前回のブログでは、長年依存行為から離れている私でも、簡単に欲求が湧くと書きました。

 

非常に興味深いコメントがありましたので、ご紹介します。

 

お酒なしの(ダルクさんの)食事会。
烏龍茶やジュース、お寿司、唐揚げ、ケーキ(アルコール使用なし)の立食形式の場で、気持ちだけがベロベロになってしまったことがあります。


おそらくアルコールチェッカーで計ってもアルコールは検出しないのに、もうベロベロでした。きっと、パブロフの犬状態で、飲み会の雰囲気を脳みそが覚えていたんでしょうね。

たまたま同じビル内でアルコール依存症の自助会ミーティングがあったので クールダウン出来たのですが、それがなければ飲酒に走っていただろうと思います。

 

こちらのコメントはTwitterとFacebookでもお世話になっている、アルコール依存症から回復中のOKKUNさんです。

 

 

お酒ナシでも雰囲気でベロベロ

 

 

これ、非常に恐ろしいです。

 

お酒が入っていないのに、雰囲気で酔う。


お酒の味や飲んだときの感覚だけではなく、飲み会の雰囲気もしっかり脳に刻まれているんですよね。

 

OKKUNさんは“たまたま”とおっしゃっていますが、同じビルでアルコール依存症の自助会があったのは、真面目に断酒を続けているOKKUNさんにとって必然の出来事だったのではないかと感じます。

 

 

パブロフの犬ってそもそも何?

 

 

と思う方に向けて、簡単に説明します。

 

 

イワン・パブロフという人が発見したことからパブロフの犬と呼ばれていますが、正式名称はレスポンデント条件付けといいます。

 

ベルを鳴らしてから犬に餌をあげる行動を繰り返すと、犬がベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになります。

 

元々ベルの音で犬のよだれは出ませんが、ベルを鳴らしてから餌を出すのを続けることで、ベルが鳴れば餌が出るんだ!と条件付けられます。

 

 

日本では梅干しで例えることが多いです。

 

一度でも梅干しを食べたことのある人ならば、頭に思い浮かべるだけで唾液が出てくると思います。

 

 

OKKUNさんがお酒を飲んでいないのにベロベロになってしまった理由は、OKKUNさんの頭の中で、お酒と飲み会の雰囲気が条件付けられているからです。

 

前回のブログで、私は夜の歌舞伎町を一人で歩いただけで欲求が湧きました。

 

これは「夜の歌舞伎町」、「一人」、「ギャンブルと薬物」が条件付けられ、ギャンブルと薬物をやりたくなってしまったことになります。

 

 

梅干しを想像して、唾液が出ないように出来ますか?

 

 

唾液が出てくるだけなら、人様に迷惑を掛けることも、借金をすることも、逮捕されることもありません。

 

皆さんが梅干しを想像して唾液が出てしまうように、依存症者は依存行為や依存物質を絶対に忘れることはないのです。

 

 

梅干しを想像して唾液が出ないようにすること、出来ますか?

 

「梅干しを想像して唾液が出るお前は意志が弱い!」と言われても困ると思います。

 

忍耐や我慢で唾液を止められる人、いるでしょうか?

 

 

依存症を全く知らない相談者さんや、依存症に対して根性論で何とかしようとする人が居たら、私は上記のような説明します。

 

 

例えば、性依存の痴漢や盗撮を行う条件ですが、朝や夜のラッシュ時、同じ電車、出勤と退勤、通勤経路など、日常生活とリンクすることが非常に多いです。

 

生活リズムを変える、同じ電車や通勤経路を使わないなど、パターンを変える必要があります。

 

 

依存症の人の理解なんて出来ないし、自分は絶対に依存症にならない!そう思う方もいらっしゃるでしょう。

 

人との付き合い、ストレス、コンプレックス、そういったもので簡単に一線を越えてしまうのが依存症の世界だと、私は思っています。

 

 

条件付けられるからと言って、依存行為や行動を正当化するつもりは一切ありません。

 

依存症者を支援する側の方には、まず基本的な知識として、依存から回復することがどれだけ大変かを知っていただきたいです。

 

 

 

 

更生とは?

 

 

9月18日(日)、相談者さんと進藤さんの教会へ行ってきました。

 

 

罪友教会には元ヤクザ、元受刑者、前科者、警察のお世話になった人、そのご家族、待ち人さんがたくさん訪れます。

 

過去に何があろうとも、刺青がびっしり入っていても、指が何本も無くても、今を一生懸命生きる人が集まる、それが罪友教会です。

 

18日はとある雑誌の記者さん、弁護士さんもいらっしゃいました。

 

 

皆さん知っていますか?元ヤクザは(反社会勢力とみなされた場合は)、銀行口座を作ることが出来ません。

 

この日いらした弁護士さんは、「元ヤクザでも足を洗い、しっかり更生している人」が、銀行口座を作れるよう活動されている方でした。

 

 

元ヤクザのYさんが切実に訴えていました。


「今どき給料が手渡しの会社なんて無い。自分の場合は金融庁まで(元ヤクザだと)情報が行っているから、仮に金融庁がOKを出しても、その情報を知っている銀行がOKするとは思えない」

 

(ツイートは国税庁となっていますが、金融庁の間違いです。失礼いたしました。)

 

進藤さんはYさんの仕事ぶりを、「よくあんなに出来る、本当に凄いと思う」と言います。

 

Yさんが重機を動かす動画を見たことがありますが、その姿は生き生きしていて、心から真人間になって働いているんだと感じました。

 

 

でも、銀行口座が作れない

 

 

銀行口座がないのは、生活するのに物凄く不便です。


電気・水道・ガスなどのライフラインの引き落としが出来ないのはもちろんですが、社会復帰して就職出来たとしても、会社側から「なぜ銀行口座を作れないの?」と聞かれれば、答えに困ってしまいます。

 

元ヤクザでも元受刑者でも雇用しますという会社なら、給料の手渡し含め、ある程度の融通が利くかもしれません。

 

 

礼拝に居た元受刑者のZさんは、ローンが通らないと言っていました。

 

社会復帰をしようとしても、復帰や更生を阻むものが多すぎるのは、更生への道を閉ざすことになると感じました。

 

そのことで自暴自棄になり、また犯罪に手を染めることもあるでしょう。

 

 

犯罪とは無縁な生活を送ってこられた方からすれば、そんなリスクは当たり前、分かっていてその世界に飛び込んだんだろ?自業自得だろ?

 

このような意見の方がいるのも分かります。

 

 

刑務所に閉じ込めるだけでは更生にならない

 

 

大きな事件があった後のTwitterやYahooのコメント欄は、辛辣です。

 

「一生閉じ込めておけ!」
「こんなやつ死刑にしろ!」

「早く刑務所へぶち込め!」

 

こんなコメントが散見されます。

 

刑務所が誰のお金で、どんな運営がなされ、どのような教育がされているか、全て知った上でこのようなコメントをしているの?と私は思ってしまいます。

 

 

納税者ほど、刑務所でどんな教育が行われているか、受刑者一人に年間で一体いくらのお金が使われているか、もっと積極的に知るべきです。

 

 

死刑ではない限り、その人は外に出てきます。

 

出所したら、あなたの家の隣に住むかもしれません。一緒の職場で働くかもしれません。

 

 

上記のようなコメントを書く方は、対岸の火事のように「閉じ込めろ」と言うけれど、閉じ込めるだけで犯罪者が更生できると思っているのでしょうか。

 

刑務所はあなた方の税金で運営されています。だからどんな教育がされているか知ってほしい。

 

どんな教育をされているか知らないから、安易に「刑務所へ入ってろ!」と言える。

 

刑務所運営や犯罪者の更生に何の興味も無いから、そういうことを軽々しく書けるんだろうなと私は感じてしまいます。

 

 

TwitterやYahooのコメント欄に辛辣なことを書く人が想像しているような矯正教育は、残念ながら行われていません。

 

ただ放り込むだけでは、臭いものに蓋をするだけです。

 

 

 

本当の更生は「甦り」

 

 

私は、刑務所へ行って本当に良かったと思っています。

 

刑務所で心を入れ替えることが出来た、入れ替えるような支援を夫にしてもらうことが出来ました。

 

そして、進藤さんの講話を聞くことも出来ました。

 

刑務所では素晴らしい先生方(刑務官)と、出会うことが出来ました。

 

 

今となっては、


幼少期に性的いたずらや両親から虐待を受けたことも、
高校生で覚醒剤に手を出して援助交際をしたことも、
夜の仕事や風俗で働いたことも、
全身に刺青を入れてしまったことも、
あらゆる依存症になったことも、
夫と結婚したことも、
何度も逮捕されたことも、
刑務所へ行ったことも、
母の死に目に会えなかったことも、

 

「全て私のために用意されていたシナリオ」のように感じています。

 

 

どれかが欠けていても、今の私にはなれなかった。

今の私になれなかったということは、たくさんの人たちと出会うことも無かったし、碧の森を始めることもなかった。

すべての出来事は、私にとって通過点だったと思います。

 

 

そして今、産業カウンセラーの筆記試験に落ち続けていることも、新たな資格試験に挑戦していることも、人と人を繋げることも、受刑者に手紙を書くことも、未来の私から見ればきっと何かしらの“通過点”になると信じています。

 

 

刑務所へ行って、私は生まれ変わることが出来ました。

 

この経験をアウトプットし続けるのも、私の更生の一環だと思っています。

 

 

 

更生する姿を見せ続ける

 

 

元ヤクザのYさんも、一生懸命働く姿を見せ続け、同じように困っている人と草の根運動をしていけば、いつか銀行口座が作れるようになるかもしれません。

 

信用を失った人間は、実績を積み重ねて行くしかありません。

 

積み重ねたところで、信用が戻ってくるとも限りません。

 

 

とにかく、続ける。
誰が見ていなくても、続ける。
何を言われても、諦めない。


更生の姿勢を持ち続ける元受刑者や元ヤクザには、チャンスを与えてほしいなと思います。

 

 

進藤さんの説教はこちらです。

犯罪とは全く無縁の方も、進藤さんの生きた言葉を、ぜひ聞いてください。

 

 

 

 

お金配り系のツイートは無視!

