〈冬の章〉
正男、咲子がコタツに入っている。
コタツ部分にスポットライトが点灯。
正男・咲子が酒を酌み交わしている。
正男、お猪口の酒をグイッと呑んで、
正男 「あ~、うんめぇ~。寒い日にはよぉ~、熱燗が一番だなぁ~。咲子、おめぇも呑め呑め!」
正男、咲子のお猪口に徳利を傾ける。
咲子 「ちょっちょっちょっと!そんなに注いだら溢れちまうよ!」
咲子、波々と注がれたお猪口をゆっくり零さないように口元へ持っていきグイッと一気に呑み干して、
咲子 「あ~、あったまるわねぇ~。こう寒いと私まで呑兵衛になっちまいそうだよ」
正男 「なあ咲子。茂さんが初めて俺のうちに来てくれてよぉ、一緒に酒を呑んだ日もこんな寒い日だったよなぁ・・・」
咲子 「そうだったわねぇ・・・。あんたが茂さんにお酌をする時、緊張し過ぎて手がブルブル震えるのを見て、茂さんが大笑いしたのよねぇ」
正男 「ああ、そうだったなぁ。だってよぉ、それまでは笑顔どころか、いつも俺を睨みつけながら説教ばっかりでよぉ・・・。初めてしげさんの所に入って挨拶しながら名刺を渡した時なんか、『おれぁ、おめぇみてぇな奴が一番きれぇなんだよ!!』って怒鳴られて、目の前で名刺をゴミ箱に捨てられちまってよぉ。俺ぁ~訳がわかんなくってなぁ、頭にきてそのまま帰って来たっぺ!!」
咲子 「そうそう。あんたは会社に戻って来るなりコップの酒を一気に呑んで。『あんなクソジジイの材木なんか誰が買ってやるもんか!!』って悔しそうに項垂れながらヤケ酒飲んで酔い潰れて、その日は仕事しないでそのまま寝込んでしまったのよねぇ・・・」
正男 「そうだったなぁ・・・」
咲子 「でもあんたは、次の日もまた次の日も、懲りずに茂さんの所に頭を下げに通い続けたのよねぇ」
正男 「そりゃそうだっぺ!なんか負けたくなくってよぉ。それに口は悪いが茂さんの材木を見る目は半端じゃなくってよぉ。本当に質の良いモンしか売り物にしてなかったから、どうしても茂さんとこの材木で家を建てたかったんだぁ」
咲子 「ふふっ。そしたら、いつの間にか一番の酒呑み友達になってたのよねぇ・・・。懐かしいわぁ・・・」
正男 「ああ・・・。懐かしいなぁ。そんでも、仲良くなってからも酒が入るとしょっちゅう怒鳴られてたべ。『おめぇの仕事は手先だけでやってっから・・・』とか何とか言ってよぉ」
咲子 「あんたは茂さんから気に入られてたのよ。最初に挨拶に行った時はきっと、あんたは茂さんから試されたのよ」
正男 「そうだったかもしんねぇなぁ・・・。仕事して金を稼ぐって事がどんなに大変な事かってことを、おれぁ茂さんから学んだようなもんだぁ」
咲子 「その通りよ。いくら大工の腕が良くってもそれだけじゃ会社の看板背負っていける程、世の中甘くないって事を教えてあげたかったのよ、きっと」
正男 「そうだな。もし茂さんが居なかったら、震災で潰れる前に前田建設はとうに潰れちまってただろうなぁ・・・」
咲子 「・・・そうねぇ・・・。確かに、茂さんの存在は大きかったわねぇ。でも人生に、もしもって事はないんだから・・・。今はこれから先の事を真剣に考えないといけないんじゃない?」
正男 「まぁな。いい加減、今のままじゃあよぉ、明るい未来は夢で終わっちまうよなぁ・・・。おれぁよぉ、ガキの頃から大工に憧れてて高校にも行かないでよぉ、十六才の時から大工の道に入ったんだもんなぁ・・・。このまんま終わる訳にゃあいかねぇ」
咲子 「(嬉しそうに)そうよ!!あんたは大工職人の腕が残ってんだから!!」
正男 「(少し微笑んで)ああ・・・」
正男、お猪口の酒を一気に呑み干す。
正男 「プハー!ところでよぉ、茂さんといえば広志と仁美ちゃん、最近どうしてんだろうなぁ?」
咲子 「そうよね。私も気になってたんだけど、広志くんも退院してる筈だし、考えたくないけれどもし容態が悪化してたとしても、仁美ちゃんのことだから連絡してくる筈だものねぇ・・・」
正男 「そうだよなぁ・・・」