いざなのことばと遊ぶ -10ページ目

いざなのことばと遊ぶ

要は僕の遊び場です

初めての方は【初見の方へ】という記事を見てくださると喜びます。僕が。


刻一刻と珈琲が美味しい季節になってまいりました吉田です。


吉田には趣味らしい趣味は無い。


「でもなにかひとつくらいあるでしょうよぉ!」と、まま言われるので「強いて言うなら」と前置きした上でこう言う。




珈琲ですかねぇ ←ドヤ顔





会話として趣味がコーヒーというのは即座に引かれる。わかっている。というか引かれた。否、引かれてきた!


建前「お洒落な趣味ですね~」
本音「気取るなカス」


誰しもが大概上記のような顔をする。無理もない。俺もする。

いくら引かれてもくじけない吉田は今日も珈琲を淹れる。



ここで突然『男一匹やもめ暮らしで引かれる趣味ランキング』を発表しておこう。



※吉田調べ


3位 『サボテンを愛でる』 

寂しくも地球に優しい男を演出するのにもってこいのアイテムとして人気が高い。しかし男は馬鹿なので「多分イケてる!」と思ってしまっている可哀想な生物なので、のべつまなく引かれる。
始めは演出の為だけの存在だったはずのサボテンに話しかけるようになっていたら危険信号!病んでます!心中を迫られる可能性有なので、死すら超越できるストロング女子だけが特攻(専門用語:ブッコミと読む)可能。


2位『アニメが好きすぎて「死んぢゃうよ!死んぢゃうよ!!萌え死んぢゃうよおおお!!!」とかいってる奴』

綾波レイ セイラ・マス メーテル 椎名まゆり 涼宮ハルヒ この辺をチョイスしてくる輩は素人なので問題にする必要はない。ビンタ一発食らわせて「正気になれッ!」の一言で貴女の虜間違いなし。引くまでもない。
問題は玄人だ(プロ)。
では、どこからが境界線かと言われれば難しいのだが「ワカメが走る度に心躍る」とか言い出したら即、心の窓を閉じましょう。次の瞬間「タラヲ氏ね」とか言い出します。そこまでプロ魂レベルが高いようなら防空壕まで退避するのが吉です。心技体の限りを尽くして引いてください。



こんなこと書きたかったわけじゃ全然無いのに自ら淹れた珈琲の魔力たるや恐ろしいものである。
5代目のミルでゴリゴリ挽いた豆を、無漂白フィルターに入れ、鼻の長いヤカンで灰汁が落ちないようポタポタ落とす。超美味しい!まるで魔法の飲み物!

俄然楽しくなってきたのでこのままランキングを全うする。


同率2位『お洒落(笑)男子』

これは、かなりのタチの悪さを誇る。そう雑誌smart等でストリートスナップを撮られてる彼等だ。
「俺ぇ、人と同じ格好とかしたくないんでぇ」とか、ぬかす奴らはみんな同じような格好しているというパラドックスが発生しているようだが彼らに聞いてもノーコメントの一点張りである。やはりここは女性視点でしっかりと引いてあげることが正気に戻す方法としてベターと思われる。が、しかし大概イカれた格好をした男はイカれた格好をした女とくっつくので人種が違うと諦めたほうが心身の健康を保てると思われる。

私自身の所見を述べさせてもらえば、引っ越しを手伝う際お洒落(嘲笑)男子は服が多すぎてめんどい。ダンボール8個とか・・・燃やしたくなる衝動に駆られるので友人に引っ越し手伝いをしてもらう予定のお洒落(爆笑)男子は気を付けろ!



そして堂々の1位は・・・・












『珈琲が趣味とかぬかすやつ』


豆にこだわる 挽き方にこだわる フィルターにこだわる 温度にこだわる 珈琲器具いっぱい持ってる 「俺、珈琲豆だけはケチらねぇ」とか言い出す お茶請けを吟味する 満足の珈琲が淹れられたらテンション上がって長文な駄文を撒き散らす お洒落な趣味っぽいところが妙に鼻につく でもモテない!!←切実

挙げたらキリがない!!そんな男に騙されちゃいかんぞ!女子諸君ッ!!