 

 

 

 

こちらは注意喚起です。最近の詐欺は非常に巧妙になっています。

 

以前も似たようなツイートをした事がありますが、本当にお金を持っている人はお金配りなんてしませんし、儲かる方法を他人に教えたりしません。

 

 

無知は罪です。騙す方が一番悪いですが、そういう人やモノ、場所に近付かない。

 

情報を見極める力を養い、自分の身は自分で守りましょう。

 

 

 

こちら、良書です

 

 

進藤さんからおススメされたこちらの本。

 

 

ここに登場する人たちは、今ならば児童相談へ通報されていたであろうケースが殆どです。

 

興味のある方はぜひ手に取ってみてください。

 

 

 

 

 

前回のブログでは、保釈中に反省など出来ない、刑務所に行くことの意味を考える、私がなぜ厳しい内容のブログを書くのか、その理由について書きました。

 

今日のブログは最近の出来事から、私はまだ回復途上なのだと実感したことについて書いていきます。

 

 

夜の歌舞伎町を1人で歩く。

 

 

8月に、夜の歌舞伎町を1人で歩くことがありました。

 

この日は久しぶりに、身体中の毛穴がゾワゾワっとしました。

 

 

いわゆる“湧く”という現象が起きたのです。

 

 

今日で満期から1962日が経過しました。

 

仮釈放を入れたら2000日以上、留置期間や受刑期間を含めると3000日以上、ギャンブルや薬物から離れてかなりの日数が経っています。

 

 

そんな私でも、湧くことが分かりました。

 

なぜ湧いたのか。自分を掘り下げて書いていこうと思います。

 

 

過去を思い出す街

 

 

歌舞伎町は私にとって、夜職時代を思い出す街です。いくつか挙げていきます。

 

一緒に働いていたキャストに紹介されて、ホストクラブへ行きました。そのキャストは薬物に溺れ酒を飲みすぎ、肝臓を壊して40代前半という若さで亡くなりました。

 

スタジオ撮影にも行きました。今も夜職の子たちが利用するスタジオです。撮影した写真が何枚か残っています。

 

 

 

プリクラのデータもありました。同日に撮ったものです。

 

私、見事にガリガリですね。

 

 

 

雑居ビルの中には、闇カジノや違法スロット店がありました。

 

ラブホテル街には、薬物の売人がいました。

 

 

出所後、夜の歌舞伎町に近付かないようにしていました。

 

 

私はドラゴンクエストという、ロールプレイングゲームが大好きです。

 

VRゴーグルを着けて魔王を倒せるアミューズメントがあると聞き、出所からしばらくして、夫と一緒に歌舞伎町にあった「VR ZONE」へ行ったことがあります。(現在は閉園)

 

遊びに行ったのはもちろん昼間。夫と一緒なので安心して、というか特に何も考えることなく、歌舞伎町に足を踏み入れました。

 

夜になり、歌舞伎町より新宿駅寄りで食事をし、電車で帰る。

 

この時は心がざわつく事もなく、相変わらず人の多い街だなくらいの感覚でした。

 

 

友人と歌舞伎町に行った時も……

 

 

友人は新宿でSMクラブを経営しています。一緒にゲームをしたり、互いの家を行き来する仲です。

 

二人とも食べることが大好きなので、一緒にブッフェへ行ったり、最近では歌舞伎町のトラジで焼き肉を食べたり、焼き立てパン食べ放題の店へ行ったりしています。

 

トラジへ行ったのは夕方5時、ゴールデン街の方にありますが、彼女と歩いているのでそこまで気にならない。

 

帰りは人込みを避け、大回りして新宿駅に向かいました。

 

この時も友人と一緒だったから、夜になると本当に人が増える街だと思ったくらいです。

 

 

私は普段、YouTubeでスロットの動画を観ています。

 

 

えっ、そんなの観て大丈夫なの!?というお声が聞こえてきそうですが、これは実験的に行っています。

 

動画を観てスロットやパチンコを打ちたくなるか、実際に試しています。

 

でも今の機種は昔のような爆発力がないので、打ってもつまらないことが良く分かる。だから打ちに行きたいとも思わない。

 

お腹を壊したときに、パチンコ屋さんのトイレをお借りしても大丈夫。

 

お財布に現金を入れないようにしているというのも、打たない(打てない)理由の一つです。

 

 

私がハマっていた頃の台の動画を観ると、危険です。

 

久々に打ちてぇなー!!!となります。

 

 

これは以前ツイッターで呟いた内容ですが、脳が勝手に変換する現象が起きました。

 

 

むか~し、「南国育ち」という名前の沖スロがありました。大好きな台の一つです。

 

このメルマガには「南国育ちの高級マンゴー」と書かれていますが、私の脳内ではスロットの南国育ちの音楽が流れ始めました。

 

このツイートをしたのは、今年の4月29日です。

 

このようなツイートをしているのに、油断しました。

 

 

ブログ冒頭、夜の歌舞伎町を1人で歩く。

 

 

8月頭、ある懇親会が歌舞伎町のラブホテル街近くの居酒屋でありました。時間は夕方6時くらいです。

 

私はお酒を飲みません。食べ放題でたらふく食べて、先に失礼させていただきました。

 

歌舞伎町のラブホテル街は、結構奥にあるんですよね。そこを1人で新宿駅に向かって歩いていくと、何だか嫌な気分になってきました。

 

 

私が現役で仕事をしているころは、ホストは夜中の1時や2時から営業していましたが、今は早い時間から営業している。

 

夜の仕事の女の子、男の子をたくさん見る。

タバコ臭い。

 

街をキョロキョロする。

 

このビルには裏スロがあった。

ここに昔は売人がいた。
 

 

ゾワゾワする。早くこの場から離れよう。

 

 

私は夜8時の歌舞伎町を1人で歩いた「だけ」で、見事にギャンブルと薬物への欲求が“湧いた”のです。

 

 

夫と通話をしながら、新宿駅まで歩きました。

 

ゾワゾワした自分が怖かったのです。

 

 

ラスベガスの写真

 

 

8月末、友人がラスベガスに行く機会があり、LINEに空港の画像を送ってくれました。

 

さすがラスベガス、空港にスロットマシンがあるんですよね。

 

その画像を見て私は友人に思わず「いいなー!」と送ったのですが、その後は気を使ってくれて、一切カジノの写真を送らなくなりました。

 

それでも見せて見せて!とうるさい私に、「ダメ!」ときっぱり言い放った友人は、本当に良き理解者だと思います。

 

 

カジノを連想させるものは、今の私には危険だと思いました。

 

 

 

人と会う約束、「歌舞伎町でいいですか?」

 

 

9月11日(日)、人と会う約束をしていました。

 

前もって待ち合わせ場所を決めますが、「歌舞伎町でいいですか?」とLINEがありました。

 

昼間です。
11時です。
 

問題はないかも知れない。

でもこの前みたいになったら嫌だ。

 

 

お相手は、新宿西口を選択してくださいました。

 

こちらの方は私の過去を知っているのですが、「静香さんはもう大丈夫だろうと思った、正直びっくりしました」とおっしゃっていました。

 

 

絶対に大丈夫、なんて無い

 

 

依存行為が何年止まっていても、絶対なんて言葉はありません。

 

 

依存症の勉強をたくさんして、散々自己分析をして、棚卸しをして、それなりの対策をしても、湧くときは湧く。

 

それをこの4ヶ月ほどで学びました。

 

 

これはあくまでも私の場合です。

 

私の場合は、夜の仕事と薬物・向精神薬・ギャンブルが密接に絡んでいます。だからそれらが交わる場所には行ってはいけない。

 

 

そんなこと、分かっていたんです。


だから出所後は夫と、しかも昼間に歌舞伎町へ行った。この時はしっかり自制をしていたのです。出来ていたのです。

 

 

それが長年止めていると、どこかで「もう大丈夫だろう」って気になる。

 

 

幸い私はアルコール依存症ではありませんが、アルコール依存症の人が居酒屋へ行けば湧くのは当然です。

 

ですが社会生活を送る上で、冠婚葬祭、忘年会や新年会に出なくてはならない機会もあると思います。

 

 

そういう時に、どう自制するか。

依存症者にとって、一生の課題だと思います。

 

 

こんな私でもたやすく欲求が湧くのだと、知っていただければ幸いです。

 

 

前回のブログでは私の日常と、罪友教会で聞いた田崎牧師の説教を書きました。

 

9月5日~6日にかけて、千葉県の館山に一泊旅行へ行ってきました。

 

私は温泉が大好きですが、刺青のおかげで大浴場には入れません。

 

 

後悔先に立たず

 

 

中には刺青を見逃してくれる温泉もあるかも知れませんが、見つかって追い出されるリスクを考えると、初めから部屋付き露天風呂、または貸切り露天風呂のある宿へ行った方がいいと私は思います。

 

刺青に嫌悪感を示す人が日本では多いですから、その方たちへの配慮も当然必要です。

 

過去、考えなしに刺青を入れたツケが回っています。お金がその分出ていく、行ける宿も限られる。

 

お金をかけて刺青を彫ったのに、入れた後はもっとお金がかかるこの腹立たしさ。

 

な~んでこんなに広範囲に彫っちゃったかなぁと、心底後悔しています。

 

小さいタトゥーならシールで隠れるのに……

 

 

 

 

このお宿では猫ととんびに餌付けをしていて、猫はとっても人懐っこかったです。

 

ふと後ろを振り返ると夫が猫を従えており、「モンハンかよ!!!」と思わずツッコミを入れてしまいました。(笑)

 

 

反省なんて簡単にはできない

 

 

私の公判中の出来事を書いていきます。

 

私は保釈をしてもらおうなんて考えませんでした。その理由は、夫が絶対に保釈など許さないと思ったからです。

 

案の定、保釈の「ほ」の字も出ず、国選弁護人に聞いても「まず許可が下りないだろう」と言われ、私の留置場生活は執行猶予前もすべて含め、トータル10ヶ月程になりました。

 

この間に反省をしていたかと言うと、全くしていませんでした。

 

 

保釈が認められている方たちを見ると、このあと刑務所へ行く不安を打ち消すためか、はたまた現実逃避をしているのか、お酒を飲みすぎたり、生活が不規則だったり、とてもじゃないけれど「反省している」とは言い難い方が多いなと感じます。

 

 

私は上から目線で、その方たちを責めているのではありません。

 

むしろ、外の世界で反省など出来るわけがないと思っています。

 

 

なんで外で反省できないの?

