3月4日(月)発売のAERAに湯浅のインタビュー記事が掲載されます。


内容はオーバードーズについてですが、オーバードーズから犯罪に巻き込まれたり、私のように服役するパターンもあること、服役後の社会的制裁の大きさについて記事にしていただきました。





私個人の記事ではなく、依存症治療で大変有名な松本俊彦先生のインタビューがメインとなりますので、興味のある方はぜひお手に取っていただけると嬉しいです。


近くにコンビニや本屋さんが無い場合、Amazonでも購入可能です。



オーバードーズは立派な薬物依存症であることが、一人でも多くの方に周知されることを願います。





前回のブログは待ち人さんに向けて厳しい内容を書きました。

・刑務所は罪を償う場所
・更生のきっかけやチャンスを甘やかすことで奪わないで
・悲劇のヒロインにならないで
・自分のために生きて
・出所はゴールではなくスタート

腹が立った方が多いと思いますが、しっかりご自身と向き合って欲しいと思います。

 

 

出所後の不安を誤魔化さないで

 

多くの待ち人さんはきっと不安だと思います。大切な人が出所後にまともになってくれるか分からない、という思いが少なからずあるでしょう。

「私の(俺の)大切な人はぜーーーーったいに再犯なんかしない!」と自信を持って言い切れる待ち人さんは、何人居るでしょう。

私は居ないんじゃないかなと思います。

信じたいけど信じられない。
自分でもどうすればいいか分からない。

こんな思いの方が、前回の私のブログを読んで腹が立ったと思います。

 

 

腹が立った方たちこそ、碧の森を利用してほしい

 

私は待ち人さんのブログは読みません。フォローしているのは進藤龍也牧師だけ、自分がブログを書くとき、コメントが届いたときにアメブロを開きます。

碧の森の相談者さんや前科者仲間のブログを読んでコメントをすることがありますが、頻度は低いです。

 

ブログを見ない大きな理由として、馴れ合いは良くないと思うからです。

励まし合い馴れ合いは違います。

馴れ合いは自分や他人を取り巻く環境に対する適応行動の一つです。お互いの利益や気持ちを無視して相手の好意を得るので、心からの信頼には繋がりません。

励まし合いはお互いの成長や成功を願い、困難な状況や挑戦に立ち向かうことです。


私は人生目標を幾つか掲げていますが、その中には「再犯者を減らすこと」も入っています。

私が刑務所で講話をすることで、一人でも多くの受刑者に社会でやり直せるという希望や勇気を伝えたい。

私が保護司になることで、一人でも多くの前科者と悩みを共有し、共に社会生活を送り続けたい。


これらの人生目標は馴れ合いでは実現されないと考えています。表面的な交流で再犯者が減るとは到底思えません。

SNSで馴れ合いをすることで再犯者が減るなら、喜んでやるでしょう。

私のブログを読んで腹が立った方や、待ち人を終えてこのままでいいのかなと考えている方こそ、碧の森を利用してタフラブ(忍耐強い愛)を実践してほしい。そう切に願っています。

 

 

前回のブログを読んだ「元」待ち人さんからのメッセージ

 

前回のブログを読んでくださった「元」待ち人さんからメッセージをいただきました。

待ち人さん同士であっても言いにくいことがあるでしょう。

それは違うよね、と思うこともあると思います。

現在進行形の待ち人さんも、
待ち人が終わり迷っている方も、
待ち人をやめようかなと考えている方も、
すでに待ち人をやめてしまった方も、

全ての待ち人さんと元待ち人さんに、このメッセージが届けばいいなと思います。

 

 

結果には必ず原因があります。

 

どんな犯罪でも被害者は必ず居ます。

あなたが可哀想だと思ってるいるパートナーやお子さんが、誰かの大切な人を傷付けたことに気付いてください。
 

「やってあげた」と思うことはエゴでオナニーです。1人でやっててください。

警察署や拘置所、刑務所の刑事施設は、今まであなたが関わったことのない場所だと思います。
 

面会等で刑事施設に足を運ぶとき、浮き足立っていませんか? 面会に行くことで自分が偉くなったと勘違いしていませんか?
 

