いとです。

 

 

 

自分のことを書いています。

 

今日は『私のこと①~母と母』の続きを。

 

 

 

産みの母がなくなって、父はほどなく再婚し

新しい母が来てくれました。

 

といっても、3〜4歳だった私は待ったく覚えてません。

 

 

だから、私はこの継母がずっと本当の母だと思っていました。

 

『本当の母』ってそもそもなんなの?って話なのですが。

 

 

 

それでも小学生ぐらいになってくると、いろいろ気になることが出てきて。

 

 

例えば…

 

母子手帳の母親の欄に知らない人の名前が書いてある。

 

我が家には当然のようにある仏壇が、友達の家にはない。

 

そして、この仏壇の中の女の人は誰?

 

などなど。


 

その、小さい点が一気につながって事実を悟った出来事がありました。

 

ちょっと遠い親戚のお家に行った時があって

そこのおばさんと、なぜか2人で買い物に行ったんです。

 

その時に

「あなた大変だったわねえ、小さい時に…」

というようなことを言われたのです。

 

 

私、その言葉を聞いて、歩いている自分の手と足がスローモーションになってる感覚がしました。

 

あ、あぁ、あーあー。そ、そうよね、やっぱりそうだったのよね。。。

 

って。

 

 

それから、しばらくは母の顔をまともに見れなかったなあ。

 

 

 

 

もし、あなたがそんな状況に置かれたらどうしますか?

 

その後に家族に確かめますか?

 

母親に「お母さんは私を生んだお母さんじゃないの?」って聞きますか?

 

 

 

私はできませんでした。

 

そのことは、誰にも相談出来ずずっと一人で抱え込んでました。

 

 

 

 

我が家の中では触れてはいけない過去だったんです。

 

絶対的なタブーだったんです。

 

 

 

普通に毎日は楽しく過ごしてましたよ。

 

学校行って、友達と遊んで、勉強もして。

 

 

でも家の中には

 

家族のみんな知っているけど話しちゃいけないことがあって。

 

それが心の底のどす黒いブラックホールとなっていくようでした。

 

 

これは、時間の経過と共に消えてなくなるわけではなく。

 

大人になればなるほど、そのブラックホールは私の体の中に鉛のようにぐいぐい入り込んで、だれがどうやっても取り出すことができない鉛のようなシコリとなっていきました。

 

 

 

と、今振り返るとそうだったなと思えますが。

 

当時はそんな感覚すらわからなかった。

 

 

それが当たり前だと思っていた。

 

だって、ほかの家庭を知らないから。

 

 

 

私、結婚する時に夫の実家に遊びにいく様になって、

“夫婦喧嘩”というものを初めて見たんです。

 

それで、ああ仲のいい家族なんだなあ、ってしみじみ思ったんですよね。

 

なにせ、我が家には夫婦の会話がなかったし、家族の会話も少ない方だったので。

 

余計な事しゃべって地雷ふんじゃったらたいへんでしょ。

 

 

 

そんな家庭で育ちました。

 

 

次回は2人の母のことを書こうと思います。