 

 

って思いますよね。

 

悪いことをして逮捕されて、せっかく保釈されたんだから、自分のために、家族のために、慎ましい生活を送るのが「普通」なんじゃないの?

 

これは犯罪とは無縁の方が考える、普通、当然のことだと思います。

 

そして支援する側、家族やパートナーの願いでもありますよね。

 

支援者側から動かずとも、促されなくとも、自分から積極的に罪と向き合ってほしい。


保釈期間にせめて本を読んで勉強してほしい、依存症なら病院へ行ってほしい、規則正しく真面目に生活してほしい、支援者はそう願います。

 

 

でもよく考えてみてください。


逮捕され、これから刑務所へ行く人たちは、普通じゃないから逮捕され、刑務所へ行くことになったのではないでしょうか。

 

あなた、よく人のことが言えるよね、と思った方。

 

私も同じなんです。

 

おかしな思考と認知の歪みから、留置場では反省など出来ませんでした。夫に申し訳ないな、くらいのものです。

 

 

留置場で反省できなかった理由は、エアコンも暖房も入って快適、やることは特に無し(暇すぎて逆に辛いけれど)、留置場での人間関係が上手くいかなかったり喧嘩をすれば、居室を離してくれるからです。

 

夜中に居室越しに話をする人がいて、私はあまりのうるささでイライラし、朝の洗顔時にその人に雑巾を投げつけ、保護房に入ったことがあります。

 

うるさい人なんて私も含め、社会に出たらいっぱい居ます。

 

うるさい!と思う度に人に雑巾を投げつけていたら、完全に頭のおかしい人ですよね。

 

今思えば、留置場生活を本当に舐めていました。

 

 

じゃあいつから反省できるようになるの?

 

 

これは難しいです。人による、って言葉で片付けるのは簡単ですが、私から皆さんにお伝えできることは、

 

本人が不自由な状況に追い込まれて、初めて反省できる場が整うと思います。

 

私は留置場では反省できませんでしたが、刑務所では反省をすることができました。

 

その差は何なの?と疑問に思われる方もいらっしゃると思います。

 

私は自分が刑務所へ行く前、こう思っていました。


「刑務所は社会的に終わった人間の行くところだ」

 

そんな場所に来てしまった自分を呪った。こんな場所に来ることになったのはお前のせいだと、母を散々憎んだ。

 

こんな場所に来るヤツと私を一緒にしないで!私は字だって書ける。店を任されたことだってある。作業も誰よりもテキパキこなす。

 

私はあんたらとは違うんだよ!!!そう思っていました。

 

でも、夫からの一通の手紙が、私に雷を落としました。

 

 

俺からすれば、殺人でも強盗でも詐欺でも薬物でも窃盗でも、
静香が刑務所に居ることに変わりはない。

 

 

は?

 

私が殺人者と同じってこと!?

私はこの中でも優秀な方なんだよ!何も知らないくせに!

 

ふざけんなよ。

 

あいつらよりまだマシだっつーの。

 

……………

 

…………あれ…?

…………………………

 

私、刑務所に、いる。

 

 

このように私が気付きを得たり、反省や自省のできる場所が刑務所だった。

 

これが外だったら?絶対に無理だったと断言できます。

 

あの場所が私を成長させてくれました。

 

 

犯罪とは無縁な人から見ると?

 

 

重大事犯だろうが、軽犯罪だろうが、刑務所に居ることに変わりはない。

 

夫からすれば窃盗の私も、殺人犯も、横領も、放火も、性犯罪も、ひき逃げも、詐欺も、薬物も、み~んな犯罪者なことに変わりはない。

 

事の重みに差はあれど、犯罪者、前科者なのです。

 

 

これを中の人はなかなか気付けない。
どこかで「自分はアイツよりはマシ」と思う。

 

 

中には刑務所に行くことで箔が付く、何度も懲役に行くことがカッコいいと思っている人も一定数います。そういう人たちのことは横に置いておきます。

 

 

受刑中、過去を振り返らず、人の粗探しをしているようでは…

 

 

更生など出来ないと、私は思っています。

 

そりゃあ人間ですから、気の合わない受刑者も居るでしょう。腹の立つ受刑者も、ズルをする受刑者も居るでしょう。

 

でもそういう人、社会に出たらもっとたくさん居ると思いませんか?

 

意地の悪い人、いつも不平不満ばかり言う人、悪口三昧の人、いい恰好をする人、見栄を張る人、嘘をつく人、そんな人は刑務所以上に社会に山ほど居ます。

 

 

刑務所は小さな社会です。

 

 

刑務所で人間関係を円滑に出来るよう訓練する。「ああ、こういうヤツ刑務所でたくさん見たわ」と、社会に戻って経験を活かす。

 

なぜ服役しているのか?

 

懲役を科されているとともに、社会に戻るあらゆる訓練をする場でもあると、私は思っています。

 

 

規則正しい生活をし、3食きちんとバランスよく食事を摂り、働き、眠る。刑務所で徹底的に叩き込まれます。

 

これが社会に戻ったらどうなるでしょう?刑務所のように簡単にはいきません。

 

 

誰が3食ご飯を作りますか?罰が与えられない社会で、規則正しい生活をし、寝坊せずに起きる、早く寝る

 

社会生活の中で、自分を律することが出来ますか?

 

 

喉元過ぎればなんとやら。

 

 

出所してから生活リズムが崩れる、煙草を吸い始める、お酒を飲み始める、だらしなくなる、あるあるです。

 

刑務所で一生懸命頑張ったはずなのに、その気持ちがどこかへ消えてしまう、あるいは付き合う人によって悪い方向へ流されてしまいます。

 

 

出所直後は、本当に本当に大切なのです。

 

それ以上に、受刑中の支援は、もっともっと大切なのです。

 

 

自分という木を刑務所で育てて、何ものにも流されない自分を作ってもらう。

 

これらは全て、出所後の新たなスタートを見据えた支援です。

 

 

出所後の社会生活が上手くいくように支援する。それが本人のためです。

 

刑務所での生活が良くなるように支援しても、出所後に活きなければ意味がないですよね。

 

 

 

私も喉元過ぎて熱さを忘れました

 

 

出所してから1ヶ月を経過したころでしょうか。喉元過ぎて熱さを忘れました。

 

・ちょっとくらいいいじゃん!
・こんなに頑張ったんだから(服役したんだから)労ってよ!
・煙草も違法じゃないし、ましてや納税してるんだからいいじゃん!

・こんなに変わった自分を褒めてよ!

 

夫と何度も喧嘩をしました。呆れ顔を何度もされました。

 

ショックでした。

 

こんなに努力しているのに、昔の私と比べれば、物凄い成長しているのに。なんで分かってくれないんだよ!

 

 

支援する側は散々傷付き、散々迷惑を掛けさせられ、後始末をさせられています。

 


だから、本人が超頑張ったとしても、褒める気になんて、これっぽっちもなれないのですよ。


むしろ、些細なことから過去を思い出し、悲しみ、怒り、苦しみ、憎しみが沸いてくるのです。

 

因みに夫の私に対する気持ちや原動力は、怒りと憎しみから来るものだそうです。

 

 

上記のことを、受刑中の方には知っておいてもらった方がいいかと思います。

 

『私は(俺は)あなたと、昔のように笑い合えないかも知れない。あなたがこれまでしでかした事と、失ったものがとても大きいからです。

 

出所後は、怒りや憎しみをあなたにぶつけるかも知れません。自分も極力寄り添えるようにするけれど、あなたが更生した証を、諦めずにずっと示し続けてもらいたいです。』

 

私が待ち人の立場だったら、出所前にこんなふうに伝えます。

 

 

私がこのような内容のブログを書く意味

 

 

元受刑者の皆さん

 

皆さんに、二度と刑務所へ戻ってほしくないからです。

 

あなたが服役したことで、どれだけの人を泣かせましたか?後始末をさせましたか?傷付けましたか?

