カンボジアへの学習支援活動
先月20日夫の七回忌法要をお願いした菩提寺の住職には、夫の葬儀はもちろん一周忌、今回の七回忌、と遠方からご足労頂きました。曹洞宗なので方丈様とお呼びしましょう。方丈様のお話しをゆっくり伺ったのは、斎場で夫のコツ拾いを待っている時でした。夫の納骨にもおいで頂けるか伺ったところ、「その時期は日本にいない」と言うのです。日本にいない? どちらにおでかけでしょう?十数年前からカンボジアに、ボランティアや教育支援活動に定期的に出かけているというのです。方丈様は、ポルポト政権が倒れた後まもなく、初めてカンボジアに行き衝撃を受けたのは、「子供たちが老人を見たことがないこと」、と。国の知識人など皆虐殺され、カンボジアの歴史・文化を伝える人がいないことが衝撃的だったと。この子供たちに教育の支援をしたいというのが始まりで続けているとのことでした。すでにたくさんの方が支援を受け、勉強して社会で活躍しているのだと。このお話しを聞き、当時法科大学院生だった二男が、次回カンボジアへ一緒に連れて行って頂きたいと言い出したのです。方丈様は「是非、私にできることならなんなりと」と。夫の告別式の後、斎場で待っているこのタイミングでカンボジアのお話しを初めて伺い、あらたな交流の始まりと感じました。それを「夫は亡くなってもなお私たちのためにはたらいてくれている」そう感じ、なんてすごい人だろう、私はそんなことを思いました。二男は司法試験合格発表の直前、お坊様仲間数人とカンボジアに同行させて頂き、シェムリアップ州への支援金授受のセレモニーに立ち会わせて頂くなど、貴重な体験をたくさんさせて頂いたと言っています。海外旅行が初めてだった息子の土産話は、アンコール遺跡など観光もあり、現地の印象は、平均的に小柄な方が多い、老人がいない、子供(幼児)が手作りアクセサリーを売りに来るなど、人々の生活ぶりが見えるようだったと。自分も働き始めたら支援に参加させて頂きたいと言っていました。今年その息子も弁護士になり4年目になったわけで、その後カンボジアにどんな変化があったでしょうか。私が2年ほど前見たテレビドキュメント番組のポルポト本人がインタビューで、「なぜ国がそんなことになったのか私にもわからない」というのでした。安倍首相の「モリカケ私は指示をしていない」、日大アメフト監督の「違反タックルは私の指示ではない」と同じでしょうか?子どもが教育を受ける権利を、社会の大人みんなで守らなければならない。それは、国ごとでは足りない、そう感じます。子どもは社会の宝です。私も責任ある大人としてできることをやりましょう。