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デニムの国から

このブログを読んでくれた すべての皆様に幸福が訪れますように・・・
たくさんの波乱万丈な半生をコミカルに 小説仕立てでお届けします・・・
同じような経験をした方に勇気と元気を与えられたら幸いです・・・
Wishing your happiness and prosperity!

私の眉毛は かなり太くてしっかりとして りりしい

男なら よかったものの・・・

高校生の頃には このしっかりすぎる眉毛を

体育の先生に よくちゃかされたほどである・・・


今の中・高校生のように 学生時代には

眉毛をいじることをしなかった

くせ毛を 親に内緒でストレートパーマしに

行ったことはあったが、眉毛まで整えるほど

オシャレに気を配ってはいなかった・・・


大学時代には行きつけの化粧品屋さんが

あったものの・・・これもまた 眉毛をカットされる

ようなことはなかった・・・


それが、大阪に来て 激変した・・・


またもや 同期のハッチーに指摘を受けた・・・


「そのゲジゲジ眉毛どうにかしたほうがいい」っと・・・


彼女は全く悪気もなく、恐らく田舎臭い私を

どうにかして 都会風にしてあげたかったのかもしれない


確かに そのおかげで あか抜けることが出来たから

有難いことであるが、その時の私には 毎日が

挫折とショックと 都会と田舎のギャップを感じずには

いられなかった・・・


その後 眉毛をカットする方法を聞いて 実際に

剃刀や小さいハサミで 整えるのが 日課となった・・・


それ以来 眉毛を手入れせずにはいられなくなったが

いま 娘の眉毛を見て思うことがある・・・


確かにわたしの血を引いて しっかりとした立派な

眉毛である・・・

しかし、それはそれで 愛嬌として わざわざ

剃刀を入れる必要なんて ないんではないか・・・・と


大阪ライフは 私を外見上 綺麗にする技を

磨くことはできたが、その分 自分自身の良さを

すべて封印し、繕った美しさを身につけただけだった

かもしれない・・・・   と今 思う


                         つづく

都会での生活でびっくりしたのが、友達同士の

待ち合わせ場所には かならず喫茶店が使われること

だった・・・・


貧乏生活をしている私には この喫茶店での

コーヒー代でさえ もったいないと 当初 抵抗があった


それでも 慣れていくと実に 絶好の場であった・・・

携帯電話が普及していなかった時代ゆえ

待ち時間をコーヒーと 雑誌・書籍で過ごせるのは

実に有効的な手段であった


ある時 同期のハッチーが友達を誘って

待ち合わせの喫茶店へ連れてきた・・・


びっくりするほど オシャレで プラダのバックに

ブランドの洋服・・・ 雑誌に出てきそうなヘヤースタイルで

これが本当に 同い年かと思う程の 女の子だった


その子からしたら 精一杯 努力した私の格好も

どれだけ 田舎臭く ダサかっただろう・・・


入社当初 ハッチーに会社の帰りがけに

きつ~い 一言を言われたことがある・・・

当時 長いフレアーのスカートを履いていた私に

江坂の駅前で 「ね~ 見てみ~ 誰も ロングスカート

なんか 履いてい~ひんやろ~・・・・

その格好は止めた方が ええで~・・・」


そんな類の言葉だったと思う・・・

それ以来 部屋にあった ロングスカートは封印され

できるだけ パンツスタイルなどの 格好を努めて

買うようにした


ジーパンに至っては 「そんな ピチピチのって

誰もはかんで~ ダボダボなのを履く方が 絶対に

オシャレやって~ 」・・・と


見事に私の服装をダメだししてくれた


こんなのは序の口だった・・・


彼女の友人は 喫茶店で待ち合わせた後 

それ以上の きっつ~い指摘を 存分に浴びせて

くれたのである


そんなこんなバッシングのおかげで 喫茶店は

その後の私にとって 人間ウォッチングの場として、

雑誌からの情報源として 学びの場となったのである




                       つづく

大都会での生活は 孤独との戦いだった・・・


会社では 不気味な社長のご子息 通称「ボン」と

向かい合わせで 毎日 数字をみて計算をするという

なんとも 覇気のない 地味で暗いOLライフだった


おまけに 家に帰ってからも 古いアパートで

怪しい住民たちに囲まれて 家にいても

地味で 謙虚な生活をしていた


同僚のハッチーやアンコは元より、男性軍も

ちゃっかり彼女がいるようで・・・・

プライベートが充実していないのは

私だけであった


それでも大都会をあこがれて来た為

簡単には故郷に戻れない・・・・と自分に言い聞かせて

歯を食いしばって 頑張った


その当時 携帯電話やインターネットも普及しては

いなかったことが 功を奏して

一人の時間を 読書や 大学時代の友人あての

手紙を書くことに 没頭した


もともと 国語が苦手であった 私だが

この時ほど 本を読むことが 心の支えになったことは

言うまでもない


特に PHPの小さな薄い冊子は 簡単に読めるし

自分への応援として 愛読した・・・

小説モノや エッセイなど 孤独を癒す手段として

大いに利用した


この孤独な時間との戦いは、手紙を書くという

習慣が身に付き、文章を書くことへの興味と関心を

培うことができたわけで・・・


孤独が人間を創り、人間性を高めることを

実感として経験した・・・

ある時 あまりに沈んだ気持ちで 帰宅したとき

同僚だった こずえちゃんから 小包が届いた


中をあけてみると、手作りのクッキーと

PHPが2冊ほど 入っていた・・・・


涙を流しながら クッキーを一気に食べ

もらった本を読みながら 厚い友情に感動した


レーズンが入った とってもおいしいクッキーだった


後で聞いたら こずえちゃんはさほど記憶にない

くらい 普通にプレゼントしただけだったらしいが

その時の私には 救世主が現れたかのように

嬉しかった


                     つづく