 

どれだけ辛くても、相手に認めてもらうには、時間をかけた努力と忍耐が必要だと思います。

 

 

支援する側のご家族、パートナーの皆さん


仮にあなたが受刑者を甘やかし過ぎたり、言われるがままだったり、ただ時が過ぎるのを待っていたとしましょう。

 

その行為は出所後、あなたも相手も沈みゆく泥船へ一緒に乗る事だと、気付いてほしいからです。

 

あなたの幸せを一番に考えてほしいと、私は思います。

 

 

 

前回のブログでは、私がこれまで受けて来た性被害について書きました。

 

先週の金曜から起こったこと、日常を今日は書いて行きます。

 

 

携帯電話使用等(保持)違反

 

 

8月27日(土)朝10時ごろ、あるセミナーに参加するため、車で現地に向かっていました。

 

渋滞で間に合わない、LINEで遅刻の連絡をしよう。そう思ってスマホを手にしたら、徒歩で巡回中の警察官と目が合いました。

 

なんでこんな所を徒歩で巡回してんのよ………。

 

ながらスマホなんて大した罰金でも点数でもないでしょ?と思った方。

 

 

なんと!今は3点減点罰金1万8千円です。

 

 

31日に罰金を納付しました。かなり痛い出費です……。
 

令和元年に道路交通法が改正されました。皆さん、どうぞお気を付け下さい!

 

 

昨年の免許更新でやっとゴールドになったのですが、また青に逆戻りです。ゴールド免許を維持するのは難しいですね。

 

 

定休日にコツコツと、受刑者に手紙を書きます

 

 

 

一気に手紙を書くのは時間的に難しいので、休みの日にコツコツと書き進めています。

 

ブログを読んでくださる待ち人の皆さんは、手紙を書くことの大変さを良くご存知かと思います。

 

大変と言うか、時間が掛かるんですよね。

 

パソコンで打ち込んでプリントアウトすれば時間短縮になりますが、人の温もりやあたたかさを感じてもらいたいので、全て手書きにしています。

 

下書きをしてから清書します。下書きは取っておき、お返事が来たら振り返りに使います。

 

 

今回は2通送りました。返事が来るのが楽しみです。

 

 

 

進藤さんの教会へ二人の方をお連れしました。

 

 

1人目はバニラさんです。ご縁があり、罪友教会へご一緒することが出来ました。

 

罪友教会へ人をお連れするときは必ず記念写真を撮るのですが、この日はバタバタしていてうっかり撮り忘れてしまいました。

 

遠くからいらっしゃったことに心から感謝です。次に行くときは撮影を絶対に忘れません!

 

 

2人目は私の友人です。訳あって顔も全身もモザイク処理をしました。

 

 

彼はずーっと進藤さんに会いたいと言っていました。著書を何冊も読んでいます。

 

罪友教会へ足を運ぶ経緯は本当にご縁としか言いようがない、まさにGODタイミング。

 

GOODではなくGOD、進藤さん用語で神様のタイミングです。

 

 

言葉にすることで、体はその方向へ自然と動く。

 

人の本音は、言葉ではなく行動に表れる。

 

 

この二つを、彼は体感したと思います。

 

私は彼の目標、志を、ずっと応援し続けます。

 

 

 

街録ch、再生回数65万回を突破しました。

 

 

 

街録chでは芸能人やYouTuberも数多く出演しています。

 

そんな中、素人の元受刑者にもかかわらず、再生回数が多いこと、応援のお言葉が多いことに驚いています。

 

もし皆さんの身近に、依存症や服役経験で苦しんでいる方がいらっしゃるなら、ぜひこの動画を勧めていただきたいです。

 

今日1日頑張ってみようかな……、そんな気に少しだけなれる動画だと思っています。

 

 

すでに動画を観てくださった皆さん、本当にありがとうございます。

 

 

 

ネイルスクールの同期と食事をしました。

 

 

私と同時期にネイルスクールへ通っていた人は何十人もいるのですが、その中でも仲の良い3人で久しぶりに食事をしました。

 

 

彼女たちは私と同じ「ネイリスト検定1級」と「ジェルネイル検定上級」を取得しています。

 

ですが3人とも、ネイルを“主な”仕事にはしていません。

 

昔は「一つの仕事で定年を迎える」ことが当たり前でしたが、今は副業を認める会社も増え、働き方が多様化していますね。

 

資格を取ったからと言って、「必ずその仕事に就かなければいけない」訳ではありません。

 

3人が2年かけてネイルの資格を取ったことには、必ず意味があります。資格が活きるのは1年後かも知れない。はたまた20年後かも知れません。

 

やりたいことがあるけれど、現在の仕事が足枷となって踏み出す勇気のない方。この2人のような仕事の選択や生き方もあります。

 

一つの職業に囚われない生き方をしたって、いいのです。

 

いつの間にか両親、友人、世間から刷り込まれていませんか?△△資格を取ったら、△△の業種に“必ず就職しなければならない”、と。

 

視野は広く、選択肢を多くする。現代では賢い生き方だな、2人を見るとそう感じます。

 

 

因みに彼女たちは、私の過去を知っても変わらず接してくれて、碧の森の活動を応援してくれる大切な仲間です。

 

 

 

田崎敏明牧師の説教

 

 

田崎牧師は宮崎県の東海教会の牧師です。進藤さんの教会へ友人を連れて行ったときにお会いして、説教を聞くことが出来ました。

 

 

左から田崎牧師、Twitterのスペースでもお世話になっている沼田牧師、進藤さんです。

 

 

田崎牧師の説教の中で、とても印象的だったお話があります。

 

田崎牧師は開拓伝道と言って、まだ教会の無い地域で教会を始める活動をされています。

 

ある日、「田舎で伝道して洗礼を受けても、若者は都会へ出てしまうから寂しいですね」と言われたそうです。

 

もちろんこの方に悪意は無いでしょう。田崎牧師も自分のことを励ましたつもりだろう、と言いました。

 

田崎牧師は、「確かに若者は都会へ出て行くけれど、自分の目の届かないところで芽が出る、実を結ぶ。こんなに素晴らしいことはない」とおっしゃいました。

 

 

このお話を私に置き換えるなら、

 

私のブログを読んで、文春の記事を見て、街録chを観て、人生を変えるきっかけになった人が居るかも知れない。実際に変わった人もいるかも知れない。

 

その人を直接見ることが叶わなくても、これまでよりも良い人生を生きてくれればいい。

 

そしてその人が同じように種を蒔き、芽が出て、全く知らない誰かが救われるなら、こんなに素晴らしいことはありませんよね。

 

 

私もこれからそんな活動をしていきたいなと、強く思いました。

 

 

沼田牧師の帽子をお借りしました。(笑)

 

漫画のワンピースを読んだことのある方なら分かると思います。

 

 

受刑者の希望に、私はなるっ!!!

 

 

 

女性限定のクローズドミーティングに参加しました

 

 

依存症当事者、依存症者の家族、支援者の女性限定ミーティングに初めて参加させていただきました。

 

自助グループでは男性が居ると話しにくい内容もあります。そんなときに利用していただきたいのが、女性限定クローズドミーティングです。

 

初めてお会いする方ばかりでしたが、この機会を与えてくださった方、ご縁に心から感謝します。

 

ミーティングのあとは友人と会い、きゅうりの南蛮漬けをいただきました。手作りです。

 

 

白米の友!めっちゃ美味しかったです!

 

 

 

私の全盛期を知る方と、会いました。

 

 

この方と私の出会いは遡ること23年前、人づてに紹介されました。職種など素性は全て伏せます。イニシャルはGさんとしましょう。

 

Gさんの会社に今日、夫とご挨拶に行きました。私が碧の森の運営をしていることを報告するためです。

 

Gさんは私の水商売全盛期を知っています。おかしくなっていたころも知っています。服役していたことも知っています。

 

内容は書けませんが、3時間近くお話をして、帰宅しました。

 

 

夫に、「私は本当に人に恵まれていたんだよね」と伝えました。

 

依存症と言う病気は全てを狂わせます。
多くの人が私から離れていきました。

 

あれだけ人に恵まれていたのに、自らその縁をぶった切るようなことをしでかしたのです。自分から離れていったのです。

 

 

コツコツ活動を続ければ、認めてくれる人が必ず出てきます。手を貸してくれる人も出てきます。

 

だから諦めず、投げ出さず、一緒に進んで行きましょう。

 

 

一度でも道からはぐれたことのある皆さん、これを忘れないでください。

 

 

言葉にすることで、体はその方向へ自然と動く。

 

人の本音は、言葉ではなく行動に表れる。

 

 

私はこれからも志と目標を言葉にし、行動し続けます。

 

 

本日のブログはお休みをさせていただきます。


楽しみにしてくださった方、ごめんなさい。



明日8:00に更新出来ればと思います。




前回のブログでは、大船榎本クリニックでゲストスピーカーとしてお話ししたこと、いただいた質問への返信と、産業カウンセラーの筆記試験に落ちたことを書きました。

 

実は私は小学校1年生の時に、クリトリスで「イク」、という経験をしています。
私が躊躇うことなく援助交際や不倫、愛人生活を続けた根本の理由は、ここにあると分析しています。今まで黙っていた訳ではないのですが、何となく書く時期を逸してしまったので、来週詳しく書いていきます。

 

↑前回のブログの抜粋です。


内容を書いていきますが、正直生々しいです。


過去に性被害に遭われた方やフラッシュバックが起きそうな方は、今日のブログは読まないことをお勧めします。

 

 

幼少期から鍵っ子生活

 

 

いきなり話は逸れますが、ヨガの先生のお子さんは小学5年生です。

 

大体金曜日の午前中に予約を入れるのですが、「この日は早く子供が帰るので難しいです」とお断りされることがあります。

 

子供が一人で留守番をしたり、鍵っ子になるのはこの時代は稀なのだろうか、と考えます。(決して先生の子育てを否定するものではありません。)

 

私は小さい頃から鍵っ子でした。
鍵を首からぶら下げるようになったのは小学生になってから。それまでは鍵っ子あるあるでしょうが、植木鉢の下に鍵が置いてありました。(笑)

 

 

ザリガニがたくさん釣れる沼

 

 

持ち家が無かったので、幼稚園年長から埼玉県の大宮の片田舎、一軒家の借家で生活します。
 

今はもう無くなりつつあるでしょうが、トイレはボットン便所でした。落ちそうになったことが何回もあります。(笑)

 

家の近くにはうっそうとした森、高台、沼がありました。夜道は街灯も無く真っ暗。車が一台通れる程度の狭い道路。

 

 

近くの沼には色んな生物がいました。おたまじゃくし、あめんぼ、ザリガニ。

 

私はザリガニ目当てで沼へ通いました。糸を垂らせば簡単に釣れたのです。

 

鍵っ子で両親は共働き、一人で過ごす時間が多かった私は、ファミコンをやったり外に遊びに行ったり、誰の監視も無く自由に過ごしていました。

 

 

高台の沼のそばで、私は「おじさん」と出会います。

 

 

 

シロツメクサの冠、ネックレス、指輪

 

 

皆さんは「シロツメクサ」をご存知でしょうか?

