なぜ純ジャパの中二の僕の生徒さんが英検一級の長文読解で満点だったか(全体で9割超)?

 

最大の理由は文法理解のスピーキング。母語と同じ。京大の青谷先生の本にもあるように、スピーキングは読みを下支え。それで始めて直読直解(本来のreading)が可能に。それ抜きだと読解(decoding)の遅い読みへ。一石二鳥。

 

その子には、ライティングは殆ど扱わず。2分間のスピーチをやれば、書いてもスムーズに書ける。つまり、スピーキングはライティングも下支えしている。で、一石三鳥。で今回の英検での書くも合格ラインを突破。

 

話せれば聞けるので、スピーキングはリスニングも下支え。やはり合格ラインを突破してた。何と、スピーキングは一石四鳥。

 

北米の然るべき日本語教育も、まさにこの一石四鳥の効率的手法で行なっていた。グラマー理解の上でのスピーキングをベースにリスニングや読み書きを積み上げる手法。他のスキルがお互いを予習・復習が出来るようになっている。この繰り返しが効率的習得の極意なわけです。文法・読み中心の手法の日本語プログラムより読みそのものもかなり上を行ってた。

中二の純ジャパの女の子ですが、今回英検一級を受験しております。

 

一次の発表が本日ありました。見事合格💮💮💮でした。

 

全スキル合格ラインを超えてました。リーディングは9割の正解率で、長文読解は満点でした!

 

英語命では勉強しておりません。週にせいぜい5〜7時間です。

 

ポイント:理解と繰り返し

 

1.グラマー理解のスピーキング(スピーチも1つ)
2.読み聞きは過去問のみ(問題が足りないのでTOEFLを援用)
3.ボキャビル

 

英検やTOEFL iBTは時事問題を考えたり、アカデミックな小教養が付くので良いですね。

実質1技能で教えている予備校の先生方(表面的にコミュ英語や書くを扱う場合も同様)、実質1技能で学んでいる生徒さんが、4技能の外部試験を導入されるのことが不安なのはもちろんだと思います。

 

野党の議員さんたちも、マスコミもそろそろ英語教育に関して、海外並みにアップデートしないと。感覚が、通信速度で言えば基本1Gのまま。他の国々は4Gにとっくの昔に移行しているのに。

 

『学習指導要領』は、他の国々がそうであるように4技能の習得レベルを上げることが目標ではありませんか?これが学校の英語教育の目的です。表面的にコミュ英語や書くを扱って、実質、文法・読みを中心に教育することではないわけです。

 

生徒たちの非常に偏った低い英語力から目を逸らさないで、そろそろしっかり向き合ってあげて欲しいです。

 

まじめに四技能の学習している生徒たちにあの非常に偏った英語力を低くする入試を押し付け続けるわけにはいかないと思います。非常に不公平です。

 

それと、英語教育の内容の差で、アジアの生徒たちと非常に英語力の差があります。この不公平をどうするか、、、そういった肝心な事に触れないで、反対のための反対ばかりするから、世間の英語教育に対する不信が大きいのだと思います。

 

英語教育の本で、議論でなぜ具合的なカリキュラムデザイン、実際のティーチングスキル、評価法がベースにならないのだろうか?日本だけの特異な現象だと思います。英語教育に関しては、日本は抽象論が圧勝ですね。

 

僕の友人なんかは、塾で英語教育が文法・読解中心から変わることを延々と待っている。コテコテの文法・読解法でないと進学塾は潰れます。なので、今でもこのタイプの塾の圧勝です。

 

文科省が変えようとすると、いつも高校と大学が潰しにかかるパターンは同じです。

このまま、彼は定年が来て引退ですかね。残酷物語ですね。

 

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3792762.html?fbclid=IwAR3PU8ye_xl_p-1zZJfN_TO9Ct0DH8DHFGgBI_sUtE4hdPTRGh8UoEcQrDw

 

僕は、情報収集でtwitterでよく「英語教育」で検索することがあります。生徒、元生徒、保護者たちからの英語教育に対する悪口が非常に多いです。

 

