その日は嫌な天気だった。朝からぐずついた空に、光化学スモッグが出ている。俺は重い足取りで、待ち合わせのその店に行った。
―― キャトルセゾン ――
落ち着いた感じのバーだった。
「いらっしゃいませ」
グラスを拭いていた、幾分老けた感じのバーテンは、少し笑みを作ってみせた。
奴の行き付けの店にしてはおよそ場違いなようであったが、こんな気分のときはこんな雰囲気があうのかもしれない。
客は、俺以外には誰もいなかった。
「スコッチをロックで…」
俺はそう、バーテンに告げると、奥の、窓の外が最もよく見える場所に席をとった。
「かしこまりました」
──18:12・・・。
奴はまだ来ない。
全く、自分から指定しておいて遅れるとは・・・。いつだって待たされるのは俺なんだ。
・・・しかし、あいつもしゃれたトコあるな・・・。
不思議な気分だった。いつもなら待ちくたびれていらいらしてるのに、今日は随分と落ち着いている。退屈なのは同じだが・・・。
一つには、この店の雰囲気であろう。
もう一つは、今まで慌しかったバンド内が『解散』という言葉であっけなく片付いてしまったせいである。
いつのまにか運ばれてきていたスコッチを、一口ぐいとあおると俺は煙草に火をつけた。
立ちのぼる紫煙は奴の”音”を思わせた。がっちりした筋金入りのようでいて、時折、風に揺らめく花のように柔軟性がある。
ふと、思い立ったようにサイドにあるメニューをパラパラのめくる。
──18:38・・・。
雨が、降り出したようだった。
ドアのきしむ音がした。
カップルが二組。再びメニューに視線を落とす。
「何かご注文はございますか?」
アルバイトらしいウェイターが間を見計らってくる。
「連れが・・・もう少ししたら来ると思う・・・。その時に・・・」
何だか妙な違和感が付きまとう。奴は本当にやって来るんだろうか・・・。
追い討ちをかけるように雨が音をたてて降る。この店に1人取り残されるような気分に、雨はさせた。
──19:00・・・。
ドアが再び開く。今度は若い男が三人だった。
静かだった店内がにぎやかになっていく。笑いがおこればおこるほど、俺の周りは闇に閉ざされていくようだった。
こんな不安は未だかつて味わったことがなかった。──・・・不安・・・?そんなものは俺には縁のないものだ・・・。
しかし、今日の俺はどうかしている。言いようのない気持ちに無意識にこぶしを握り締めた。
──19:40・・・。
俺がいい加減腰を上げようかと思った時、三度目のドアが開き、勢いよく奴が飛び込んできた。
「悪ィ!道が混んでて・・・!」
・・・奴らしい・・・と俺は思った。が、内心はホッとした気分だった。
待っていてよかった。そう思うとひとりでに顔がほころんだ。
そんな俺を見て奴は言った。
「・・・ミック・・・どうしたんだ?お前らしくないな・・・」
さぞかしバーテンも驚いたことだろう。一人の男の為に気をもんで、あたふたと一人で百面相をして・・・。
くすくすと俺は笑った。
「・・・ミック?」
「何でもないさ。今日の俺はすこぶる機嫌がいいって事だ」
俺は不思議そうに(もとい、不気味そうに、の方があうと思うが)見つめている奴に言った。
「・・・まぁ、そこに座んな、ジョージ・・・」
終
この作品は、「Dokken」というバンドが解散する時に依頼されて書いた物です。
