しはらく書いていなかったプログレスの月の記事。


夫が娘の幼い頃の動画をテレビで見ていて、ニコニコしていました。


最近は年齢的なこともあり、父親に対してあたりの強い態度が増えてきている娘。


そんな娘の「愛くるしい時期」の動画。


「癒されたくて見てる」そうです。



その頃の動画、私の声のトーンがだいぶ違います。

やっぱり幼い娘に話しかける喋り方。



そんな動画を一緒に見ていたら、この時期を振り返ってみたくなり、放置していた「プログレスの月」について書いてみようと思います。


とはいっても順番ではなく、今回は「5ハウス」のプログレスの月について。

※「8ハウス」「9ハウス」「10ハウス」についてすでに書いています。



娘の出産前。

産休に入るちょうど1ヶ月くらい前、プログレスの月が5ハウスに入りました。


出産の為の産休ではもちろんあるんですが、とにかくもうすぐ休める!それも長期的に。


という自由を満喫したい気持ちが強かった頃ですね。


ほんとにしんどかったつわりの時期を過ぎ、胎動も感じるようになり、むしろ心身ともに安定していた時期だったので、もうすぐやってくる久々の長期休暇に「あれしたい」「これしたい」と、一足早く気持ちは産休に向かっていた頃でした。


実際産休に入ってからは、友人や過去の職場の知人など、いろんな人と会って一緒に食事をしたり。



仕事をお休みし、我が子を迎えるまでの今思えば「ほんのひと時」


5ハウスは金星が「ジョイ」となります。

人生の楽しみや喜びを表すハウスです。


仕事から久々に解放され、出産前のひとときの「自由」を楽しむ時間は、5ハウスのプログレスの月っぽさを感じます。


翌日の起きる時間とか、気にしなくていいわけですよ。

朝食はもともとそれぞれが自由に、という夫婦なので、むしろ夜更かししちゃったりするんです。


お腹が大きくなってきて、寝苦しいというのもありましたが、「一晩かけて漫画や小説を一気読み」なんてできちゃったりもします。


翌日のことを考えないで楽しめる。

これ、仕事してたり娘がいる今、すごく贅沢なことだと感じます。


当時は、「頑張ってきたご褒美」的に産前休暇を捉えていたかもしれません。


そんなかんじで2ヶ月弱を過ごし、無事娘を出産。


ここからは、もちろん「娘中心」になります。


でも、出産前の自由な時間を過ごしていたせいか、娘第一、娘オンリーの生活は、普通に受け入れることができました。


5ハウスは「創造すること」という意味から「子供」も表したりします。

育児というのは、1人の人間を育てると考えると、クリエイティブな活動です。


特に幼い子の場合、「三つ子の魂100才まで」なんて言葉もあるように、この時期の関わり方はその後の人生に大きな影響を及ぼします。


5ハウスにプログレスの月か運行中にこの時期を迎えた私は、タイミングがよかったともいえます。

むしろプログレスの月の進行に合わせて、自分でこのタイミングを無意識に選んでいた可能性もあります。


もちろん楽しいことだけでなく、大変なこともたくさんあった時期です。

娘は、月蟹のせいか、「抱っこ」とか「母乳」など、母娘一体になれるような愛情を強く求めてきるタイプの子供でした。


なかなか寝付けない、離乳食が進まない、などなど、当時はすごく気になりましたし、その後も育てやすいとは決していえない娘。


でも「動画」の中の自分の声はとても優しいし、この時期に撮影した膨大な写真を見ても、育児を楽しんでいたのは分かります。


ちなみに、プログレスの月のサインについてみてみると、出産後実家でお世話になっていた時期は「蠍」でしたが、自宅に戻り娘を連れて外に出歩くことが可能になった時期にちょうど「射手」に変わってます。


この流れをみると、「蠍」期間は古い友人や知人、家族との繋がりの中で過ごし、「射手」に移動してからは、娘を通して新しい交友関係が広がっていった時期と重なります。


すでにある関係性を深めたい「蠍」と、新しい世界を体験したい「射手」の違いのような気がします。



プログレスの月は仕事に復帰した頃、N海王星、そして、P海王星ともコンジャンクションしていました。

※P海王星は逆行の影響でN海王星の位置まで戻ってきていました。


これは、精神的不安や依存を感じますね。


当たり前かもしれませんが、娘とは出産後、24時間常に一緒にいるような生活だったので、保育園に預けることに不安がとても強くありました。


預ける時は泣いてるし、お弁当はほとんど口にしないし、病気がちだし。


常に気持ちが揺さぶられていた頃です。


熱性痙攣、突発性湿疹、蕁麻疹など保育園に行き始めた途端に、いろんなことがあったり。


自分でも仕事しながら、よく乗り切ったなぁ、と。

あの頃の気持ちの張り詰めた感じは今でも覚えています。

ただ体力も今より断然ありましたのでどうにかやれたのかも。


その1ヶ月後にはプログレスの月はN海王星、P海王星とのコンジャンクションから外れました。


ようやく「母娘分離」に少しずつ慣れてきた頃でしょうか。


また、娘は3月生まれなこともあり、枠の少ない認可保育園の4月入園が叶わず、最初は自宅から少し遠い無認可の保育園を利用していたんですが、ちょうど海王星の影響から抜けた頃、運良く第一希望の自宅からとても近い認可保育園に入園できることになりました。


転居される方がいらしたみたいで、年度途中に入園できることは稀なことです。


また、保育園ならどこでも、という切羽詰まった状況から抜け出し、「第一希望」に絞って、入園希望の申請書を提出し直したタイミングだったことも功を奏したのかもしれません。


占星術的にこじつけるのなら、P月と海王星のコンジャンクションが外れ、「気持ちに迷いがなくなった」結果、保育園の希望を絞ることができるようになったとよめるかも。


実際、無認可保育ではお弁当を用意したりと大変なこともありまたし、保育環境全般を比較してしまうと、どうしても認可保育園が勝る状態でした。


保育料も半額くらいになりましたしね。


そんな認可保育園に入園することができるようになり「育児」の不安よりも楽しみが強くなっていった時期。


その後、プログレスの月が5ハウスを運行中は、娘が2歳を迎え卒乳するまでは、「仕事」自体はもちろんしていたけれど、気持ちの上では「育児」が中心だった気がします。


卒乳後、娘は夜もぐっすり眠るようになり、それに伴い私の生活もリズムがだんだんと戻ってきます。


ちょうどそんな頃、プログレスの月は次の「6ハウス」に移動していました。



こんなかんじで、私の「プログレスの月5ハウス」は娘の赤ちゃんから幼児期への成長と重なっているなぁと、振りかえることで気づくことができました。




こちらは過去の「プログレスの月」関連の記事です。