他の教科でトライしたことはありますが、これは英語教科だけの特徴で、掲示板では昔からある現象でした。文科省は毎年膨大な数の高三生の英語の4スキルのテストをしていますが、CEFRの初級中の下であるA1のまま。生徒・保護者の不満は仕方ないと思います。

 

で、今はその「英語教育」で検索すると英語の先生方の書き込みが非常に多くなっています。大学入試の英語の4技能化への反対の大合唱です。T大のA先生が本を出されたり、積極的に新聞その他で発言されたりで、その中でもオピニオンリーダー的存在。

 

以下、僕の勘違い部分があったらご指摘願います。統計的な数値の部分は具体的なエビデンスを必ず示していただきたいです。「HPにあった」とか「(ソースを明示していない)本に書いたあった」「自分の経験ではそうだ」では、エビデンスにならないですね。

 

日本の多くの英語教育本では、やはり生徒の英語力はCEFRのA1レベルを作り上げるしかないようになっていますね。

 

その理由は、このタイプの本の主張の中心に「英語は日本人には要らない」(もしくはそれに近い表現)というのがあるからです。つまり、英語の一部しかカバーしないわけなので。A先生の本にも日本人の「9割に要らない」とか出てきます。英語は要らないので、文法読み中心で良いんだ、もしくはA先生の場合は文法読み中心+リスニングで良いんだ、という主張につながっていると思います。

 

英語は日本語母語者には膨大に時間がかかる。A先生も、レファレンスとしてあげている他の本にもそう書いてある、とおっしゃっている。その「他の本」には、2400~2760時間のクラス時間が必要と書いてあったりします(サイトでも検索すれば同じか似たような統計が出てきます)。時間がかかる。よって、学校では文法+読解中心でよくて(A先生の場合はプラスリスニング)、それ以上は生徒の将来の必要性に応じて自分でやりなさい、ということ。

 

しかし僕がアメリカの院時代に教授からもらったことのあるコピーでは、FSIの統計では最難外国語の2400~2760時間の部分は超上級のことなんですね。0~5の6段階(CEFRのようにそれぞれキチンとレベル別の定義があります)あって、0が初級で1が中級、2が上級です。3~5が超上級。中級(かなり高いレベルです)だと普通レベルの履修者で480のクラス時間で到達できるわけです(そもそも、海外の英語教育ではやれてて、どうして日本だけ出来ないのか、、、海外で英語は必要ないという英語の先生がいたら、目が点になるでしょうね)。

 

今の高三生の英語力は初級の下という悲惨な結果ですが、単純に教育が一部の英語に偏っているから、入試も非常に偏っていて正に英語力が上がらないような鉄壁のシステムが出来ています。学習指導要領との著しいズレで、不公平、不公正極まりないテストを生徒に課すとこうなってしまう、当然の帰結だと思います。

 

「1目的ー>2その達成のためのカリキュラムー>3その評価」は言語教育のカリキュラムデザインのイロハでしょう。2と3で著しいズレがある。日本の英語教育現場が混乱し続けるのは当然です。

 

ともかく、中級レベル習得で480時間です。中学生にはもっと時間がかかるとは思いますが、それでも桁違いの時間はかかるはずはないと思います。

 

これから分かることは、日本の学校での英語の履修時間は膨大だということです。時間が足りないから、「コミュニケーション英語」のクラスの英文読解のクラス化、「英語表現」のクラスの文法のクラス化させる必要はサラサラないわけです。

 

「英語」という名前のプログラムなら、中学で4スキルをカバーし、高校でも4スキルをカバー、大学でも4スキルをカバー。右肩上がりで英語力は伸びます。ここにEnglish for Specific Purposes、つまり受験英語的な「特殊目的の英語」を持ってこられると、英語力はかなり落ちて行きます。単純に、英語の多くをカバーしないので。真面目に英語の4スキルの教育をやっている先生からすると、受験年で受験勉強させたら英語力は下がる他ないので、非常に苦しい状況です。

 

高三生の英語力は初級の下で、これ以下のレベルはないですから立派な「英語難民」です。で、入試の4技能化をめぐっては、南スーダン化して内戦のような感じですね。今の段階で反対すればするだけ混乱。そしていつも犠牲者は難民の生徒です。

