甲斐犬系統 巨摩狼系(2)巨摩狼~源太狼 | 甲斐犬と古墳の里 堺もず で暮らす

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たいていの情報が、あります。

巨摩狼、一狼、源一狼、源太狼

 

巨摩狼系 初期の血液固定

巨摩狼 昭和31年生

巨摩狼が、Y氏の許へ来たのは、3歳半

その前から、何回か交配して仔を取って

いる。そして 氏の許へ来てから, 11歳ま

で交配に応じてくれたとあるから、この間 

も 沢山の仔を取っているはず ???

 

2代目の「一狼」が、37年11月

という事は、たくさんの仔の中で、最も優秀で

巨摩狼に似た犬を、跡継ぎにした。 ???

系統を確立するには、本家の2代目を、決め

るには、たくさんの仔と時間が、必要なのかも

?????

 

3代目の「源一狼」は、44年7月生

約7年もかかっている。 ????

4代目の「源太狼」は、47年1月生

これも 2年半

 

 

基本的な考え (私の推測???)

たくさん生まれた仔の内 数年間、狩猟に使い、

狩猟性能の抜群のもの、巨摩狼に体型の近い

ものを、沢山の仔の中から、選択した、???

と、 推測します。

 

ある有名な方が、

姿だけの 保存なら 最短で 4~5代の近親

交配・作出が続けられることによって、固定化の

第一段階が一応終了 する。 ????

その期間は、少なくとも 5~6年である。と 

 

この話と比較しても

かなり の年月を、費やしている。

やはり 狩猟に秀でた 特性 を、保存・固定する

のは、 大変なのである。 ???

姿・狩猟性能を追い求めて、保存・固定化」した

のは、Y氏だけなのかも 知れない。 ???? 

 

 

2代目 一狼 号 の雄姿

柳沢琢朗執筆集 より 転用させてもらいました。

 

 

 

4代目 「源太狼」 の 血統書

これは、 柳沢琢朗執筆集 の中の 血統書を元に

作成したものです。

 

 

 

この血統書より

「2代目 一狼号」は、

”巨摩狼”の 親子配合で作出されている。

しかも 母親の”北風号”の母親”巨摩”は、

血統書には表示ないが、”智理”の孫である。

 

「3代目 源一狼号」は、

巨摩狼の極近親系の”一狼” と 他系統の交配

となっている。血液関係はない。 ?????

これは ????

 

「4代目 源太狼号」は、

”源一狼”号(一狼の仔) と

”一狼”の仔との 兄弟配合である。

しかも 母親は、一狼の親子配合でできた犬である。

 

源太狼 で 血統書が、ほぼ 巨摩狼系 一色になっ

ており、第一段階としては、完了か ???

 

 

以上は、初心者の・素人の 勝手な推測・感想です。

また 内容についての 間違いがある可能性が、

あります。 ?????

 

極近親交配の是非」については、色々考え方が、

あると思いますので、このシリーズの最後に、また

過去の有名な人の話を紹介したいと思います。

 

次回は、源五狼~万騎の七狼 です。万騎の七狼は、

Y氏の犬舎で見たことのある犬です。????

 

 

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