ここ一週間だけ、田舎来てます。
バイトです。(そんなにもらえないけど)

コンタクトしか診てません。
ぶっちゃけ、

 

クソつまらんです。

 

こういうとき、やることもないので、僕はいろいろなことを考えてしまい、結果いつも鬱のようになります。

 

 

思えば研修医の頃の昨年の11月らへんや、一昨年の10ー11月もそうでした。

 

 

 

田舎に来ると、鬱になる。

 

これはなぜなんでしょうか。

 

でも、こういうときでこそ、いろいろなことを考え、ある一つの真理に辿りつく事があります。

 

昨年は、

 

昨年の記事

 

↑な感じで、生きている意味という壮大なテーマについて考えた結果、生きている意味は、その人が生きていることで他の誰かに影響を及ぼしているということが生きている意味なんだ、という真理に(と自分が思っていること)に辿り着きました。

 

 

 

 

そして、そして、、、、

現在の僕は、予想では

 

・給料は低くとも大学病院で、知識を溜めつつ技術も磨く

 

という目標のもと、自分の道を選んだのにも関わらず

 

・知識を溜めることはまぁ結局やる気によるし、技術は手術しないから向上しないし、なんなら、やってる仕事はぜーーーーーんぶ田舎の開業医とかだと看護師がやったり検査技術がやったりする仕事ばかりで、眼科医としてのスキルはほぼ向上しない、のに、給料も安い。

 

という、最悪な状況に陥ってしまっていて、完全なる認知的不協和のオーケストラが鳴り響いております。

 

 

 

 

このまま大学病院にいるメリットなんてないです。ぶっちゃけ。

 

 

だから、もし、来年も大学病院だった場合、医局辞めて美容外科行こかな。

 

だって!

 

給料安いのに、技術も磨かれず、看護師のできる仕事ばかりして意味ないじゃん!俺は何のために医者になったんだ!

 

別に、大学病院は、ある程度熟して知識も溜まり、興味が湧いた分野をもっと詳しく調べたいとか、もっといろんな疾患を深く深く付き合いたいとか、そういう眼科一般に飽きた医師が来るべきところなんです。

 

 

一年目で何も分からないところで雑用ばかりさせられ、家に帰れば疲れ果て、今日得られたものは?と自分に問いかけると、何もない。

 

 

そんな日々。

 

 

 

に、ついにこの田舎バイトが来て僕の精神状態がおかしくなり始めました。

 

 

 

 

 

 

俺はこんなところで大したお金も稼がず、知識も増やさず、何をやっているんだ、と。

 

一生こんなことをしていくのか、と。

 

自分の人生これでいいのか、と。

 

 

でも、もーーーっともーーーーっとよく考えてみたら、なんでこんなイライラしてるのか考えたら

 

 

来年のARVO(眼科の世界的な学会)に出す演題全くやってないことがこのイライラの原因なんじゃないかと気づきました。

 

あれ?笑 話全然違くない?笑

 

てか全然興味ないんですよ、、やれと言われているデータ集めとか、そういうのが、、、、、、

 

 

で!やりたくないんじゃん!俺、こんなやりたくないこと一生続けるの?え?続けるの?

 

って考えた結果、やりたくねーーーー!

 

ってなっちゃったわけですよ。

 

 

やりたくない、向いてない、研究とかそういうの向いてない。

 

 

だったら、なんで大学病院いるの?

だったら、なんで医局入ってるの?

 

 

俺の興味のあることは、なんなら、医療システムを、変えるための民間企業の立ち上げとか、そういうのなんです!ババン!(これは後日また記事にします)

 

 

 

とかなんとか言っちゃって。

 

 

だって、数少ない疾患の人の遺伝子特定して、こういう特徴あるかもしれないですよ?

 

ってデータ集めて楽しいですか?