 

大学の入試の4技能化に反対なら、言葉だけでなく実際のカリキュラム、クラス活動を示しながら、議論しないと保護者、生徒には分からないですね。保護者や生徒の意見を聞くべきだし、聞けるようにして欲しいです。主人公はあくまでも生徒です。で、今回の4技能の外部試験反対ならキチンと「具体的」な対案も示してほしいです。

言語教育は2つ

 

Fact vs Act

 

1. 前者はグラマー(英語について学ぶ)
2. 後者は英語を使う

 

ジョーデンメソッドはこの2種類のクラスのみで、運営しています。

読みのセッションは後者のタイプ。読みの内容について、英語で議論する。訳させることはゼロです。英語の「読み」で、実際に訳す経験をすることはまあないからです。

 

英語教授法もFactとActの2つ

 

1. 応用言語学の知見から学ぶ(Fact)
2. カリキュラムデザイン、実際のティーチングスキル、テスト制作を習得(Act)

 

1.はあくまでも2.を助けるもの。当然、主は2.です。

日本だけの特異な現象だと思いますが、英語教育に関しては抽象論が多くて、2.の具体的議論が少なくて、本当に残念です。

 

文化も2つ

 

1. Fact文化
2. Act文化

 

1. は美文化、技術文化、知識文化等
2. 言語を支えている文化 a language in cultureですね。cultureが英語に生を吹き込む。この行動文化というか言語文化というか、抜きで言語は成り立たないわけです。

中一の教科書。日本語と英語を簡単にパラレルに。これで良いかですね。

 

簡単にカバーするとミスリーディングになりやすいです。特に英語学習の最初の段階の場合、それがインプットされると延々と引きずる、ということなのでコンテクスト無しの日本語と英語のパラレル法は実はかなり不都合なことが。

 

ですので、僕は将来コンテクストベースのコミュニカティブなメソッド(ジョーデンメソッドが正にそれです)やりたいです。テキストブックを書いたのもそのためです。

 

Hello/Hi.は「こんにちは」とは限りません。「おはよう」「こんばんは」もです(Good afternoon.やGood evening.はよりフォーマルな状況)。(2)「やあ!」にも、(3)電話に出たときの「もしもし」にもなります。(4)身内や同居相手にも使えるところも日本語の「こんにちは」とは違う点です。

 

How are you?と「お元気ですか」はかなり使い方が違います。「お元気ですか?」はよく会っている間柄では使えませんが、“How are you?”は毎日顔を合わせていても使えます。

 

“How are you?”は、実際の相手の調子を聞いている場合は少なく、“Hi!”に続けて使うあまりに習慣化したあいさつ表現です。

 

Good night.は「おやすみなさい」とは限らないです。nightは外の暗い時間帯のことで、eveningも含みます(eveningは日が暮れてから寝るまでの時間帯)。「良い夜をね」という意味もあるので、夕方帰って行く同僚に使える表現です。むしろこっちの使い方の方が「おやすみなさい」より多いのでは。

英語は、今の中学一年でカバーしている文法アイテムが小学校5、6年に降りる感じになります。

 

と言うことは、今現在中学2年でカバーしているアイテムは中学1年でカバーすることになりますよね。

 

指導要領には文法項目は明示されてはいませんが、導入の文法アイテムは大体決まってますね。それをベースに検定教科書が作られ、英検の各級の範囲が決められる感じ。

 

その新中一の英語の文法項目は法助動詞(句)から名詞、副詞節まで幅が広くて凄いです。「使えれば」相当英語でコミュニケーションが出来ます。

 

第4文型も5文型もここで出てくる。比較、準動詞3つ全部出てくる。色々な疑問文のバラエティーもここでカバー。

 

おそらく、英語教育では中学一年が一番重要になりそう。

 

追記:

英検は分詞、関節疑問文などは3級、つまり3年次に導入してありますね。

コミュニティー内の犯罪についての質問に対して:

 

英語的ロジック:We don't have much crime in our community. (結論的で直接的)

「私たちのコミュニティーにはそんなに犯罪はありません」

 

日本語的ロジック:Our community is pretty close-knit, so we help each other. 

