三者面談の為、午後の日差しが突き刺さる中、娘の中学校に行ってきました。
サウナのような蒸し暑さにクラクラしながら自転車で移動。
遅めのランチをとり、一旦体を冷やしてから学校に向かいました。
15分ほどの三者面談でしたが、担任の先生からみた娘の姿は、親である私からみた姿と相違なく。
太陽魚、月蟹と、「太陽」と「月」が同じエレメントってこういうことなんだな、と話を聞きながら思っていました。
「公の場」で表れがちな太陽と「プライベート」で表れがちな月。
もちろん必ずしもそうなるわけでもなく。
仕事をしていて「月」の性質が出ることもありますし、家では「太陽」の性質が全く無視されるということでもないのですが、例えば私の場合は太陽が風のエレメントの水瓶で、月は水のエレメントの蟹とその性質が一致しないせいか、ある程度大人になるまでは、「自分の中の二面性」みたいなものをすごく感じていました。
「こうした方がいい」と頭では理解していても、気持ちがそこについてこなかったり。
ただそれは、特別なことではなく。
太陽と月が同じエレメントでないことは、むしろめずらしくないことなので、多くの人が私のような感覚を持っているようにも思います。
ですが娘に対して、上記のような感覚があるのかを尋ねてみると。
「よくわからない」「そんなこと考えたこともない」といった言葉が返ってきました。
ただ、娘がもつ素直さというか、自分の気持ちを臆することなく人に伝えることができる部分は、太陽と月がいずれも水のエレメントであることと関係しているようにも思います。
三者面談にて。
長距離走が決して得意ではなかった娘があえてそこをがんばることで、今では「得意なこと」になったことに対して、それはすごいことだし、「がんばることができる力」を持っていると思っていることを、先生の前で伝えました。
その時、娘は横でただそれを聞いていたのですが、帰宅した後。
「あの言葉は嬉しかった、聞いてて泣きそうになった。」と口にしました。
思春期であり、反抗期真っ最中の娘が、親に対して上記のようなことを言えること自体、私にしてみればすごいなと思うのです。
もちろんこれは、太陽と月が同じ水のエレメントであるだけではなく、蟹の月には乙女の火星がセクスタイルになっているからこそ、自分の気持ちをストレートに表現できるともいえます。
そもそも太陽はその人にとってのプライドでもありますので、自分がカッコ悪いと思うようなことはやろうとしませんので、娘にとって気持ちをそのまま口にすることは抵抗がないことなんだと思います。
そして素直な分、喜怒哀楽がそのまま表に出やすく、さらに月は気持ちの上げ下げが大きい蟹サインなので、笑ってたかと思えば怒ったりと、良くも悪くも感情豊かな性質が表れます。
これを同じく月蟹の自分に当てはめてみると、やっぱり喜怒哀楽をそのまま表に出すことについて、相手や場所を選んだ方がいいと考えてしまいますし、それは人に対して一定の壁を作ることにもつながっているようにも思います。
太陽と月のエレメントがおなじってこんなかんじなんだ、と娘を通して理解が進むようにも感じます。
ちなみに私の太陽と月は150度のクインカンクスですが、夫は180度のオポジションです。
ホロスコープにて「太陽は夫」「月は妻」ともよめますが、私にとっての夫はなんかちょっと引っ掛かるような存在ともいえますし、夫にとっての私は自分とおなじくらいの光の強さで対面する存在ともいえます。
関係性がすんなりいかないのは、シナストリーで見た場合だけでなく、お互いのホロスコープにも表れています。
ですが、太陽と月のトラインをもつ娘のホロスコープをみていると、私たち夫婦2人がうまくやるための役割みたいなものを娘は持って生まれてきたかのようにも感じます。
ついこの間、娘についてこんな記事も書きました。
月の安心欲求を太陽を使って実現させることは、自分の生き方に対する満足度を上げることにもつながりますが、私たち夫婦が娘から学べることは大きいのかもしれません。