父親の仕事関係を通じて 憧れの地 大阪での
OL生活が 実現しようとしていた・・・
どの時期だったか 忘れてしまったが、短大を
卒業するまでに 一人暮らしをする部屋も見ながら
大阪へと向かった・・・
一度はあきらめていた都会での生活・・・
一体どんなことが起きるのか まったく想像もできず
とにかく 人の流れの速さに 驚いた・・・
メーカー自体の本社ではなく、その販売会社の本社へ
面接がてら向かった・・・
当時の社長・専務ともに 父親の働く造船業と
関わりがあったようで、あぁ どうもどうも・・・と
私の雇用がメインというよりは、父との再会に
盛り上がる・・・・そんな ひとときで終わった
帰りがけ、社員の女性が 定時の5時と共に
帰って行くのを目の当たりにした。
会社内で一番 派手な格好をしていた人だったが
その人を 見た瞬間 さすが大阪人は違う・・・と
田舎地味た 芋姉ちゃんの自分が 恥ずかしかった
道中 父親と話した会話など まったく
覚えていないし、話したかも定かでないが・・・
娘を 都会へ出す 父親の気持ちは 一体全体
自分がすすめた話ではあるが 微妙だったと思う。
何しろ そこでのOL生活は 憧れからは
ほど 遠い 紆余曲折が連続した 4年間だったからである。
しかし、これも 人生の筋書き通りだったと
するならば・・・ かなり鍛えられた気がする・・・
もし、小学校のバレーボールで あれほどキツイ
練習をしていなかったら・・・
小学校時代の いじめや 嫌がらせを経験していなかったら
また 善通寺で培った 心の親友がいなかったら
大阪での生活はできなかったと しみじみ思う
やはり、筋書き通りの道を歩んできたかもしれない
夢と希望が 無残に散っていくことを その時の
私は まだ知る余地もなかった
つづく