路面電車南西の終点「函館どっく」駅で下車すると、すぐ弁天台場跡があります。
ここが弁天台場跡だったという案内板があります。
案内板の隣には「新選組最後の地」碑が建ってます。函館戦争時、この台場を新選組が守っており、新政府軍が総攻撃を開始し、函館市内を占領すると、新選組らは完全に孤立してしまった。新選組には、島田魁や尾関雅次郎など、全盛期だった頃からの隊士が数名おり、抗戦したようだが、明治2年5月15日五稜郭に先立って降伏。ちなみに新選組全盛期だった頃からの隊士であった蟻通勘吾が、ここで戦死したとされる。
ベイアリア沿いは、とにかく坂が多い。坂をちょっと登った所から、弁天台場跡を眺める…見てもわかるように台場だった面影は、何一つありません(^_^;)
坂を10分ぐらい登った所にある高龍寺。ここは、旧幕府軍の病舎にあてられた場所なのだそうです。しかし、乱入してきた新政府軍に、負傷者数十名が斬殺されるという悲劇も起こりました。
高龍寺のすぐ近くにある称名寺。ここは新選組の屯所だったお寺です。まさに新選組最後の屯所と言っていいのかもしれません。
称名寺の中には、土方歳三ら新選組の供養塔があります。水がかけられていて、見にくいかもしれませんが…土方歳三の文字が刻まれています(わかるでしょうか…?)。
ベイエリアには坂が多いと上記しましたが、その中で、もっとも有名な八幡坂から海を望む。ドラマやCMなんかでもよく使われる場所だそうです。この風景、見たことある人多いんじゃないでしょうか…!?
そして今回の函館史跡巡りラストの場所となったのが、今年の大河ドラマ「八重の桜」で、オダギリジョーが熱演している新島襄渡航の地。「新島襄海外渡航の地碑」が建ってます。
っということで…長期に渡ってお送りしました函館史跡巡りは、新島襄海外渡航の地碑をもって終結しました。函館市内の史跡は、余すところなく巡ったような気がしますが…江差や二股口などに行けなかったので、完全制覇したとは言い難いです(^_^;)。でも、また函館に行ける口実はできたかな!?w。
第9回で終結したいところですが、数字が中途半端なので、次回(第10回)で最終回にしたいと思います。次回は、総集編っぽくなりそうですが…w。
※書いている途中に、地震がきて、ちょっとビックリしました…眩暈のような揺れでした(^_^;)