 

 

↑こちらがシロツメクサです。春から夏にかけて見かけますよね。

 

このシロツメクサを編み込んで、冠やネックレスを作ることができます。

 

↓こんな感じ。可愛いですよね。

 

 

私はザリガニ釣りに夢中だったのですが、少し離れた場所で冠を作っている「おじさん」にふと気が付きます。

 

はじめは気が付かないフリをしながら、可愛いな、たくさん作ってるな、そう思いながらザリガニ釣りを続けます。

 

そんな日が1週間くらい続いて、おじさんの方から声を掛けてきました。

 

 

「冠の作り方を教えてあげようか?」

 

 

 

優しい人に、悪い人はいない

 

 

おじさんは私の横で冠にネックレス、指輪やブレスレットを手早く作ってくれました。

 

どれも子供の私サイズに作って渡してくれました。まるで自分がお姫様になったような気分でした。

 

 

幼少期の私は、大人に対する危機感や嫌悪感が全くありませんでした。

 

その理由は、母の入院で幼い頃から親戚をたらい回しにされた記憶から、「自分の面倒を見てくれる、優しくしてくれる人に悪い人はいない」と思っていたから。私の中の性善説です。

 

今の子供も「大人はいい人」と思う子が居るかも知れませんが、現代ほど「知らない人には注意しなさい」とは言われませんでした。

 

 

おじさんはとても器用でした。


少し経っておじさんは、「作り方を教えてあげようか?」と聞いてきました。

 

喜んで「うん!」と答え、おじさんが私を膝に抱える形で、ツメクサの冠づくりを教わるようになります。

 

 

初めての絶頂

 

 

おじさんは段階的にツメクサの作り方を教えてくれました。子供でも分かるように、ゆっくり、分かりやすく。

 

そのうち、「この先を知りたかったらおじさんの言う通りにする?」と聞いてきました。

 

子供です。「うん」と答えました。

 

 

おじさんは私の下着の上から、局部を触り始めました。

 

不思議なんですが、全く嫌だと思わなかったんです。怖いとも思わなかった。

 

 

おじさんは執拗に下半身を触って来ました。

 

「嫌なことはしない、気持ちいいことをしてあげているんだよ」、こんな事を言われ続けた記憶があります。


雨の日以外ほぼ毎日、私はツメクサとおじさんを求めて、高台の沼へ行きました。

 

 

尿意を我慢できないような、何とも言えない不思議な体験をします。

 

これが恐らく、私が初めてクリトリスでイクことを覚えた日です。

 

 

うまく言い表せませんが、「ツメクサを貰って可愛くなって、作り方まで教えてくれて、気持ち良くしてくれる」おじさんが好きでした。

 

恋心のような感じではなく、某魔法の国のキャラクターに会いに行くような感覚です。

 

 

季節は秋になり、おじさんは私の前から消えました。

 

 

 

性への目覚め

 

 

おじさんが私の前から消えたあと、おじさんに気持ち良くしてもらった記憶が鮮明に残っている私は、何とかして同じ気持ち良さを味わいたいと思います。

 

 

オナニーを小学1年で覚えます。

 

 

これが私の性への目覚めです。

 

 

おじさんは挿入はしませんでした。今思えば唯一の救いかなと思います。

 

 

 

大船榎本クリニックで受けた質問です

 

 

・挿入されなかったのが唯一の救いとはどういう意味ですか?

 

→もし挿入されていたら、小1で処女喪失です。幼い身体に成人男性の性器が入らなくて良かった、もし入っていたら身体が(私の性器が)壊れていたのではないか、後々精神的におかしくなっていたのではないか、という意味です。

 

 

・その「おじさん」をどう思っていますか?

 

→恨んでいません。むしろツメクサで可愛くしてくれて、気持ち良くしてくれてありがとうという感じで、恨んでも憎んでもいません。かと言って好きでもありません。現在の私の中で、おじさんの存在は「無」かも知れません。

 

 

これは私の認知が歪んでいるのだと理解していますが、あの強烈な快楽は私の記憶に鮮明に残っています。

 

 

性被害を受ける頻度が高くなる

 

 

この事をきっかけに、私は結構な頻度で性的ないたずらをされたり、犯罪に巻き込まれることが多くなります。

 

 

小学3年の頃の家庭教師は、私に密着してきて、耳元で鼻息を荒立て、体を密着させてきました。

 

勉強を教えるのに、なんで耳元で囁くのか意味不明でした。

 

 

これは私が反射的に「気持ち悪い!」と思って母に報告し、すぐに家庭教師を辞めてもらいました。

 

母は「アンタの勘違いでしょ?そうやってすぐ嘘をついて投げ出すんだから」と、私を信じようとはしませんでした。

 

 

 

被害数は高校生の頃がダントツ



今ではあり得ないブルマで体育の授業を受けていて、グラウンドの周囲にカメラを持ったおっさんが居ました。入れ代わり立ち代わりで。

 

「撮ってんじゃねぇよ!」とガン黒グループで詰め寄ると、ササーっと居なくなります。それをみんなで面白がっていました。

 

 

安室ちゃん全盛期、ミニスカートで階段やエスカレーターを上がれば、後ろでガサゴソ音がする。ハッと振り返ると紙袋の中にビデオカメラが入っている、なんてザラでした。

 

昔ですから、今みたいに手軽にスマホやペンタイプのカメラで盗撮、なんて出来ません。盗撮犯はこんなにいかつくて重たいVHSカメラを、バッグや紙袋に忍ばせていました。

 

気付いた私は犯人を全速力で追い掛けるんですが、ああいう時の犯人って、走るのめっちゃ早いんですよね。(笑)

 

火事場のクソ力ってやつでしょう。

 

 

こんなカメラです。昭和生まれの方、懐かしいですね。

 

撮影された写真や動画はどこにあるのだろうと思いますが、現在のようにネットを万人が使いこなせる時代ではなかったので、各々の趣味の範囲で楽しんだのかなと勝手に思っています。

 

 

夜職時代も変わらず被害に

 

 

キャバクラへ出勤するのに、車を使うのが当たり前の時代でした。お客さんも車で来て、代行を使わずに帰るのが普通でした。飲酒運転の厳罰化前です。

 

 

私が車を停めていたのはお店が借りている駐車場で、何人もの女の子が車を停めて出勤していました。

 

彼らは知っていたのでしょうね、夜になると何人もの女性が駐車場まで歩いてくることを。私も他の女の子も、駐車場で何度も露出狂の被害に遭っています。

 


と言ってもこの頃の私はイケイケですので、「おめぇのチン〇ちっせぇな!」と、こちらから煽っていました。

 

煽ると逃げ出す人が多かったですが、その中でもオナニーする姿をひたすら見せてくる人がいたので、最後まで見てあげたこともあります。

 

 

今思い返せば非常に危険な行為です。ただのアホでした。

 

 

 

私の中の最大の性被害、レイプ未遂

 

 

キャバクラの仕事の帰り道。彼氏が迎えに来ないことに腹を立てた私は、「いいよ歩いて帰るから!」と、暗い夜道を給料40万が入ったプラダのリュックを背負って帰ります。

 

小学校の正門からふらっと黒い影、私より身長の小さい男が出てきました。深夜2時近くです。

 

私は身長168㎝、当時高いヒールを履いていたので、180㎝近い身長でした。

 

私とすれ違ったときの男はとても小さかった。私の元の身長より小さかった。でも、

 

嫌な予感がして振り返ったときには、大きな熊のように見えました。

 

 

今でもその場所を車で通りますが、通るたびに正門を見てしまいます。本当は見たくないんですけどね。

 

2年前のブログにレイプ未遂の経緯を詳しく書いています。よろしかったらご覧ください。

 

この一件で、未遂とは言え、初めて性被害の恐ろしさを知りました。

 

暫くはすれ違う男性がみんな自分を襲うような感覚になり、夜道を1人で歩けなくなりました。

 

昼間でも、歩いている男性と距離を取るようになりました。

 

 

 

現在も夜道を歩く時は、繁華街だろうがどこだろうが、男性とは無意識に距離を取ります。

 

 

43歳になるババァを誰が襲うんだよ、って話なんですが、あのレイプ未遂は本当に怖かった、脳裏に焼き付く忘れることのない恐怖、だから無意識に防御態勢を取ってしまうのです。

 

この防御反応は一生続くと思います。

 

 

あの男性のやったことは許せない。そう思います。
 

ただ、2年前のブログにも書いてありますが、あの男性がもし「性依存症」だったら……?と考えると、複雑な思いになります。

 

もう結婚して子供も大きくなっているかもしれない。果たして性依存から脱却できただろうか?大きな性犯罪を犯していないだろうか?幸せだろうか?そんなことを考えます。

 

 

過去を振り返ると……

 

 

平日の学校終わりに高台に居た「おじさん」は、仕事をせずに何をしていたのだろう?生活保護?不労所得があった?地主や大金持ちで時間を持て余していた?など、色々と考えます。

 

 

あのおじさんが、私の「性」へのハードルを下げた一つの“要因”です。原因ではありません。あくまでも要因だと自己分析しています。

 

 

援助交際へ走ったのも、盗撮犯や露出狂に自ら煽って絡んでいくのも、レイプ未遂犯を裸足で追い掛けるのも、普通の行動じゃないんですよね。

 

 

こうした「認知の歪み」が、過去の私を形作っていた。

 

その歪みが少しずつ、受刑生活を通して直ってきた、まともになってきた。

 

そんなふうに今は思います。

 

 

まとまりが悪いですが、今日は私が過去に受けてきた性被害を書きました。

 

お見苦しいところ、多々あったと思います。
長々と読んでくださって、ありがとうございます

 

 

 

巧妙な詐欺に注意してください!今の時代は全てを疑え!