刑務所は刑を務める場所で、更生する場所ではないと思っています。懲役○年と言いますよね?

更生するかどうかは待ち人が決めることではなく、罪を犯した本人です。
 

私自身、刑務所の面会時に差し入れするお金は新聞代1ヶ月5,000円でした。
 

出所してからどう生きるかは、「今どう過ごしているか」で決まります。 今日やらない人が明日やる訳がないんです。

私にできるのは相手に選択の機会を作ること。

結果には必ず原因がある、その原因を探す、知る機会を作ることが大切ではないでしょうか。

パートナーやお子さんの人生はその人自身の人生であり、大切な人に今後どう向き合うかは、あなたの自由です。

 

 

前科者と人生を歩むなら、それ相応の覚悟を持って

 

夫はいつも私に言います。

離婚はいつでもできる。次は無い。
静香が道を踏み外せば容赦なく切り捨てる。
そのつもりでやりたいことをやればいい。

 

一見冷たい言葉のように見えますが、夫は道を踏み外して人として最低なことをした私を、妻として受け入れています。


夫は相当の覚悟を持ち、私と夫婦関係を継続しています。

覚悟を持っているから、どれだけ私に矢が飛んできても、攻撃されても、ブレずに人生目標を貫こうとする私を守ってくれるでしょう。

夫が「前科者と人生を歩む」ことを受け入れ、私が再犯するようなことがあれば、すぐに離婚すると心に決めているから(腹落ちさせているから)、私の活動を応援できるのです。


待ち人の皆さんにも、その覚悟を持っていただきたいです。

大切な人が出所後世間から何と言われようと、
社会からの風当たりが強かろうと、
前科を理由に仕事を解雇されようと、
銀行口座が作れなくても、
海外に行けなくても、
家が借りられなくても、

この人と添い遂げる、この子の親で在り続けるという覚悟のある待ち人さんを、私は応援し続けます。

 

 

3/4発売のAERAに記事が掲載されます

 

オーバードーズについての記事です。

私は薬物依存からのオーバードーズで刑務所に服役しましたが、オーバードーズをすることで犯罪に巻き込まれたり、自分が犯罪を犯す可能性があるといった危険性についてお話ししています。

 

依存症の第一人者である精神科医の松本俊彦先生のインタビューも一緒に掲載されますので、コンビニや本屋で見かけた方は購入してくださると嬉しいです。
 

進藤さんが昨年出演された読売テレビ「るてんのんてる」のインタビューを受けましたが、私のインタビューは残念ながらボツになりました。

せっかく本格的な機材で撮影していただいたのにお蔵入りは勿体ないので、ノーカット版を動画にupします。


ディレクターさんの声が小さいので簡単に字幕を付けただけ、他は何もいじっていません。テレビ取材がどのような感じか伝わると思います。

湯浅の生い立ちから逮捕・服役に至るまで、進藤さんとの出会いから現在の思い、私の宗教観など、ディレクターさんに聞かれたことに全てお答えしています。


1時間以上の長尺動画ですが観ていただけると嬉しいです。

 


前回のブログは最近の自分に起きている出来事を書きました。

 

今日のブログは待ち人さんに向けて厳しいことを書いていきます。

 

元受刑者の方は、自分が受刑していた頃を想像しながら読んでいただければと思います。

次週のブログはお休みさせていただきます。

 

 

受刑生活を快適に過ごしてもらいたい、は間違いです

 

一言で待ち人さんと言っても様々な立場の人が居ます。

息子、娘が服役している
夫、妻が服役している
彼氏、彼女が服役している
友人が服役している

どの立場の方にも共通して言えることとして、今の季節ならばこんなふうに考える方がいらっしゃると思います。

「刑務所は寒くて辛いだろうな……せめて暖かい下着やカイロを買うお金を差入れしてあげよう」

「刑務所には娯楽が無いしつまらないだろうから、漫画や雑誌を差し入れてあげよう」


この心配と配慮、本当に必要でしょうか?


