伊藤ニコラス
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依存と拘束


依存と拘束は常に共存します。


 一番身近な例は携帯電話だと思っています。町を散歩していても、電車に乗っていえても、みんな携帯を見ています。暇つぶしのtwitterとか、道に迷ったときのGoogleマップのようにたくさんの機能を兼ね備えた、スマホは確かに超便利です。ほとんどの人がもう携帯無しでは、生活的にも、精神的にも生きて行けません。でもこれだけ依存しているってことは、その分拘束も受けるってことなんです。

 携帯をなくしてしまったり、充電が切れたりすると、私たちの行動は一気に制限されます。こういった際に拘束の力学が働くのです。依存している人は「携帯」というスーパーマシーンが突然なくなると、思考停止しちゃいます。携帯の充電が切れている中で道に迷ったら、「人に聞こう!」より、「ソフトバンクショップ見つけなきゃ!」と先に考える人はたくさんいます。「人に聞く」っていう安易な方法があるにも関わらず、携帯救出が第一になってしまっているのです。

 携帯がなくなっただけで、無意識の内に自分の行動を制限しています。自分の思考が拘束を受けているのです。
 


 恋愛でいうとこれはいわゆる“重い”人達にあてはまります。こういう人達は相手のことが好きであればある程、相手に依存していくからです。

 好きだから、自分以外の異性と遊んでほしくない、みたいな相手をコントロールしようとする欲求は、パートナーへの依存故に自らが拘束されている例です。「あなたのためを思って、、、」みたいな、わけのわからない極めて自己中心的な考えで自分が嫌なことを相手にやらせない。それでもうまくいかないと、暴走する嫉妬心を抑えきれずに噴火しちゃう。

 パートナーに依存しすぎてしまって、結局自分が相手から精神的に拘束を受けてしまっているのです。相手を拘束すること(そんなつもりない、っていうかもしれませんが)が最終的に自分自身の拘束に繋がるなんて、皮肉すぎる。。

 
 ではではー