続・羅生門 | なんちゃって作家の青息吐息

 下人は走った。暗闇の中をあてどもなく…。見えない怪物から逃げるように、一目散に走った。やがて、羅生門が見えなくなると、立ち止まり、肩を上下にせわしなく動かした。そして、何の気なしに後ろを振り返った。

 追ってくる者はない。当然であろう。その時の状況を知っているのは、下人と老婆の二人だけであるし、その老婆もかなり年をくっている。とても、若い彼に追いつけるはずがない。

 下人は滅茶苦茶に走ってきたので、ついには自分が今どこにいるのかすら、分からなくなってしまっていた。

 しばらく行った所を右に曲がると、見覚えのある景色が目を突いた。この路には、今まで仕えていた主人の家がある。しかし、そこへ行ってもどうしようもないのだ。下人は西寺へ向かった。とりあえずは、そこを塒にしようというわけである。

 西寺は荒れ果てて廃寺となっていた。下人は足音を忍ばせて中へ入った。誰も来ないから安心するのではなく、誰も来ないから用心するのである。どんな悪党共がいるか分からない。しかし、そこには狸が一匹いただけであった。下人はごろりと横になると目を閉じた。少しうとうととした頃、ふと、外で妙な物音がした。はっとして身を起こしたが、それきりどうという事もない。再び横になった。

 外では風が出ているようだった。しばらくして、また物音がした。下人はそれを風のせいにしてじっとしていたが、その内がりがりと壁を引っ掻くような音が聞こえてくると、うるさくて仕方がないといった体で立ち上がった。

 その時である。壁を引っ掻くような音と共に、老婆の声が聞こえてきたのである。その時はただ呻くだけだったが、下人は、

「着物を返せ、盗っ人め」

 と解釈した。

「おのれ、執拗い婆め」

 下人はそう言って抜刀すると、外へ飛び出した。が、しかし、外には先程の狸がいただけであった。狸は下人の姿に驚いて逃げていった。

 下人は呆気にとられて、暫時そこから動けなかった。そして、ほくそ笑みながら中へ戻った。




*



 東の空が白々と明けてきた。引剥ぎをした下人の上にも太陽が昇り、雀がさえずった。

 下人は、にきびを右の手で気にしながら外へ出た。

 あいにくと、顔を洗う場所がなかった。下人は石段の上に座りながら、朝飯をどう調達するか悩んでいた。老婆から奪った着物はところどころ汚れていて、簡単には売れそうにない。下人はそれを近頃都にできた古着屋で売ることにした。買わぬなら無理にでも買わそうと、どうしてもだめなら、また盗みをすればいい、と甘い考えでいたのである。

 老婆の着物は予想通りあまりいい値にはならなかったが、下人の腹を満たすには十分だった。

 下人は、あまり活気のない一件の蕎麦屋へ入った。店の中には、ガラの悪い連中がでかい声を張り上げながら、朝っぱらから酒を飲んでいた。

 下人はそれをちらと横目で見やりながら奥に座り、蕎麦を頼んだ。

「なあ、世の中みんな銭よのう」

「銭さえあれば、何も怖いことはないて」

 男達はすっかり泥酔してしまっていて、何を言っているのかほとんど分からなかったが、ぽつりとはっきりそんなことを言った。それは下人の心をときめかせた。

 男達は、戸口のところに座っている。下人はすばやく金目になりそうなものを目で探した。しかし、そんなものはほとんどなく、下人を失望させた。仕方なく、金だけを取ることにする。

 下女が蕎麦を持ってきた。下人はそれを無造作に腹に詰め込むと、金を払い、戸口へと歩いていった。そして、傍らに置いてあった布袋をひっつかむと、わき目もふらず店を飛び出した。

「あっ、こやつ」

 男達の誰かが叫ぶのが聞こえた。手には、ずっしりと金の入った布袋がある。

「待て、待たぬか」

「おのれ、たたき斬ってくれようぞ」

 下人はやっと賑わい出した京の街中を、するりするりと巧みに人をかわしながら走っていく。

 突如、前にいた市女笠をかぶった二人の男が抜刀した。そして、気合と共に斬りこんできた。下人は、あっと叫び目を閉じた。

「ぐわぁっ!」

「血迷うな、そやつが盗人だぞよ。何を…うぁ!」

 振り返ると、今まで追ってきていた男達が、道に重なるようにして倒れていた。

「何を世迷い事を…」

 その時下人は、ははあ、こやつら俺が盗人に追われてると思うたのだな、と思い、市女笠の男達に礼を言った。

「いやいや、たいした事ではない。それよりも、うぬに用をことづかっておる。…歩きながら話そうではないか」

 市女笠の男は周囲を見回して言った。成る程、彼らの周りは興味本位で集まってきた人々が大勢いた。検非違使庁の役人も気づいて来たらしい。

 彼らは、逃げるようにしてその場を離れた。役人に見つかると何かと面倒なのだ。

 やがて鴻臚館前に来ると、市女笠の男はこう言った。

「さて、うぬはここで死ぬ運にあるのだが、誰かに言伝などないか」

 下人ははっとした。ここまで来てやっと気づいたのである。この二人があの男達を斬ったのは、単に金を取るのに邪魔だったからなのだ。そして、下人を油断させておいて…。

 下人は、金を懐へ納めると抜刀した。相手は二人。勝てる確率はほとんどない。が、ここでむざむざと負けることはできないのだ。

 市女笠の二人も抜刀し、じりじりと下人のスキをうかがっている。

 しかし、斬りあいをするには下人は若すぎたのである。時間が一分一秒進むたびに、焦りが体中を駆け巡るのだ。

 下人はとうとう、自分から斬りかかった。その瞬間、下人は胴をずばっと抜かれ、もんどりうって倒れた。

「たあいもない奴」

 男は下人の懐を探り、布袋を出そうとした。下人はその男の腕をつかみ、呻いた。

「な…何故…」

「えい、うるさい奴め。騙されるうぬが悪いのだぞよ」

 男は下人の腕をはらい、金の重さを手で楽しんだ。

「世の中を生きてゆくためには、いちいちと、きれいごとなぞ言ってはおられぬのだ」

 男がそう言った時、下人の心臓は既にこと切れていた。


 

                   終




高校時代、授業で書いたものです。

ペタしてね