罪を犯した代償として刑務所で刑の執行が行われているのです。

受刑生活を快適に過ごすことが目的ではなく、償うことが目的ですよね?

あなたの大切な人は生活保護の方より良い生活はできません。国民とあなたの税金で、あなたの大切な人は刑務所で生活をしているのです。


辛いのは当たり前なんです。あなたの大切な人はそれだけのことをしでかしたのだから。

エアコンがガンガン効いている快適な場所で、自分の過去を顧みたり反省など絶対に出来ないと湯浅は断言します。

 

 

不自由な環境に居る今だから


不自由な環境に居るからこそ、深く己を見つめ直すことが出来るのです。

せめてこのくらいしてあげなきゃ……と思う待ち人さんが多いですが、そのような心配は無用だと思います。


そんなことを考える暇があるなら、あなたが何をすれば大切な人が「社会復帰できるのか」を真剣に考えてください。

不自由な環境に居る今しか出来ないことがあるのです。前向きに更生できるかできないかの瀬戸際であり、ピンチはチャンスに変化します。


そのきっかけやチャンスを、どうか奪わないでください。
 

 

 

私はあなたのために尽くして、健気に待っているの

 

・こんなに彼(彼女)に尽くしている私(俺)、頑張ってる
・健気に彼(彼女)の帰りを待っている
・私(俺)が居ないとあの人は生きて行けない
 

このように思っている待ち人さんが多いのですが、はっきり言ってエゴです。


出所後にあなたの大切な人が一人で生きて行けるよう、自立と自律ができるような支援をしてください。

あなたの大切な人は、あなたの存在や自己肯定感を安定させる「道具」ではありません。


あなたが「してあげた」ことや「やってあげた」ことが、大切な人の他責志向や我儘を助長させることもあると知ってください。

 

「私こんなに耐えているの、頑張っているの」と悲劇のヒロインになる前に、大切な人がどうすれば更生できるか、一生懸命考えてください。

 

 

自分のために行動をする

 

大切な人が依存症だったとして、あなたが依存症者の家族会に行くのはとても素晴らしい行動です。それが「自分のため」であるならば。
 

大切な人のために家族会に行っても何の意味もありません。

依存症にはスリップはつきものです。出所後に大切な人がスリップをしたと仮定しましょう。

「あなたの受刑中、私は自分の時間を削って家族会に行ったのに何でスリップするのよ!」と必ずなります。

こうなってしまう理由は、自分のためではなく大切な人のために家族会に参加したからです。

大切な人がスリップをしても「自分は自分」、「パートナーはパートナー」という考え方を養う場が家族会です。


大切な人のために行くのではなく、自分のために家族会に行くのです。

このあたりを履き違えている待ち人さんも多いと思います。

家族会に足繁く通う自分はいじらしい……。そんなふうに少しでも思うのであれば、今すぐ待ち人をやめた方がお互いのためだと思います。

 

 

出所はゴールではなく、スタートです

 

これも何回もブログに書いているので古い読者の方は見飽きていると思うのですが、大切なことなので何度でも書きます。

出所は社会復帰のスタートです。


刑務所の食事は栄養バランスが取れたものを炊場が作り、衛生係が毎日3食配膳してくれて、食べ終わったら衛生係が食器を回収し炊場が洗ってくれて、自分が着た作業着は洗濯係が洗濯してくれて、ゴミは内掃工場が回収してくれますが、出所後はそれらを全て自分でやらねばならないのですよ?

刑務所で社会と同レベルの医療は受けられずお風呂に毎日入れませんが、規則正しい生活をさせてもらえます。

報奨金が安いのは問題ですが、類が上がればお菓子やジュースを買えます。
 

 

受刑中に甘やかしてどうするんです?