 

 

誰でも知っている人だから、会社だから、サイトだからって、全てを信じないでください。

 

このツイートがとても良い一例です。犯罪に加担してからでは手遅れです。

 

いつもお伝えしていますが、自分で取捨選択できる目を、知識を養ってください。悲しいですが、情報弱者が痛い目を見る世の中です。

 

 

衰えは素直に受け入れよう……

 

 

昔から顔の右側に黒子があったのですが、年々大きくなり、なんと!3ミリに成長しました!(笑)

 

老化です。
受け入れよう、衰えを。

 

炭酸ガスレーザーで除去しましたが、痕が残らないようケアするのが結構面倒です……。

 

 

前回のブログでは、受刑者や依存症者は支える側の心をなかなか理解できないと書きました。
 

8月17日(水)に、神奈川県鎌倉市にある大船榎本クリニックへ行ってきました。

榎本クリニックは東京都と神奈川にある病院です。榎本クリニックのHPはこちら。↓
 

 

大宮駅から約1時間20分で大船駅へ到着。電車を乗り換えずに済むので楽でした。大船駅から歩いて10分程で、榎本クリニックに到着です。

 

 

斎藤章佳先生との出会い

 

 

斎藤先生を知るきっかけは、クレプトマニアの悠さんでした。

以前から大船榎本でスピーカーをしていると聞いていて、斎藤先生の著書に悠さんの事が書かれていることもあり、何冊か著書を購入していました。

その中でもグイグイと引きこまれたのは、「盗撮をやめられない男たち」です。

タイトルだけ見ると性依存メインのように感じられますが、どんな依存症の方でも読める本です。

ぜひ読んでみてください。

 

 

FacebookとInstagramを、ひっそり始めています

 

 

実は、悠さんの勧めでFacebookをひっそりと始めています(笑)

多くの人と繋がる、という意味ではTwitterでも十分ですが、依存症子という人間が実際に存在することを知ってもらうには、本名でFacebook、連携してInstagram、発信用にTwitterと使い分けるのが良いかなと考えました。

書いていることは概ね一緒です。Twitterの140字でおさまらない想いや考え、気持ちをFacebookに書くこともあります。


私のFacebookはこちら。↓

 

Instagramはこちら。↓

 

 

ゲストスピーカー

 

 

ご縁をいただき、Facebookで斎藤先生と繋がることが出来ました。

ゲストスピーカーとして、大船榎本クリニックでお話をする機会がやってきます。それが8月17日(水)でした。

榎本クリニックでは、毎月のプログラムに沿ってたくさんの方が依存症からの回復を目指しています。

この日、私は20名程の依存症者の前でお話をさせていただきました。

皆さんの依存は、様々です。
ギャンブル、窃盗(クレプトマニア)、性、処方薬。

 

 

あっという間の50分でした。

 

 

私の人生を話すには、50分では足りませんでした。

斎藤先生から事前に「皆さん大体50分では終わらない」と聞いていたので、無理矢理50分で終わらせた感は否めません。(笑)

話す中で重きを置いたのは、幼少期です。

○○があったから今の私はこうなった、と繋げていきます。

回復中の皆さんにも、「人生を繋げて」考えてもらえたらいいな、と思ったからです。

受刑中の気付き、出所後の苦しみや辛さも話したかったですが、時間が足りませんでした。

 

 

皆さん回復にとても意欲的で、びっくりしました。

 

 

あの日、私の話を聞いてくださった皆さんにこのブログが届けばいいな、と思いながら書いています。

私はあの日、結構な感情を出して話をしました。

実はもっと出したかった。でも初めてお会いする皆さんに失礼があっては……と思い、あれでも控えめです。(苦笑)

幼少期の性的いたずらから、母への暴力、リアルな言葉遣いなど、お聞き苦しい所があったと思います。

極力、その時に感じた痛みや苦しみ、気持ち良かったこと、楽しかったこと、のめり込んだことには、感情を載せて話をするようにしています。

長時間聞いてくださって、皆さん本当にありがとうございます。

 

 

え?幼少期の性的いたずら!?聞いてないよ!!

 

 

そう思った昔からの読者さん、来週のブログに詳しく書く予定です。

実は私は小学校1年生の時に、クリトリスで「イク」、という経験をしています。

私が躊躇うことなく援助交際や不倫、愛人生活を続けた根本の理由は、ここにあると分析しています。

今まで黙っていた訳ではないのですが、何となく書く時期を逸してしまったので、来週詳しく書いていきます。

 

性被害に遭われた方には、フラッシュバックになる可能性があります。読む際はお気を付けください。

 

 

皆さん予め「街録ch」で予習をされていました。

 

 

大変有り難いことに、質問をたくさんいただきました。紹介させていただきます。
 


 

 

どれも核心を突いた質問でした。そんな中でも印象に残った質問と答えを、改めて書いていきます。

 

 

出所してまるで聖人君子のように変化していますが、そんなふうに変われるものですか?



これは会場で直接受けた質問です。タイトル回収になりますが、私は聖人君子ではありませんし、出所後に180度変わった訳でもありません。

出所後は本当に辛かったんです。何度も逃げ出したくなりました。「私こんなに頑張ってるのに、なんで旦那は評価してくれないの?理解してくれないの?」ずっとそう思っていました。

タバコに逃げ、スマホゲームに逃げ、挙げ句は課金もし、タバコがバレて夫から物凄い冷ややかな目を向けられ、本当にきつかった。

 

私を歯牙にも掛けない夫に腹が立ち、離婚したいと何度も思いました。


刑務所で学んだこと。「ときには逃げてもいいけれど、絶対に投げ出さない」、受刑者は現実から逃げて投げ出すから、こんな所に来てしまったわけです。

ときにはタバコやスマホゲームに逃げた私ですが、1日1,000円でバランスの良い食事を2食作り、掃除も洗濯もサボりませんでした。

それを1年続けたあたりから、夫の態度に変化があった。これは私がいつもブログに書く、「相手を変えるにはまず自分から」、です。

 

 

資格に挑戦したことも、私を変えた出来事でした。



参考書を買っただけで勉強した気になったり、詰めが甘かったり、早とちりしたり、すぐ理解した気になったり、そういう事に嫌と言うほど気付かされたのが、ネイリスト検定と産業カウンセラー養成講座です。

 

依存症とは全く無縁の人と、人間関係を構築する。

 

この体験が、今の私を形作っています。

 

・十人十色、様々な意見や考えがあっていいんだ。
・否定される=私のことを嫌いなわけじゃないんだ。
・私のことを本気で考えているから、厳しく指導してくれるんだ。
・全てを受け入れる必要はない、受け流す、或いは受け止めればいいんだ。
・白黒はっきりさせなくても生きていけるんだ。

こういうことを気付かせてくれたのは、ネイルスクールの先生や生徒さん、産業カウンセラーを共に学んだ仲間たちです。


依存症から回復すれば、いずれ社会復帰します。復帰中も復帰後も、きっと問題は降りかかって来ます。

でも焦らないで、一つずつ丁寧に、問題に向き合っていけばいい。

起こっていない事を悩む前に、今を見て、昔の自分より今の自分が成長していれば花丸💮です。

ときには逃げてもいい、投げ出さなければ。

 

 

希望を持てない人にアドバイスはありますか?

 

 

「希望を持っているから」、大船榎本クリニックに繋がり、真剣にプログラムを受けているのではありませんか?

 

本当に希望を持てない人は、行動など起こしません。

大船榎本に繋がる行動を起こした、それ自体が凄いことなんだと、自信を持ってほしいです。

 

 

時間は戻って来ませんが、戻れるとしたらいつに戻りたいですか?