 

わからないです。僕は楽しくないですが、楽しい人もいるかもしれません。それか、親族や自分がその疾患だった場合は、心の持ちようが違うかもしれません。

 

確かに、これまでの病気とかそういうのって、そういうのに興味のある人が一生懸命データ集めて研究して見つかってきました。

 

でも、そういうのに向いている人だっただろうし、優秀だっただろうし、研究してテンションが上がったたからなんとかやれたんだろうし、なんなら、そういう研究一生懸命したのに、芽が出ず埋もれてしまった研究者なんてたくさんいます。

 

 

 

 

僕は全然、性に合ってない。

 

 

 

 

なら、自分の今いるレールは間違いなのではないか。

 

 

そう、最近感じるようになってしまったのです。

 

 

 

こんな、辛いことやってて、楽しくもないし、無理やり心をねじ曲げて楽しいと思い込んでやろうとする。

 

 

 

そんな人生でいいのか。

 

 

 

 

 

最初の4月〜8月頃までは、、忙しくてこんなこと考える余裕なんてなかったし、自分たちのやっている仕事は、なんか雑用多いなって思ってたけど、まぁ最初だからしかたないかって思ってました。

 

 

 

 

 

でも!ゆっくり考える時間ができて、こういう自分の本当にやりたいことに向き合う時間ができて、いろいろ思い悩んだら、こんな考えになってきたのです。

 

 

 

 

 

 

 

では、どうするか。

 

 

・自分は研究とかには向いてない

・興味のあることしかできない

・このままここにいても、変わらない

・敷かれたレールの上には楽しさが無さそう

 

 

 

だって、面白みがない。

 

 

それより、美容外科行って整形アイドルプロデュースとかした方が楽しそう(いきなり訳わかんないけど)。

 

要するに、そっちの方が自由度も高そうだし、やりたいことができそう、とういうことです。

 

 

好きな言葉は情熱です。って、確かに情熱は人を行動に駆り立てるし、情熱は人を巻き込むし、没頭できるし、、、良いことだらけだと思う。

 

 

 

 

 

あーーーーーー

俺も情熱さんの傘下に入りたい。

 

入ろうかな。

 

 

 

やりたいことやりたいよー

 

 

 

 

まとめ

 

コンタクトバイトつまんね。

クリスマスに僻地へ飛ぶことが決まり、彼女にフラれ、年明け頑張った仕事でも怒られ、体も心もボロボロと思いきや、「自分は自分でいいねん!」と逆に開き直って元気なDr.Tです。

 

 

この1年は、とにかく365日働くぞ!という気持ちで、バイトを入れまくり、12月29日まで休みは台風の2日のみで、他はすべて(あと何日かは医局の用事でバイトを入れられなかったですが)働いて稼いだのですが、結局計算したらざっくりおそらく450万くらいしか多くは稼げませんでした。(4月~12月で)

 

ということは、結局大学病院(週5日働いているのに非常勤扱いで手取り30万)の給料と合わせると、ざっくり、ほんとにざっくり920万/年ということで、まさかの1000万を切るという僕の計算をはるかに下回る結果になってしまいました。(確定申告でちゃんとでたらまた書きます)

 

初期研修医の頃は、

 

「1回10万円のバイトが週2回入れば軽くそれだけで1000万や!(正確には960万くらい)ってことは、大学病院でも年収1500万は軽くいけるぜ!」

 

とイキッていたのにも関わらず、やはり医局に内緒でネットで探したバイトの割は悪く、しかも最初の4月~7月は医局からのバイトもなかったので、このように厳しい結果となってしまいました。(1月~3月に働けば、もしかしたら4月~3月の合計は1000万は行くかもしれませんが)

 

 

 

 

と、こんなちんけな話をしている間に、

 

Twitterのこの人と、この人が一緒だという噂が出回り、

 

 

 

さらには、このことを友人に話すと、

 

この人と、この人も同一人物だということが発覚し、

 

 

 

僕は、ある意味衝撃で、「そうか、そういうことだったのか」と納得もした。

 

 

 

世の中には、”労働”だけでは稼ぐのに限界があり、金持ちの構造には労働→経営者→投資家→資本家という構図は知っていたものの、「労働」で得たお金で会社を作り、その会社で得たお金で投資をし、と漠然としたイメージだけで、その具体的な金額や、どういう仕組みでお金が回るのかなどは全然わかっていなかった。

 

 

 

 

どういうことか、解説しよう。

 

 

 

まず、最初の中野さんは、

 

 

 

こんな感じで、会社を経営していた。(この時点で経営者だけどw資本金1000万てどっかに書いてあったけど、どうやって集めたんだろうとは思うけど、たぶんお父さん金持ちなのかな)