ましてやその甘やかしが本人の為ではなく、自分の存在をアピールしたり寂しさを紛らわすものであれば、受刑者にとっては社会復帰の妨げにしかなりません。

 

 

勘違いしないでいただきたいのですが、私は「支援をするな」とは一言も言っていません。

あなたの大切な人の出所から1年後、5年後、8年後、15年後を見据えた支援をしていただきたいのです。


待ち人さんがブレずに一本筋の通った支援をすることで、大切な人は必ず良い方向へ変化します。

ブレブレな待ち人さんの大切な人は同じようにブレブレです。社会に戻って犯罪を犯さないまでも、人に迷惑を掛けるだろうなという人をたくさん見てきました。


甘やかすのは簡単なんです。誰にでもできる。
誰だって人から嫌われたくないです。
厳しいことを好き好んで言う人は居ません。


大切な人を更生させたい、きちんと社会復帰させたいと思うならば、大切な人にとって何が最善なのかをじっくり考えてください。

今あなたが『その支援』をすることで、『将来どんな影響が出る』のかを考えてみてください。
 

そうすればあなたの大切な人にとって『何が最善の支援』で、『自分が何をやるべき』か自ずと見えてくると思います。

 

 

元気で無事に受刑生活を終えて早く出て来てくれればそれでいいという方や、この道でこれからも食って行くという方は突き進めば良いと思います。そのような生き方を否定するつもりはありません。

 

今日のブログは厳しい内容ですが、大切な人に必ず更生してもらいたいという「覚悟」を持つ待ち人さんに向けて書きました。

 

 

人は必ずやり直せます。何歳になっても遅いなんてことはありません。

 

 

 

前回のブログからだいぶ日にちが空きました。更新をサボって申し訳ありません。

 

YouTubeの動画告知はしていますが、最後にブログを更新したのは1月のご挨拶です。今日のブログは最近起きた出来事を書いていきます。

 

少しずつ周知される活動

 

私は元受刑者で、満期からそろそろ8年が経過しようとしています。仮釈放から(社会復帰から)約8年半です。

 

進藤龍也牧師の講話を立川拘置所で聞き、更生を誓って10年。

出所後にネイリスト、アロマテラピー、産業カウンセラー(実技免除)、国家資格キャリアコンサルタントの資格を取得し、現在は通信制大学に通いながらカウンセラーを主な生業とし、社会生活を送っています。

 

コツコツ歩みを進めました。一歩ずつ、ときには後退しながら、「今の自分にできること」をコツコツ積み重ねています。

出所後は選択の連続で、苦しいことも逃げ出したいことも、投げ出したいことも山ほどありました。

問題が起こる度に多くの方の力を借りながら、自分と向き合い歩みを進めてきました。

 

その結果の一つとして、大変有り難いことに、マスコミに取り上げていただく機会が増えました。

 

 

本名と顔を出せる元受刑者は少ない

 

私がマスコミに重宝される理由の一つに、本名で顔を出して活動していることが挙げられます。

 

古い読者の方はご存知かと思いますが、私は「依存 症子」というハンドルネームで活動を始めました。今も私のことを「症子さん」と呼ぶ方は多く、それだけの時間をハンドルネームと共に過ごしたと感じます。

本名で初めて取材を受けたのは文春オンラインさんです。

昨今の週刊誌報道で週刊文春や文芸春秋の在り方に疑問を持つ方もいらっしゃるとは思いますが、私はこの記事のお陰で世に出る事ができたので、記者のYさんと文春オンラインさんには心から感謝しています。

 

そのときの記事はこちらです。2021年の記事なのでもう3年前になるのですね…。

 

 

 

なぜ実名顔出しをした?