 

 

私の母は、「このままじゃ静香に殺される!」と家を出ていきました。もちろん受刑中に面会も手紙も一切ありませんでした。

 

私は母に捨てられたのです。捨てられて当然のことをしたと思っています。

家を出た母は区のお世話になり、老人ホームに入居していました。人工透析を受けていた母は障碍者手帳1級を持っていたので、ホームに入居するのは比較的簡単だったようです。

 

区から「お母さまはガンで長くない、最後に会いませんか?」そう手紙が来て、夫と相談し、今の私なら母と冷静に話ができるだろうと、木曜日に会う約束をしました。

 

あと4日で会えたのに。日曜日に鳴った区役所の番号通知を見て、母の死を悟りました。

 

もし戻れるならば、母が亡くなる前に会って、「ご飯作らなかったりキレまくったり虐待されたことは今でもムカつくけど、産んでくれてありがとう」、そう伝えたいです。

 

ちなみに受刑する前に戻りたいとは、これっぽっちも思いません。今の私は刑務所へ行ったから、存在するのです。服役経験は辛かったけれど、私のかけがえのない体験、経験でした。

 

刑務所が私を成長させてくれました。逮捕されて本当によかった、感謝しかありません。

 

 

最後に、あなたが依存症になったことには必ず意味があります。

 

 

大船榎本ですべての質問にお答えしましたが、ブログでも改めて「皆さんからの質問」を書かせていただきました。

 

その理由として、まだ病院や自助グループに繋がっておらず、苦しい思いをしている依存症者はたくさんいて、その人たちに皆さんの声が届けばいいな、と思ったからです。

 

回復に向けて前向きに頑張っている人がたくさん居る、回復できる「病気」だと周知するのは大切です。

 

大船榎本に通う皆さんが、今依存症で苦しんでいる人の希望になる。

依存症者のご家族に、気づきを与える貴重な存在なのです。

 

 

皆さんが依存症になったことには、必ず意味があると、私は思います。

 

 

 

大船榎本クリニックで記念撮影をしました。

 

 

この日は私にとって一生忘れない日になるでしょう。

皆さんからの質問も、大切に保管させていただきます。


この機会を与えてくださった斎藤先生、悠さん、本当にありがとうございました。

 

 

産業カウンセラー試験、落ちました。

 

 

産業カウンセラーの筆記試験、また落ちてしまいました。

 

たくさんの方に応援していただいたのに、お守りまで送ってくれた方もいるのに、不甲斐ない結果となりとても悔しいです。

 

実技は既に合格(免除)しているので、あとは筆記に受かればいいだけ。うーん、なんとももどかしい。

 

色々な人に落ちたことを報告しました。まず、私の受刑歴をさらっと受け止め、碧の森を運営するきっかけになったローズネイルスクールの荻原ちとせ先生。

 

 

「苦戦するのは、きっと湯浅さんにとってそれが意味のある時間だからです」

 

思わず涙が出ました。そう、私にとって意味のある時間なのです

 

 

今日のブログに書いたように、落ちたことには必ず意味があります。
 

 

夫にも報告しました。

 

 

夫の返信にも、感動しました。私を責める言葉が一切ありませんでした。

 

私はまだしっかり学んだとは言えない、だから落ちたのです。

 

 

産業カウンセラー養成講座を一緒に受けたMさんに、LINEをしました。

 

 

Mさんの「斜めとか後ろから見て、正面が見えていない」というアドバイス、まさに目から鱗でした。

正面から素直に問題を捉えることをせず、「引っ掛け問題が前提」という先入観で、試験を受けていたことに気付きました。

 

 

 

次の試験は、来年の1月です。

受かるまで諦めない。ときには逃げるけれど(笑)、絶対に投げ出しません。

 

読者の皆さん、こんな私ですが、また応援してくださると嬉しいです。

 

 

大船榎本クリニックの皆さん、斎藤章佳先生、悠さん、素晴らしい出会いに感謝します。

 

 

私をずっと支えてくれている夫、ネイルスクールの荻原先生、忌憚のない意見をくれる産業カウンセラー仲間、いつも的確なアドバイスを下さるHP作成会社のSさん、本当にありがとうございます。

 

 

皆さんの力があって、私はここまで成長出来ています。

 

いつも私を前向きにさせてくれる大切な人たちに、心から感謝です。

 

私は本当に幸せ者です。ありがとうございます。

 

 

今日のブログは突発更新です。

 

ネイリストに興味があり、仕事にしてもいいかな?と思っている「元女子受刑者」の方に、ネイリスト検定3級、ジェルネイル検定初級に合格できる程度の技術と座学を、私がお教えします。

 

 

条件は以下の6つ

 

 

・「元女子受刑者」の方

・ネイリストに興味があり、仕事にしてもいいかな?と考えている方
・真剣に学ぶ気がある方
・さいたま市まで来られる方
・zoomを扱える方
・免許証やマイナンバーカード等で身分を証明できる方

 

 

ネイリストになるには初期投資が結構かかる!

 

 

ネイリストになるにはとにかく練習あるのみ!なのですが(どんな資格もそうですね)、とにかく初期投資がかかります。

 

どんな物が必要か?ですが、

 

練習用ハンド(左右)、ネイルニッパー、キューティクルニッパー、ネイルプッシャー、フィンガーボウル、アームレスト、ジェルライトなどなど。

 

上記の物は一度購入すれば比較的長く使えます。

 

それでも上記全てを購入するとなると、安く見積もっても4万円ほどかかります……。消耗品が多いのがネイリストです。

 

 

ポリッシュ(マニキュア)、ジェル、プライマー、消毒用エタノール、ファイル(爪やすり)などは、無くなったら買い足さなくてはなりません。

 

これが結構馬鹿にならない値段です。

 

 

ネイリストになりたくても資金的に厳しい……

 

 

という方、多いのではないかと思います。そこで、碧の森では「元女子受刑者」限定で、

 

材料費を含め、1回の授業は2時間2,000円で、私が技術と座学をお教えします。

 

手ぶらで来ていただいてOK、こちらで全て準備します。

 

 

ご希望の方は、

 

 

アメブロのメッセージ、TwitterのDM、Facebookのメッセンジャー、Instagramのメッセージ、碧の森のHPよりお問合せ下さい。

 

応募された方の個人情報は、他には漏らしません。

 

試験的に実施しますので、少数の応募です。

 

最近は男性のネイリストも増えています。いずれ男性の募集もできればと考えております。

 

 

前回のブログでは、人と自分の境界線について書きました。

 

今日は2年前に書いたブログと被ります。私のブログをずっと読んでくださっている皆さんは、改めて読んでいただけると幸いです。

ブログのタイトルは「支える側の心、受刑者と依存症者知らず」ですが、「親の心、子知らず」を捩って(もじって)みました。

 

 

再犯するも更生するも、本人次第

 

 

刑務所から出所した元受刑者が、

 

・更生するか?
・一生懸命働くか?
・再犯するか?
・怠惰な生活を送るか?
・無職のまま生活するか?

 

これらは親も、きょうだいも、夫も、妻も、彼氏も、彼女も、親友も、友人も、誰にもコントロールが出来ません。

 

本人が決めること、本人が選ぶ人生です。

更生してほしい、働いてほしい、真面目に生きてほしい。

そう強く願うのは周囲の支える側の人たちですが、残念ながら“思う通りに動いてくれない”のが元受刑者です。

 

 

なんで真面目にやってくれないの?なんでそんなに自分勝手なの?

 

 

と、支える側は思います。
せっかく出所したのに……。自由なのに……。やっと毎日一緒に居られるのに……。

どうして私の(俺の)ことを考えてくれないの?真面目に生きようとしないの?

今までこんなに待ったのに……。支えてきたのに……。

私が(俺が)これまで待っていた時間は、一体何だったんだろう?

無駄だった……?いや、そんなこと思いたくない。
悲しい、辛い……。なぜ真面目に生きてくれないの?

 

 

支援側の気持ちは、なかなか本人には届きません。

 

 

本人が服役中、または依存行為に耽溺中、あなたはどんな支援をしましたか?



刑務所で反省するもしないも、本人次第です。

「会いたい」、「身体が心配」、「好きだから」、という理由で、中の人を甘やかしていませんか?

・欲しいと言われた物を、全て差し入れる。
・更生や反省に関係のないおねだりを聞いてあげる。
・面会に言われるがままに通う。


きっと、あなたはそれで満足すると思います。

「私は(俺は)あの人の役に立っている」、「私は(俺は)あの人に必要とされている」と感じることが出来るから。


それはあなたのエゴ(我儘)ではありませんか?

今一度、どんな想いで受刑者や依存症者と接しているか、立ち止まって考えてみてください。


依存症者や受刑者に必要以上の世話を焼くのは、「この人に自分が必要とされている」、「私が(俺が)居なくなったらこの人は生きて行けない」、そんな思いからではありませんか?
 

 

 

甘やかされた側の立場に、立ってみてください。

 

 

例えば、更生や反省に関係のない本を刑務所で読んで、出所後、一体何の役に立つでしょう?

これは私の実体験です。
栃木刑務所に服役していた頃、サーティーワンのメニューやグルメ雑誌、るるぶなどの旅雑誌を差し入れされている累犯がいました。

私はいつもこう思っていました。
「今刑務所に居ることから目を背けて、現実逃避したいんだな。」

 

旅行雑誌やグルメ雑誌を差し入れして貰っている累犯に、直接聞いたことがあります。

 

「なんでそういう雑誌を差し入れして貰うの?行けないし食べられないから、見ているだけだとフラストレーションが溜まるだけでしょ?」、すると大体こんな答えが返ってきます。

 

「出所したら○○と行く」、「出所したら○○と食べに行く」、「唯一の楽しみだ」、など。

 

○○に入るのは、彼氏だったり、旦那さんだったり、子どもだったり様々ですが、私はそれを聞いて「夢や理想は、反省、更生して初めて語れるのでは?」、と思いながら聞いていました。


 

そういう人は圧倒的に累犯に多かった。

この意味、皆さん分かりますか?

 

 

甘やかしてばかりだと、刑務所へ舞い戻る確率は高くなります。

 

 

私がこのブログで一貫してお伝えしていること。それは「甘やかさない支援をしてください」、です。

 

 

見捨てろ!なんて言っていません。
面会に行くな!とも言っていません。
差し入れをするな!とも言っていません。
手紙を書くな!とも言っていません。


出所してからが、新たな人生のスタートなのです。


そのスタートへ向けた支援をせずに、出所後にまともな社会生活を送れると思いますか?

出所後どれだけ辛い現実が待っているのか、刑務所に居るうちに知ってもらう必要があるのです。


 

簡単に仕事が決まると思いますか?
簡単に悪友との人間関係が切れると思いますか?
これまで生きて来た生活の癖が、簡単に直ると思いますか?
受刑することで、これまでの性格や生活態度が、180度変化すると思いますか?


