ)の改良に努めたともいわれている。

1820年代には、ベートーヴェンやシューベルト音楽活動をしていた時代であり、この楽器を実際に使用していたかもしれないと思われている。

  

 

鍵盤:73
音域:F1-f46オクターブ
ペダル:シフト、バスーン、モデラート1
    ダンパー、モデラート
2
長さ:2m30cm
横幅:1m26cm
高さ:89cm

 

 

ベートーヴェンやシューベルトのピアノ曲には最適の楽器となります。

 

貸館公演でのご利用も可能ですので、ご検討くださいませ。

貸しホールの問合せ先:

06-6944-1049(平日10:00~18:00)

 

 

こんにちは、広報担当ヒツジです。次の土曜日、2/22はバッハ・オルガン作品演奏会 アンコール Vol.2 小糸 恵です。

いずみホールに再登場してほしいオルガニスト投票で1位に輝いた奏者がオールバッハ・プログラムを披露します。

 

今やスイスを拠点に各国で活躍する世界的オルガニスト、その小糸さんの学生時代のエピソードなどについて、興味深いコラムを発見しました。

2012年に発行したいずみホール音楽情報誌「Jupiter」Vol.137に掲載されました「オルガニスト小糸恵」を再掲出いたします。筆者は馬淵久夫氏(日本オルガニスト協会元会長)です。

ご一読ください。

※文中の経歴等は執筆当時のものとなります。

 

オルガニスト小糸恵

著:馬淵久夫 日本オルガニスト協会元会長

■出会い■

いまから43年前、早春の日曜日。礼拝オルガニストの務めを終えて一息ついていると、一人の女子学生がやってきた。

「小糸恵子と申します。芸大のオルガン科にいます。この教会に新しいオルガンが入るそうですが、オルガニストにしてください」。実に直截な申し入れだった。

 新しいオルガンとは、東京の大森めぐみ教会が1970年6月に設置したストラスブールのシュヴェンケデル社製の楽器のことである。当時、全国にパイプオルガンを備える音楽ホールは一か所もなく、ミッションスクールも教会も、多くがリードオルガンあるいは電子オルガンで済ませていた。オルガンを勉強するものにとって、本物のパイプオルガンは感性を磨くための必需品である。意欲的な小糸さんの申し入れは、もっともなものだった。しかし、副オルガニストがすでに決まっていたので、この申し入れはお断りせざるをえなかった。

 

■バッハ連続演奏会■

同年7月、披露演奏会を終えたのち、わたしはフランスオルガンの本邦第1号になるこの楽器で連続演奏会を企画しようと思った。2段手鍵盤18ストップという今からみれば小規模ながら、ストップ配置をバッハとフランス古典曲に対応できるように工夫してある。幸い、教会が主催してくれることになった。

連続演奏会は8年間にわたり約50回開かれたが、そのなかで忘れられないのは、1971年から1974年の間に実行したリレー方式のバッハ連続演奏会である。同じ曲を2度ひかないで、偽作を除く全曲を演奏するのは、アレンジが難しい。しかし、友人・知人の全面的な協力をえて、約200曲を全15回でまとめることができた。いずみホールの全14回はBACHに因んだ素敵な数だが、40年前には思いつかなかった。当時は、のちにヴォルフ博士などがエール大学所蔵手稿譜から発見したノイマイスター曲集が世に出ていなかったため、曲数は今回の全228曲より少なかった。

1972年の早春、芸大の秋元道雄先生から、オルガン科の卒業試験へのお招きがあった。恒例のことだが、大学院修了も含めて4、5名ほどが、狭いレッスン室の大オルガンで、張りつめた雰囲気のなか、一人一時間ほど暗譜で演奏する。演奏者リストに小糸恵子の名があった。彼女の演奏は素晴らしかった。わたしは即座にバッハシリーズでの演奏を依頼しようと決めた。

 このシリーズは演奏順に、草間美也子、鴛渕紹子、古田めぐみ、吉田實、廣野嗣雄、佐藤ミサ子、ファインツ・ファルヘル、酒井多賀志、土岐恵子、小糸恵子、河野和雄、アルノー・シェーンステット、高橋秀、馬淵久夫、木田みな子で完結した。小糸さんのリサイタルは第10回で、1973年5月13日に開かれた。いうまでもなく最年少だったが、前奏曲とフーガ(BWV547)、トリオソナタ(527)、協奏曲(596)、コラールなどを選び、日本人のバッハ演奏に新しい風が吹き始めたことを感じさせる素晴らしい出来栄えだった。

■スイスに飛ぶ■

数年後、小糸さんはスイスに渡り、ジュネーヴ高等音楽院のピエール・スゴン(1913~2000)に師事した。スゴン教授は若いときパリ高等音楽院でマルセル・デュプレに師事し、ジャン・アランと同輩であり、当時、スイスを代表する演奏家・教育者だった。だれも先輩のいない時代、小糸さんが自分で切り開いた道だった。

恵(けい)という名で世界に知られるようになったその後の小糸さんの経歴はここにあるプロフィールに詳しい。一般に、音楽演奏には理性・感性・運動性のバランスが必要だが、ドイツ・イタリア・フランスの地方色を統合し、対位法と和声法という異なる作曲技法を調和させ、ルネサンス期の古様式からバロック・ロココ・ギャラントの諸様式までを「自己同一」的に使い分けるバッハの多彩なオルガン音楽には、理性と感性が大きな役割を果たす。それは音色豊かなケーニヒ・オルガンのパイプをどのように使い分けるかに現れるに違いない。むかしの小糸恵子より一回りも二回りも大きくなった「小糸恵の音楽」が展開されることだろう。

本シリーズ芸術監督の礒山雅氏はその著書「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」(講談社、2010年)のなかで、1970年代以降が、20世紀におけるバッハ演奏の第4段階で、オリジナル主義勃興の時代としている。わたしは、この編年がオルガンの世界にも正確に当てはまることを実感してきた(JAPAN ORGANIST 37号、2010年参照)。小糸恵さんのプロフィールに「歴史的資料の研究に基づいた楽器の選択および演奏法で独自な演奏活動を展開」とあるのは、まさにこの時代、つまり現代の代表者であることを意味している。

 

■奇しき縁■

上野学園大学教授・東京芸術劇場オルガニストの小林英之さんは、小学生のころ、家が京都の桂で小糸家と隣同士。小学6年生の恵子さんが、小学1年生の英之さんの家にピアノを弾きに来ていた。長じて、英之さんは、芸大を受験するとき、すでに芸大生だった恵子さんにガイダンスを受けた。小林さんから聞いた話だが、なんとも微笑ましい縁である。

 

馬淵久夫 Hisao MABUCHI

1953年東京大学理学部化学科卒業。宇宙・地球化学、考古科学の研究と並行して、オルガンを奥田耕天、ジョルジュ・ロベール、ミシェル・シャピュイに学ぶ。演奏・教育活動とともに、大森めぐみ教会ほか全国各地のホールのオルガン設置委員を務めた。

 (独)国立文化財機構・東京文化財研究所名誉研究員、くらしき作陽大学名誉教授。日本オルガニスト協会元会長(2012年執筆当時)

 

《いずみホール音楽情報誌Jupiter Vol.137(2012年12月発行)掲載》

 

 

2/22(土)16時開演

バッハ・オルガン作品演奏会

アンコール Vol.2 小糸 恵

チケットはいずみホールチケットセンター06-6944-1188(10:00~17:30、日祝休)やオンライン・チケットサービスでご入手いただけます。

ご来場をお待ちしております。