 

最近はハンドルネームでの活動が違和感なく社会に受け入れられていると感じます。

本名で活動をしている現在も「症子」を使う場面があります。

依存症の自助グループでは匿名性と安全が守られなくてはなりませんので、私が自助グループに参加する際は「症子」を名乗り、TPOで使い分けています。

 

私が新聞や週刊誌、ネット記事を読むとき、本名や顔写真が出ていない場合こう思います。

 

「本名と顔を出せない事情があるんだな」、「信憑性に若干欠けるな」

 

本名と顔を出せない事情について、自分だけの問題ではありませんから、家族に迷惑がかかる、子どもが虐められたら困る、周囲に白い目で見られるのが怖い、家族から本名の活動を反対されているなど、様々な理由があると思います。

この点について私と夫もとことん話し合いをしたので、本名を出したくても出せない方の気持ちや、本名を出してもらいたくないご家族の気持ちも分かります。
 

 

文春オンラインさんの記事が出たとき、Y記者からこのように言われたのを良く覚えています。

「文春は元々アンチが多いので否定派6割、いや7割、肯定派は3割居ないと思ってください」

 

蓋を開けてみたら批判は少なく、Y記者も驚いたようです。なぜ批判が少なかったと思いますか?


私はこの経験から大きな気付きを得ました。

本名と顔を出したから、読み手に本気度や覚悟が伝わったのだと。


私は人生をかけて(賭けて)今の活動をしています。

人生をかけているから、本名も顔も出すのです。


 

 

夫の仕事に支障が出たら「即」離婚

 

実名顔出しでの活動を決めたとき、夫と約束をしたことがあります。

 

夫の仕事に少しでも支障が出たら「即」離婚する、という約束です。

 

夫は就職氷河期世代ですが、考え方は比較的柔軟なので助かっています。

同じ屋根の下で暮らしても同姓である必要は無い、自分に火の粉が降りかかれば払う、払い方はそのとき考えればいいというスタンスです。

実名と顔を出すことのメリット・デメリットを夫婦でとことん話し合い、今に至ります。

 

 

news23出演後

 

私の活動は新聞やネット記事に掲載され、YouTubeではアベプラや街録chに出演することができました。

地上波で取り上げられることも増え、いきなりニュースに出てビックリしたというお声をいただくこともあります。

依存や前科とは無関係の方の目に触れる機会が増えています。

ここで言う「依存や前科とは無関係の方」とは、私が社会復帰後に作り上げた人間関係のことを指します。

主に趣味の盆栽関係の方、飼育している動物関係の方たちのことです。


仕事用の湯浅静香アカウントと趣味用アカウントを分けているのですが、news23に生出演後、趣味関係の方数人からX(旧Twitter)をブロックされました。

 

 

人生をかけた活動と過去は別問題

 

ブロックした側は、仮に私がどれだけ善行を積もうが「過去を見る」のだと思います。

出所後にどれだけの努力をしようが、過去に犯罪を犯した人間とは付き合いたくないのでしょう。


私はこの現状に不満を言うつもりは一切ありませんし、ブロックをされたことを恨んだりもしません。

受刑歴と前科がある以上、仕方のないことだと割り切っています。

 

「自分がしでかしたことに責任を持つ」ということは、「纏わりつく過去と共に今を生きる」ことだと私は考えます。

 

 

今日のブログは私の経験から、前向きに生きようとしている前科者や元受刑者に対して、人間関係が切れてもいちいち落ち込まず、自分にできることをコツコツ続けて行こう!そんな前向きなメッセージであると共に、

 

「自分がしでかしたこと」が足枷になる日が必ず来ることを想定して生きよう!という注意喚起であると捉えていただければ幸いです。

 

覚悟と信念を持ち人生を賭けても、元受刑者が生きやすい社会にしようと発信を続けても、犯罪者や前科者を受け入れられない人は必ず居ます。

私のブログを読む前科者の皆さんには、自分の尻は自分で拭き、責任転嫁することなく、現実をしっかり受け止めていただきたいと思います。


 

次回のブログは、お花畑気味の待ち人さんに向けて書いていきます。