昨日は昆布屋さんが
大阪に多い理由を
江戸時代まで遡って
書き連ねましたが、、、


日本には大阪だけでなく
他にも昆布の消費量が多い地域があります。



それは、
富山などの北陸
それから
沖縄
なんです!


これも実は北前船の影響。

函館を出た北前船は日本海側を通り
北陸に立ち寄っていました。

それから下関までいき、
瀬戸内海を通って
大阪まで来ていました。




琉球王国つまり沖縄はその頃
薩摩藩の支配下にあり、
薩摩藩は琉球を通じて
中国と貿易をして、
唐物を江戸や東北に
売ることで財源をなんとか
作っていました。


中国では当時
甲状腺障害が流行していて
昆布は大変貴重な薬とされていました。


なので、薩摩藩は昆布を
たくさんゲットし、
中国とさらに
取引したい考えました。


そこで目をつけたのが、
富山藩でした。


富山は地形上
稲作に向いておらず、
代わりに売薬が盛んでした。


富山藩は藩外の各地に
売薬人出張所的なものをつくり
全国に行商に出ていました。


当時、他藩の商人の出入りを
禁止していた薩摩藩ですが、
富山に入る昆布を見返りに
富山藩の売薬を許可しました。


このような流れで昆布が
富山から薩摩、琉球、中国へ渡るとゆう
商流「昆布ロード」ができました。



この昆布貿易が最終
薩摩の蓄えとなり
その財源で武器をたくさん持った薩摩は
明治維新を起こしたんです!!




昆布貿易が明治維新を起こした!

とゆうと大袈裟ですが
そんな裏話もあるんですよ〜w