言葉に出して、自分の思考を整理すること、これは本当に大事だと思う。
さらに言えば、人間が人としていられる意味は、言葉を使えるからなのかな、とも思う。
脳が損傷して、ウェルニッケ野とかブローカー野がやられてしまって言語が上手く扱えない人は本当に可哀そう。
感情を上手く伝えられなかったり、他の人が言っていることを理解できなかったり、やられている部位によるけど、そのストレスは相当なものだと思う。
言葉が理解でき、言葉を使えること、本当にありがたい。
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ところで、自分の思っていることをこのブログに書きだし始めて、ほぼ3週間くらい経った。
1日に何個も記事をアップする時もあれば、更新しない日もあるが、大体、自分の忙しさと連動していることが多い。と思う。
ヒマな日は、いっぱい記事を書けるし、忙しい日は書けない。当たり前だけど(笑)
そして、3週間しか経っていないのに、もう記事が30個を越しているというのにびっくりした。
というのも、自分は3日坊主の性格なので、これだけ続いたことが初めてだからだ。
そして、どうしてこれだけ続いているのか、やっと気が付いた。
「他人の目を気にしてないからだ」
そうなのだ。僕は今まで、何かBlog書いたり言葉を発する時、「いつも」他人の目を気にしていた。
知人同士がフォローしあう、SNSの場合は、特に気にしていたから、「ほとんどSNSで発信することはなかった」
さらに、こういう誰が見ているかわからない場での発言は、社会的な問題が起きるのではないかといつもびくびくして、なぜだかあまり思ったことを発言できなかったし、さらに、「面白い記事にしなければ」と考えれば考えるほど、自分の言葉で何かを書くことができないでいた。そんな心配は必要ないのに。
だから、こうやって、何個も記事書いて、続いているというのは僕の人生史上、初、なのだ。
高校生の時もBlogをやっていたが、そのときはとにかく実りのない面白いことを書こうとして、なかなか文章が進まなかったし、さらに、携帯電話のポチポチ押す形式で書いていたのでとにかく各スピードが遅かった。
今はもはや、他人の目を全く気にしていない。
というか、気にする必要が出てきたときに、気にしよう、そう思っている。
じゃないと、僕の性格の場合、続かない。
続かないと、意味がない。
だから、これからも、自分の思ったことを、他の人の目は気にせず、書いていきます。
もちろん、気にする必要がでてきたり、消さないといけない記事が出てきたときは、すぐに対処はするつもりだけど。
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さらに、言葉に出すということについて、思ったことがある。
それは、例えばこのネット上の発言だけに関してだけではないということだ。
実際の生活の中で、他人と関わるとき、
例えば、友達と話すとき、上の先生と話すとき、子供と話すとき、いろんな場面で自分の口から言葉がでるが、僕は時々自分の言葉が出ないときがあった。
それは、大体偉い先生とか、好きな子の前とか、そういった緊張する場所のことで、本当に23歳くらいまでは、「自分の言葉がでない」状態になることがしばしばあった。
もちろん、何も言葉を発しないことで得することもあるし、何なら「口は災いの元」というから、あまりしゃべらない方がよいのだ、という考えもあるだろう。
でも、実際、僕は自分が言葉に詰まったり、何も発言しないことの方が、実生活で損をする、というより、発言した方が上の先生に可愛がってもらえることに気が付いたのだ。
例え、偉い先生の前でも、自分の思ったことを発言する方が、得をする。
これが、僕が最近思っていることである。
まず、何より自分から言葉を出さないと、「何を考えているかわからない」ということだ。
そうすると、容姿が極端に綺麗であったり、そもそも最初から相手が自分に興味を持っていない限り、「相手に伝わることが少ない」のだから、相手が自分に興味を持ってくれる可能性は極端に下がる。
だから、なるべく自分でしゃべるようにしたほうが、上の先生に可愛がってもらえる。
これが、僕の出した結論だ。
あれ、自分で言葉に出すということ全般について書こうと思ったのに、「上の先生との関係の中で」限定になってしまった。
まぁ、それにかかわらず、恋愛でもそうだと思う。
よく言われている、結婚した夫婦が50代、60代になって、熟年離婚する、みたいになるのは、毎日顔を合わせて「話すことがなくなるからだ」と思う。
要するに、言葉を出す、ということ自体が少なくなるからだ。
そうすると、「相手の考えていることがわからない」
特にそれくらいの年齢になると、容姿がきれいだとときめくことも少なくなるだろうし、相手に興味を持とうという気持ちがわいてくることもなくなるだろうから、コミュニケーションが少なくなる。
そうすると、だんだんと「自分の気分を阻害するもの」ばかりに目が行くようになり、喧嘩をする。
20代30代でも、別れる理由にはいろんな理由があると思うが、一番は「言葉に出す」という行為そのものが、少なくなること、が原因なのだと思う。
コミュニケーションが大事だ。とよく言われるが、じゃぁ、具体的にコミュニケーションってなんだ?と考えたことは今まであまりなかった。
本を読んだりして、学ぶことはあったが、自分で考えることがなかったように思う。
大体、本には、ノンバーバルコミュニケーションが大事、表情が~~とか、仕草が~~~とか書いてあって、確かに、それは正しいとは思う。
けど、コミュニケーションにおいて、何よりも大事なのは、「言葉に出す」ということ。これに尽きると思う。
何でもいいから、しゃべってみる、言葉に出してみる、自分で考えたこと、自分が思ったこと、話す内容が思い浮かばなかったら、そこで初めて本とかに書いてある、天気のこととか、ニュースの話とか、テクニック的なものが出てくるのであって、自然なコミュニケーションは、「とにかく何かしゃべってみよう」と思って、「自分で」「考えて」「言葉に出す」ことから始まるんだな、と最近思いました!!!!!!!