伊藤ニコラス -13ページ目

みんな他人からの目線ってどれくらい気にしてるの?



僕はいままで、「他人の目線なんて気にせずに自分の好きな事やろうぜ!」みたいな事を人に言ったり、自分自身もそうしようと思っていました。

もちろん今でもその考えをもっています。他人からの目線ばっか気にして、アクションを起こさなかったりするのはもったいなさすぎるし、ばかばかしい。

ただ、「じゃあ、本当に他人からの目線を気にしないで今までやってきた?」となると話は別になるわけです。他人の目線を気にせずにやっていける人もいますが、実際、僕自身、なんだかったいって他人からの目線を気にして行動してしまってる場合が多いな、と過去を振り返ってみると認めざるを得ません。

僕が大学に進学しようと思ったのは、高校で学んだ物理が面白くてこれを大学でもっとやってみたい!と思ったからです。これは本当です。ただ僕が受験をした大学は、明治、理科大、早稲田の三つで世間から、いわゆる「良い大学」とされているところ。。。

ここです。

もし僕が本当にただ、大学で物理を勉強したいだけなら、ネットを駆使して物理学科に、面白いと評判の教授がいるような所を探したり、最低、実験が出来ない事を除けば、物理の勉強なんて地元の図書館で本を読みあさったり、iTunesU でWalter Lewin(MIT教授)の授業をみれば出来るわけです。

それでも僕は世間的に「良い大学」とされているところ”のみ”を受験しました。

せっかく受験するなら高いところを目標にする。みたいなのはありましたが、これらの大学を受験した理由として、他人からの目線をきにしていた、というのも含まれていた事は認めます。これら三つのどこかに受かれば、「よかったね」「すごいね」と周りの人が言ってくれるからです。なにより、他人から失望される事なんて、まずないです。それに比べて、どんなに物理の授業が面白くても、あまり有名ではない大学に進んだ場合、ここ受かりました!といっても「そこどこ?」みたいな顔をされたり、褒められる回数も減るかもしれない。そして僕は前者の方を選んだのです。他人からの目線を気にして。

やっぱり他人からの目線って気にしちゃうもんです。(少なくとも僕は)



ただ、そこでどうやって他人の目線を気にしてしまう自分と向き合っていくかが僕は重要だと思います。他人からの目線は気にしちゃう、そんなちっぽけな自分がいる事を認めた上で、行動する事の重要性があると思います。それに空気を読みすぎたり、他人からの目線を気にしすぎるみたいな事は無駄なエネルギーの消費だし、他人からの目線に左右されて決断してしまったことってあんまり後味のいいものではないです。

僕が受験を終え、自分は今まであれだけ、他人の目線なんて気にする必要はない!とかいってたにも関わらず、他人の目線を気にしまくっていた自分に気付き、ちょっとした自己嫌悪に陥っていた時に僕は(大好きな)為末さんのこの言葉と出会いました。

「人からの評価や目線に実はすごくこだわっている、と言う自分を客観的にみること。(中略)自分の小ささを認めるには強さがいる。勇気がいる。でも、その『小さい自分』を隠して大きな自分だと偽ってきても、やっぱりその中にいるのは小さい自分でしかない。そして小さい自分を認める事が出来ない限り、『人から失望されるのではないか』という恐れのハードルは決して越える事はできないのだと思う。」


おおお!と読みながら声を上げてしまったのを今でも覚えてます(笑)

この言葉は僕がブログをやろうと思ったきっかけにもなっています。僕はブログをずっと始めたかったにも関わらず、始めずにいました。ブログで文章力の無さを露呈して、「あいつ文章力ゼロだなww」みたいなことを思われたりするのが恥ずかしかったし、正直怖かったからです。
ただ、あの為末さんの言葉を読んだ今となっては、なんかそういう事どうでもいいやー、とか思えてきたんです。確かに自分は文章力はないけど、別に大丈夫。みんな読んでもすぐ忘れるっしょー!くらい


みんなもこういうこと少しは経験した事あると思います。
過去の自分の照らし合わせてみて、自分の弱さを認めた上で、少しずつでいいから他人の目線を気にする機会を減らしていきましょ





ついでにこの本!為末ラバーじゃなくても楽しめると思います
ちなみに為末さんのTwitterは @daijapan (これもかなりオススメ!)

走りながら考える/為末 大

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