(説明的・婉曲表現的)

 

僕は海外生活が長いのですが、日本語母語者が日本語の論理の上に英語を乗っける癖が抜けず、ミスコミュニケーションが起こるところを散々見てきました。

 

グラマーの概念は、当然この面の言語ルール、言語文化も含まれまるんですが、、、。さすがCEFRは当然そう行った重要な言語面もカバーしてます。CEFRを使うのなら、学習指導要領の方向性もそっちに行かなければ、CEFRとの整合性がガタガタになると思いますけどね。

 

他の例:

 

英:This is very good. - I'm glad you like it.

日:「お料理お上手ですねェ」「いえいえ、Aさん程では。まあ、何もございませんがどうぞ」

 

平等を建前とする社会では、比較の表現は避ける方が無難。また、日本語の「何もございませんが」は、実際にはかなりのご馳走が出てくることすらある。

 

日本語では「~時頃に会いましょう」とか、「あれ5つほどください」といったふうに曖昧にすることで丁寧な響きを添えることが可能。英語ではこの場合でのこう言った曖昧さは避ける方が無難。

 

「5時にここで会おうよ」 Let's meet here at 5:00.

「あれ5つください」 Can I have five of those?

日本語の固有名詞で、母音が重なると、英語母語者は子音を付け加えますね。

Aoki が Awoki

 

野茂英雄の場合は女の子の名前に変わる。

 

つまり、Hideo が Hideyo へ。ドジャースのチームメートにHideyoと呼ばれるのも変なので、、、なんて呼ばれてたんだろう。

 

僕はKodaiで母音が2つ重なっているけど、大丈夫だった。iはかなり弱いが。

ラ行が名前に入っている日本人は苦労してるはず。/r/が難関です。日本語のラ行の子音は英語母語者の耳にはなんと聞こえるか?

 

/r/でも/l/でもありません。

 

英語母語者には、Naokoさんはネヨーコ、Naomiさんになるとネヨーミーと発音されますね。ここまで変えられてしまうと、呼ばれる方はお気の毒。

 

Naは「ナ」にならないですね。aの後ろにyが入ってyoになる。で、後ろから2番目のシラブルにストレスが来るというルールがあるので、yoが長く、強く、高く発音され、その前のnaのaの発音が逆に弱音 /ə/に。後ろのストレスのあるシラブルを目立たせるためです。で/nə/がネに聞こえる。

 

という事は、英語母語者が日本語を学習する時、日本語の発音・イントネーションに一貫してこだわりを持って練習しないと、彼らの日本語がネヨーミーやナヨーミの類になってしまうという事です。abominable Japaneseと呼ばれてる。

 

日本語母語者が英語学習をする場合も同様です。

 

英語の発音は最初が肝心ですね。中学1年時。一旦、日本語に引っ張られた英語発音になったらその矯正が並大抵ではなくなってしまいます。

 

発音が悪いと喋る方もですが、リスニングにもかなり支障をきたしますからね。そうするとコミュ英語の扱いがどんどん難しくなる、という悪循環。

「安倍首相と話をすると総理は微笑んでいる」(トランプ大統領)

 

英会話における“日本人的スマイル”の不自然さがよく指摘されますが、多くの日本の英語学習者同様安倍首相にもこの問題がありそうですね。

 

日本的な“愛想笑い”(まじめな話しの内容であっても、話し相手に対して友好性をアピールするために笑みを浮かべ続けたり笑ったりしながら会話する場合も含む)や“付き合い笑い”、返事に困ったり何か失敗したりした時の“照れ隠し笑い”は、英会話では相手に悪く誤解されることがあるので注意が必要です。

 

英会話では、笑う時は声を押し殺して笑うことは比較的少なく、顔を背けて笑うことも、手で口を覆って笑うこともあまりありません。

 

日本語社会では、感情をあらわにすることがよくないとされているため、こういった“まぎらわす”タイプの笑いが一般に受け入れられやすくなっていると考えられますが、英会話における“日本人的スマイル”は、「どうしてこんな状況で日本人は笑っているのか」と外国人がいぶかるケースも少なからず出てきますので、気を付けます。