東海道五十三次 50.水口宿 | 都の西北 / 山梨 / 甲府 / 愛宕山からチトフナ(世田谷)に!

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2004年12月に山梨県に移住,15年を過ごした後に
2020年3月に世田谷に引っ越しました!

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東海道五十三次 50.水口宿

寒気が過ぎ去った今日(1/18),家内が水口宿を訪ねました.
 → 小生は昨年4月17日に訪問済み
今日の水口城跡周辺の写真は家内が撮影したものです.
 → 東海道五十三次の五十番目の宿場町だった水口宿があった場所は
   近江電鉄の水口石橋駅から東側に延びる旧街道です.

水口宿:近江国甲賀郡にあった,現在の滋賀県甲賀市水口町旧市街.
    石橋を境に東側は道が三筋に分かれた宿場町,
    今も残っており,中央の道が旧東海道です.

水口城は,徳川氏の直轄地となった水口の東海道での宿場町で,
3代将軍徳川家光が寛永11年(1634年),京都への上洛の際の
宿館として築かせたとあります.
 → 江戸から京に向かう際は中山道を使うようで,この経路では
   水口は通過しないので泊まれなかったそうですが,
   京から江戸に向かう際には東海道を使う事になり
   水口を定宿にしていたそうです.