先日の保活のブログ記事で、
娘が以前、
一緒に実家に帰省した時に、
私と母が話していた父との思い出話を、
「クズ過ぎる」
と言って涙ぐんだ出来事を書いたのだけど。
私と母にとってはごくごく普通の、
個人を偲ぶ父の思い出話のつもりでした。
だから、娘から、
「皆んなの語るおじいちゃん(私の父)のエピソードがクズ過ぎる」
と、
帰省を終えて帰る車の中で、
悲しそうにポツリと言われた時に、
私はとても慌ててしまいました。
私と母が娘の前で話していたのは、
父の所業の中でも当たり障りのない、
確かにその当時は大変だったけれど、
今では笑って話せる程度の、
どちらかと言えば、
無難なエピソードばかりのつもりだったため、
それでも娘からしたら、
とても酷い話ばかりだったのだと、
全然気付かず、
改めて自分の感覚が、
その生育歴により、
歪んでいるのだと感じたのですが。
悲しんでいる娘を放っておくことも、
父(娘にとってはおじいちゃん)に対する娘の気持ちを、
歪ませてしまうこともしたくなかったので。
「でも、お母さんも、おじいちゃん(私の父)に、
酷いことをしてしまったんだよ」
と、
私は自分が父にしてしまった酷いことを告白することで、
父だけが悪い訳じゃないということを娘に伝えようと、
自分が父に対して悔いている話を娘に伝えました。
「あなた(娘)が保育園の時にね、
あなたを喜ばすために、
おじいちゃんとおばあちゃんの家で、
クリスマスのお祝いをすることになったの。
今まで1度もクリスマスなんて祝ったことのなかったおじいちゃんが、
あなたを喜ばすためにクリスマスのケーキを買ってきてくれたんだけど、
それはおじいちゃんの勤務先の近くのケーキ屋さんで売っていた、
あんまり何の飾りもないチョコバタークリームケーキで、
お母さんの周りの人は皆んな予約して、
豪華なクリスマスケーキを買っていたから、
おじいちゃんがクリスマスケーキを買ってきた時に、
"えっ、これなの?"って言ってしまったの」
このことは、
本当に私が父に対して、
心から悔いていることでした。
この頃の私は、
母子家庭だからと哀れまれることを、
とても嫌っていました。
だからクリスマスケーキといった、
自分でも用意出来るものは、
両親が揃っている家庭と、
同じかそれ以上のものを買ってあげようと、
見栄をはっていたのです。
だから父が、
勤務先の近くのケーキ屋さんに行って、
「孫(私の娘)がチョコが好きだから、
チョコがいっぱいのケーキをくれ」
とお願いして買ってきたと、
得意気に話している気持ちを、
汲んであげることが出来ませんでした。
私がイメージしていたチョコレートケーキは、
生チョコクリームで出来たもので、
無かったからです。
また、予約もせずに普通に買えたことが、
「人気のケーキじゃない」
と、
その当時、見栄とプライドでいっぱいだった、
私の心を刺激しました。
そして、私は、
自分からケーキを買ってきたことなど、
人生でおそらく初めてだった父に対して、
「こんなケーキなの?」
と、
喜ぶどころかガッカリしてしまったのです。
私が子供の頃、
父はクリスマスを馬鹿にしていました。
「仏教徒のくせに何がクリスマスだ」
と馬鹿にして笑っていました。
だから私は、
小学生になって自分のお小遣いがもらえるようになると、
皆んなと同じようにクリスマスにケーキが食べたくて、
自分のお小遣いから小さなケーキを買ったりしました。
(家があまり裕福では無かったので、
25日になってケーキが半額で売られていると、
見つけた母が買ってきてくれたりしました)
そんな父が、孫が喜ぶ顔が見たいと、
人生で初めて買ってきたクリスマスケーキでした。
「本当におじいちゃんには悪いことをしてしまった」
そう話す私に、
娘は私の予想と違う反応を示してくれました。
「それは違うんじゃない?
本当ならお母さん達が子供の時に、
買ってきたクリスマスケーキを見て言うことを、
おじいちゃんはお母さん達が子供の頃にしなかったから、
おじいちゃんは子供がどんなケーキを欲しがってるか分からずに、
大人になってから言われただけなんだよ」
娘のこの考え方は、
私の頭の中には無いものでした。
まず、前提として、
子供の頃に父親におかずを取られていた私が、
父にクリスマスケーキを買ってもらうことなど、
考えたことも無かったからです。
「あぁ、私は子供の頃に言えなかったワガママを、
大人になってようやく父にぶつけられたのだ」
そう思ったら、
心の中がすっと軽くなって、
父に対してずっと申し訳なく思っていた気持ちが、
救われたような気がしました。
そして、そんな父が。
孫がチョコが好きだと知ってくれていたこと、
ケーキを買ってきてやると自分から言ってくれたことに、
改めて感謝する気持ちが湧いてきました。
ありがとう。
おそらく発達障害であっただろう、
他人の心を全く想像出来ない父の、
精いっぱいの心遣い。
この父がいたからこそ、
私はASD(自閉症スペクトラム)でありながら、
人の顔色を伺う(人の気持ちを推察する)人間に、
なったのだと思います。
その性質は、
私が今、社会で生きていく上で、
とても役に立っています。
人生に起こることには、
こんなに悔やんでいることや、
悲しく辛かった出来事にでさえ、
見方を変えれば、
なんらかの意味があるのだと、
娘と話しながら、
改めて感じることが出来たのでした^^