最高ですか?


最高です イェー











 




なんという無駄記事

ほげほげ。。



どうやら公衆の面前で裸で抱き合ってるけしからん輩達が居ると聞いて吉田プロデューサー率いる吉田キャメラマン吉田レポーター達の完全ノンフィクション番組『吉田の突撃ドキュン☆』が立ち上がった


大阪府某市で真昼から裸で肩を寄せ合っている公然猥褻野朗共をキャメラに収めることに成功した

ここから書き上げることは吉田レポーターが彼等に投げかけた質問とその問答を漏らさず書き起こしたものである




いざなのことばと遊ぶ




吉田「寒くないですか?」


裸A「ふ、愚問だね 僕等の愛が熱すぎて北極の氷が解けてきている事実を知らないのかい?」

裸B「その解けた氷の中に恐竜が居たら玉乗り仕込みたいね」


吉田「サムいです」


裸A「だから熱いって言ってるだろ?」

裸B「チャラヘッチャラさ!」


吉田「いや、だからサムいです」


裸A「解らん奴だな君は」

裸B「ほっときなコイツは僕等にTAKE嫉妬してるのさ」


吉田『話が進まん』

吉田「では質問を変えます 貴方達は何故この公衆の面前で裸で抱き合っているのですか?それが貴方達のプレイの本質なのですか?親の顔が見たいくらいキモいですよ?」


裸AB「ちょッ!おまッ!さらっと人格否定し過ぎじゃね!?」


吉田「失礼 何故そのようなキツいプレイを?(見させられてる方がの意)」


裸A「え~・・恥ずかしいなぁもぅ・・お前言えよぅ」

裸B「僕だってはじゅかしいよぅ」


※写真はこの時、はにかんだらしい様子を激写したもの



いざなのことばと遊ぶ

吉田『うふふふ、死んだらいいのになぁこいつ等』


裸A「・・・この人の笑顔から殺意を感じるんだけどマジで!拳とかワナワナしてるしさぁ!」

裸B「もういいだろ!帰ってくれ!これ以上僕等を見世物にしないd・・グハッ!ウグッ!!・・・や、やめt・・殴らn・・・・」




ここで取材班はテープ切れを起こしたと断固として主張している



『花に嵐のたとえもあるさ
  さよならだけが人生だ』

人生とは出会いと別れが全てである。僕はそう思っている。


様々な出合い方があり、

様々な別れ方がある。


人は皆それぞれの自分だけの道を歩いている。

出会いとは、それぞれの道がたまたま近づき寄り添っただけのこと。

別れとは、寄り添った道が離れていっただけのこと。

恋人であろうと友人であろうと夫婦であろうと同じ道は歩けないと、そう思っている。


で、あればこそ、他人という存在は今、自分が此処に居ることを再確認させてくれる鏡なのではないだろうか。

如何に自分が無知で、無力な存在なのか、如何に自分が頼り、頼られているのか、如何に自分の生きる意味になってくれているのか、それらを知らせてくれる大切な鏡なのではないだろうか。


センチメンタリズムと笑うだろうか?

それとも「寂しいことを言ってくれるな」と怒ってくれるだろうか?


どちらでも構わない。


笑ってくれるのも、怒ってくれるのも、他人あってこその現象。

コレを読んで少しでも反応を示してくれる人の為に書いている。他人が居なけりゃ此処ではなく日記帳にでも鉛筆で殴り書きしている。



話が逸れてしまった。


だからこそ出会いにも別れにも相応の敬意を払おう。

僕が言った『心を供養する』とはこういう意味だ。伝わるだろうか?言葉が下手糞で申し訳ない。

理由無き別れなど存在しない。

その理由には色濃く感情の影がこびりついている。その感情をキチンと処理せず、その事すら忘れてしまうと同じ愚を繰り返す。

それでは出会いも別れも浮かばれない。

だからしっかりと、幼かった自分も答えられなかった自分も供養してあげることが大切。


出会いと別れに価値を感じよう。出会いと別れに成長させて貰おう。

南無。



えらく散文的になってしまった。またまた申し訳ない。



   僕から君へ。














・追伸


宗教家じゃねぇかんなッ!!!