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デニムの国から

このブログを読んでくれた すべての皆様に幸福が訪れますように・・・
たくさんの波乱万丈な半生をコミカルに 小説仕立てでお届けします・・・
同じような経験をした方に勇気と元気を与えられたら幸いです・・・
Wishing your happiness and prosperity!

楽しかったスキー旅行から一転し、戻って

来た早朝 恐ろしい揺れを感じた・・・・


寝ていた身体が 左右に激しく動いた・・


何が起こったか一瞬 判らなかったが

その後 テレビで状況を見て 度肝を抜いた


私たちの旅行が一日ズレていたら・・・・

今頃 どうなっていただろう・・・・


帰って来るのが数時間遅かったら

震災に巻き込まれていたかもしれない・・・


人の運とは 紙一重である・・・

強運であったことに感謝したい・・・


一緒に旅行をしたメンバーすべてが

無事だったし、とりわけ親兄弟が犠牲に

合うこともなかった・・・


あの惨事を機会に 会社へも出社できない

人たちもいて・・・・

神戸にあった事業所は 書類や 壊れた

残骸で 悲惨だったらしい


色んな人が 震災後 恐怖から外に

出られなったらしいし、悲しみのあまり

生きる希望も失った人も少なくない・・・・・


そんな中 無事に生活できたことを

改めて 嬉しく思い、尊いことだと思える


毎日大き目のカバンに 一人暮らしの

貴重品(通帳や印鑑など)を 一式入れて

持ち歩いていた


上司に笑われたが 万が一 家に戻れない

ことがあったら 元も子もないと

オバタリアン根性で 毎日必死だった


その後 劇的な復興を遂げた神戸の街

ではあるが、あの時 失ったものの尊さを

忘れないでおきたい・・・


大阪生活は 色んな意味で心がタフに

なる要素が めいっぱい詰まっていた


                   つづく

メーカーに出勤するようになり、そこで

集うメンバーと一緒に 初めてスキー旅行を

体験することになった・・・


田舎でもやったことはなく、唯一高校の

修学旅行で 志賀高原へ行ったくらいで

あった


まずはスキーウエアを購入・・・

これほど 高くつく趣味なのか・・・と

貧乏OLとしては 懐が乏しいのを 少し

悔やんだ・・・


毎年 海外にまで スキー旅行にでかける

同じ部署の ツルタさんなんか どんだけ

リッチなんだろう・・・・と

メーカー本社の正社員を 羨ましく思った


車を何代かで分け、長距離ドライブをした


その時一緒だった ミポリンと 運転手は

のちに この旅行を機に 結婚するわけで

まんざら こうゆう類の集まりに参加するのも

決して悪くはない・・・


大学時代にサークル活動でワイワイ

盛り上がるようなことをしなかった分

実に楽しい旅行だった・・・・


色んなタイプの男性がいて・・・

どうこうなるわけでもなかったが、一緒に

遊びに行くことの醍醐味を始めて経験できた


帰ってきたのが ちょうど1995年1月17日の

夜中だったと思う・・・


その後 恐ろしいことが起こるとは

思いもよらなかった


                     つづく

大学時代に 暇を持て余しているのを見て

母親が車の免許を取るように勧めた・・・


一発で免許を取得できたものの・・・

車を乗る機会がまったくなかった


その上 大阪での運転程 恐ろしいものは

ない・・・・


あちこちから車が飛び出してくるわ・・

車線はいっぱいあるわ・・・

ペーパードライバーには危険な場所だった


にも関わらず、メーカー本社が所有している

社有車を借りて 運転したことがあった・・・


無謀なことをしなければ いいものの

やってしまったのである。

道中問題はなかった・・・目的地にたどり着き

無事に 駐車場まで帰ってきた矢先


バックをする際 後ろにあったガードレールに

ぶつけてしまったのである


もちろん 被害者等いるわけではないし、

自分が怪我をしたわけではない。

しかし、車は凹み 心の傷と 反省の念が

残った・・・・


普段はやさしい 事業部長も呆れ顔でいた

気がする・・・


まったくもって ジャジャ馬気質を見抜かれた

ようで 気まずい・・・そんな体験だった



                    つづく