無理なんです。服役生活だけでは、何も変わらないのです。

あなたが決して甘やかさず、出所後を見据えた支援をしないと、本人の人生もあなたの人生も共倒れだよと、私はお伝えしたいのです。

 

 

甘やかすことは簡単、誰でも出来るのです

 

 

誰だって人に嫌われたくありません。

好かれたいから甘やかす、嫌われたくないから甘やかす、嫌われるのが怖いから厳しいことが言えない、心配だからつい甘やかす。

刑務所まで行ってしまった人に対して、これが正しい対応だと思われますか?

 

 

刑務所へ行くって、とんでもない事なのです。
とんでもない事をしでかしたから、刑務所へ行ったのです。


中の人も、外で待つ人も、その現実から目を逸らさないで、立ち向かってください。
 

 

現実逃避の先には、更なる現実逃避が待っているだけです。

いつまで経ってもその沼から抜け出せない。負のループは続きます。


それらを断ち切らせ、我に返らせることが出来るのは、外で待つ人にしか出来ないのです。


これが依存症当事者、服役経験者であり、今も更生を続けることが出来ている私の考え、意見です。

 

 

 

TRACKSリーグという自助グループへ参加してきました。

 

 

自助グループや家族会は、色んなところへ参加して良いのです。一ヶ所に決めなくてはならない、なんて決まりはありません。

もちろん精神科も、メンタルクリニックも、カウンセラーも、自分に合うところを探せば良いのです。

自助グループや家族会で、「他のグループに参加しようとすると嫌がられる」、または「他のグループに行くなと言われる」、という話を聞きます。

もしそういう事を言われたら、それはあなたを「囲おうとしている」だけなので、そのグループとは距離を置きましょう。

これは病院やカウンセラーにも同じことが言えます。

 

 

朝のウォーキング
 

 

 

朝日を浴びるって気持ちいいです!このあと家でヨガ。

 

汗をかくのは大っ嫌いですが、シャワーを浴びれるならOK(笑)

 

前回のブログでは、碧の森を8月から再開すると書きました。

 

これまで碧の森を定期的に利用してくれた相談者さんに、「定休日と営業時間を新たに作りました、変更箇所があります、ご理解お願い致します」、内容はこのような感じでLINEをしました。

 

多くの方にご理をいただくことが出来て、本当に嬉しく思います。

 

 

盆栽教室での気付き


 

私は盆栽教室へ通っています。


盆栽は植え替え直後、直射日光を避け、風通しの良い場所で1週間は管理するのがベターです。

 

植え替え直後は根が安定しないので、養生する必要があります。

 

こちらは出猩々紅葉です。漢字が難しいですが、 (でしょうじょうもみじ) と読みます。

 

 

大切な方へのお誕生日プレゼントに仕立てました。葉が小さめで可愛らしいです。

 

講師は授業の最後に、このようなアドバイスをしてくださいました。

 


「これだけ暑いので一時的に置き場所を工夫するのは良いですが、室内にずっと置いた後にいきなり外へ出すと、枯れてしまう場合があります。


この暑さで可哀想だと、場所をコロコロ変えすぎると木が弱っていきます。置き場所は極力変えずに日陰を作ってあげるなど、過酷な場所に慣れさせるのも木にとって大切なことです。」

 

 

甘やかすと木は枯れる。では人間は?

 

 

植物の力に驚かされる人、結構いると思います。

 

アスファルトから生えるタンポポ、壁とアスファルトの間から生える雑草や花、交通量が激しい道路の中央分離帯に青々と生える草木、皆さん一度は見たことがありますよね。

 

こんな場所で良く生きて行けるな、雨が全然降らない時もあるのに、何でこの子たちは逞しく生きて行けるんだろう?そんな目で観察していると、人間との共通点が見えてきます。

 

 

ぬくぬくと甘やかされ、ぬるま湯に浸かり、ずっとその場に留まっていたとしましょう。

 

過去の私がそうです。嫌なことから全力で逃げ、投げ出す人生を送って来ました。


「時間が経てば何とかなる」、「誰かが何とかしてくれる」、「誰かが助けてくれる」、こんなふうに考えていました。

 

 

そんな人間がいきなり「社会という現実」へ放り出されたとき、皆さんはどうなると想像しますか?

 

 

 

仕立てた盆栽に私が出来ること

 

 

毎日適度にお水をあげ、栄養剤を定期的に与える。


あげすぎると根腐れを起こします。栄養剤もあげすぎると毒となります。

 

虫食いや病気になれば、薬剤で処置をします。

 

 

私が出来ることは、この盆栽が自然治癒力で自分を治し、成長していくのを見守ること。

 

 

それ「しか」出来ない。私と盆栽の境界線ですね。

 

 

 

夫と母は、私のためを思ってくれていた

 

 

結婚当初、夫は「何とかしてこのおかしな静香をまともにしなきゃ!」、と思ったそうです。

 

掃除もしない、食事も作らない、呂律は回らない、部屋がゴミ溜めのようになって行く様を見て、「これはただ事ではない」と思ったのでしょう。

 

だから私が「病院へ行く」と言えば、私のことを一切疑わずにお金を出しました。移動手段である車も提供しました。

 

私が真面目に鬱病の治療をしていると、信じて。

 

 

母で言えば、私が高校生のとき、携帯代が払えないと泣きつくと、全額尻拭いをしてくれました。

 

父が払ってやれと言ったから仕方なく従った、と言っていた記憶があります。それを私は、

 

「は?自分の子どもが何かやらかしたら、尻拭いするの親に決まってんだろ!?」そう母に吐き捨てた記憶があります。


「お前、私を虐待したよね…?」、「お前の顔色を窺うのは二度と御免だね」と、虐待とネグレクトを受けた恨みをこれからどうやって晴らしてやろうか、そんな感情がありました。

 

敢えて母を困らせていました。味わえ、私が受けた過去の傷を、何倍にもしてお前に返してやるからな?覚えてろよ?こんなふうに考えていました。

 

 

話が脱線しました。戻します。

 

なぜ二人とも、こんなことをしてくれたのでしょう?

 

答えは至ってシンプルです。

 

 

 

私を好きだったからです。愛していたからです。
何とか立ち直って欲しいと思ったからです。

 

 

愛しているから、好きだから、何とか立ち直って欲しいから、良かれと思って手助けをしたのです。

 

愛しているから、好きだから、何とか立ち直って欲しいが故に、支援の仕方を間違えてしまったのです。

 

 

これはタラレバです。

母が私の携帯代の尻拭いをしていなかったら?
真面目にバイトをするなり、援助交際を増やしたり、万引きした洋服を売ったりして、自分で払っていた「かも?」知れません。
 

或いは、携帯の使い方をもっと考えられるようになっていた「かも?」知れません。

 

 

夫が私の病院通いを力尽くで止めていたら?
私は風俗で働く日数を増やしたでしょうし、薬代を稼ぐためにもっとギャンブルにのめり込んでいた「かも?」知れません。

 

或いは、依存症にもっと早い段階で気付くことが出来た「かも?」知れません。
 

 

夫も母も、自分のやってきた事が
間違いだったと気付いた

 

 

時すでに遅し、とはこの事です。私に良かれと思ってやっていた事が、

 

実は「問題から逃げ、投げ出す癖」をつくり、「依存症を加速、悪化」させていたのです。

 

 

母は「このままじゃ静香に殺される!」と夫に言い残し、私が服役する前に姿を消しました。その結果、私は母の死に目には会えませんでした。

 

 

夫は私から散々嘘をつかれ、愛から恨みと憎しみに、感情が変化していました。

 

その恨みと憎しみが、私の受刑中に結果として「甘やかさない支援」へと繋がったのです。

 

 

親子でも、夫婦でも、カップルでも、友人でも、
犯してはならない境界線がある

 

 

自分を守るには、相手との間に境界線を引くことです。

 

相手の自立を望むなら、相手の問題に立ち入らない。これが境界線を引くことになります。

 

 

夫は自分を守るために、母は自分を守るために、私としっかり境界線を引きました。

 

 

私はいつもブログに書いています。

 

自分がしっかりしていないと、人を助けたり支えることは出来ないのです。

 

 

そのために、境界線は必ず必要です。

 

 

あなたの大切な人を何とか依存症から脱却させたい!更生させたいと思うなら、その大切な人としっかり境界線を引いてください。

 

 

境界線について分かりやすく書いている著書を紹介します。

 

 

共依存に悩む方、依存症や受刑者をご家族に持つ方には、ぜひ読んでいただきたい本です。

 

 

 

夫のあたたかさ

 

せっかく戸建てに住んでるんだから花火やりたい!!とずーっと言っていた私。

 

近所のビバホームへ一人で買い出しに行った夫が、「これ、売ってたから買ってきた」と無表情で渡してきたのは、花火でした。

 

よし!早速やろう!と言うことで、汗だくになり蚊に刺されながら、結婚して初花火を楽しみました。

 

私がらかした過去はこれからも決して消えませんが、二人仲良く花火をする程には、信頼関係も愛情も「ある程度」回復しています。

 

 

 

髪の毛がどんどん短くなります

 

私は超汗っかきで、髪の先まで汗でぐっしょりするほどです。夏場は出来るだけ髪を縛って過ごしたい!

 

これまではずっとそうだったのですが、セミロングやロングがあまり似合わないことが発覚。これは歳ですね。(笑)

 

と言うことで、これからは夏でもショートで過ごしたいと思います。何と言っても楽チン!

 

 

 

固定ツイートを変更しました

 

Twitterの固定ツイートに、私が碧の森を運営している理由と、目標を改めて書きました。

 

ぜひご一読いただければと思います。