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デニムの国から

このブログを読んでくれた すべての皆様に幸福が訪れますように・・・
たくさんの波乱万丈な半生をコミカルに 小説仕立てでお届けします・・・
同じような経験をした方に勇気と元気を与えられたら幸いです・・・
Wishing your happiness and prosperity!

学生時代に一世を風靡した「スチュワーデス物語」

どんくさい チアキ を演じた 堀ちえみのおかげで

JALの人気は急上昇していただろう・・・


高校生の頃 同級生のお母さんから ドラマに出ていた

山咲千里に 雰囲気が似ている・・・・と言われていたのを

思い出し、就活の際  フライトアテンダントの道も

チャレンジしてみた


大学の先輩でJALの国際線スチュワーデスになった

人がいると 就職課で聞き、

ず~ず~しくも 直接 ご本人に電話をかけて

一度 お話を聞かせてほしいと お願いをした・・・


学校の近くの喫茶店で待ち合わせて

初対面にも関わらず 色々教えてくれた・・・

小柄で それほど 煌びやかな印象は受けなかったが

試験に合格するまでには 並大抵ならぬ

努力をしていたことが わかった


毎週のように 香川県から京都まで スチュワーデスの

養成学校に通って 試験に合格するノウハウを

修得したらしい・・・


定期的に発行する スチュワーデス雑誌も

くまなく チェックして 情報を入手したり・・・と

かなり お金と労力を費やしてしか得られないものかと

現実を知った気がする


何でもすぐに実行したい 私は 早速 雑誌を購入し

京都にある 養成学校の説明会に 一人で参加してみた・・・


昔から一人で どこでも行けるタイプだったため

都会へ行くことに 抵抗はなかったが、

行ってみて 驚いた・・・


同じ世代のはずが・・・・やっぱり都会の女子は

格別違った・・・・

身なりから スタイルから 立ち振る舞いから

すべてが 大人だった・・・・


教官みたいな男性から 話を聞き、

毎回の レッスン内容を聞いて・・・・


なりたい気持ちが 冷めていった・・・

集まっている人たちの 様相をみて

自分には 向いてないと 察知したし、もし 運よく

スチュワーデスになれたとしても、出費の多さに

付いていけないことを 瞬時に悟った・・・


その時 私が着て行った服は 赤いタートルネックの

セーターに紺のブレーザーの パンツスタイルで

バイト代で買った バーバリーのカバンと 私にとっては

かなり頑張った コーディネイトだったが

見事に 田舎臭かった・・・



                        つづく

学校の校歌を 覚えている人が どれだけ

いるだろう・・・


高校球児なら ともかく 意外と記憶に残っていない

はずである・・・


たった2年間の寮生活では あったものの

あの時の 寮歌は 今でも口ずさめるほど 残っている


なぜなら・・・

毎晩のように 部屋の前に整列をして 点呼を取る際

無理やり 歌っていた あのフレーズが忘れられない


 「 緑に生える キャンパスに

   清き乙女が 集い来て

   語りつきない 夢 望み

   あぁ 我らの 紫苑寮    」


3番まであったが、とっさに言えるのは1番だけだった


それでも 寮のイベントやら 学校行事に

お揃いの Tシャツを着て 当時の流行の曲で

踊ったり、寮歌を 歌ったり


今から考えると 恥ずかしさで 日汗がでるほどの

活動を 余儀なくされて・・・


いつしか 善通寺という地に 魅了され


今では かけがえのない 思い出の地として

こころに 刻まれた・・


もう あの頃に戻ることはできないが

時間を フィードバックできるなら あの場所と

あの頃の仲間が 集う 紫苑寮に もう一度

戻って やり直したいことが たくさん ある・・・


受験の失敗により、大きな挫折を経験した

19歳は これまでに得たことも無い 友情の絆を

私に 与えてくれた


人生 無駄なことは 何一つ ない 

と先人たちが言うように たくさんのことを学んだ

2年間であった


   心から ありがとう と 今なら言える


                      つづく


紫苑寮に後輩がどっさり 入ってきて・・・

たった 一年違いでも 先輩面ができるのは悪くない・・


一応 同じ短大に入ってきた 学科の後輩が

3人いて  結構 せんぱ~いと 懐いてくれた・・


どうも 私は女子には受けがいい・・

持って生まれた 男前的性格が 功を奏したのか

女子寮は 私にとって かなりマッチしている環境だった


女子高育ち?って聞かれるほど 男子との縁が薄いが

先輩から後輩まで 女子からは もてた気がする


そんな中 可愛い3人組の 後輩 マリと ナミ と クミが

いた・・・ 3人とも 寮で仲良くなった間柄であるが

見た目の可愛さと 反比例して かなり過酷な生い立ちを

経験していた・・・


マリの両親は二人とも 耳が聞こえない

一人っ子であったが、そんな障害を抱えた夫婦に生まれた

なんとも 純粋で 可愛らしい子だった


マリは卒業後 確か カナダに留学をし、向こうで結婚をし

今も カナダで生活をしているような ことを 聞いた気がする


クミは 幼い頃 両親が離婚をしている。。

今は お医者さんと結婚をし、3人の男の子のママである。

毎年 来る年賀状には 立派なマイホームに ガーデニング

された 幸せいっぱいの写真が届く


ナミは 3人の中で一番 気を遣い 人を笑わせるタイプだが

確か 一番 悲惨な家庭環境だった気がする・・・


そんな暗い 悲しい過去を微塵にも感じさせない 

かわいい後輩に ものすごく 情が湧いたのを覚えている


私の通っていた 四国学院大学・短期大学は 

クリスチャン系でもあり、社会福祉学科が主体であったため、

これまでの 辛い過去も すべて受け入れて 流してくれる

そんな 空気がいっぱい つまった 大学だった・・・


あの 3人にまた会いたくなった 今日この頃である


                          つづく