 

 

で、投資家からお金を「100億円集める!」といって、上の写真のようにプレゼンしまくった。

 

 

で!ここからが、本題だけどその集め方が

 

NAMコイン(Nakano なんとかかんとか)という自分の事業に関係する仮想通貨(トークンかな?よく分かんないけど、たぶん一緒)を発行して、それをイーサリアムで買ってもらい、自分のところに送ってもらうというやり方。ICOというやり方らしい。

 

このやり方は、IPOという株式の発行に似ているけど、難易度が全然違う(らしい)。

 

詳しく知りたい人は、Coin Checkの下のURLで勉強してください↓

https://coincheck.com/ja/article/262

 

 

 

それで、集めた金額約10億円

 

すごいよね。でも、NAMコインが1日で価値100分の1になったらしくて、この人は詐欺師じゃね?みたいな感じでぼろくそネットでたたかれていたw

 

 

ほんで、その一方、医カスというTwitterでは、嫁に1億円あげたけど半年後にはほぼ0円になってたみたいなTweetとか、金持ちアピールのTweetがたくさんあって、「あ~、本当にこの人金持ちなんだろうな」って思ってみてたけど、この人が同一人物かもしれないという噂が出回って納得した。

 

 

真偽は定かではないけど、医カスさんはフォロワー数が100くらいのときからフォローしてて、なんで自分のTwitterに知り合いかもみたいな感じで出てきたのか分からなかったけど、おそらく最初に中野さんをフォローしていたから、それで何かの繋がりで出てきたんではないかと思っている。だから、同一人物というのはおそらく本当なんでしょう。

 

 

 

それで、医者の生涯年収は約5億円なので、その2倍もすでに稼いだ中野さんはもはや完全なる勝ち組。

 

あとは、自分の好きなことして生きていけばよいという最強状態。好きなことしている結果がTwitterでイキるという悲しい陰キャっぽいというのも、賢い人の特徴っぽくて、なぜか僕は好感度upしてますwww

あと、嫁がTinderで会った女子大生で、子供がすでにいるというのも好感度up。

 

 

 

 

 

それと近いようなことをやっているのが、ハリマ君。

この人は、テレビに出ているときから知っていて、凄いやつがいるもんだと思っていたけれど、想像以上に凄かった。

どういうやり方で会社バイアウトしたのかしらないけど、それで余裕の1億円以上はすでに稼いでいる。

 

 

僕が東京に来てから、ナンパしまくっていたときに上智の女子大生でハリマ君と知り合いの女の子がいたけれど、その子のハリマ君への印象も真面目(ほんとかはわからんけど)ということだったので、本当に根は真面目なんだと思います。

 

 

 

そのハリマ君のTwitterの裏アカが、Harryと知ってこれも納得。

Tweetの内容も、大学入って起業して、バイアウトして、最近試験受けてるとか、東大生とか、東大社長の会に呼ばれないとか、年齢に相応しているし、たぶん本人なのじゃないかなと思います。

最近すべてのTweetが消されているが、おそらく、何かしらネットでバレるのもよくないんじゃないかとか、いろいろ考えてツイ消ししたのでしょう。メンヘラはよくツイ消し(僕もたまにする)けど、好感度upですね(笑)。

 

 

 

 

あ、そういえば、その上智の友達でめちゃめちゃ可愛い子がいてその子に彼氏ができたとか言ってたの、もしかしてこのハリマ君なんじゃないかなって推測(完全に妄想だけど)してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というね、大きなお金を手に入れるには、会社建てて資金集めしてっていうやり方と、建てた会社をバイアウトするっていうやり方があるのかっていう。

 

詳しくはやってみないと分からないし、実際そんな簡単じゃないとおもうし、田舎に飛ばされたので、今までひたすら遊びに使っていた時間が全て余ると思うので、とりあえず会社建てて僕も、BIG MONEYを稼ごうと思います。労働には限界があるしね。

 

 

 

とりあえず、僕の最近考えていることは、中野さんのやっていることと被っていることがあるけれど、

 

・電子カルテの共通化

 そのpreのシステムで、Medustagramっていう医療情報を患者さんからup loadして医療者でも患者でも共有できるシステムができればいいなと

・医者のぐるなび

・コンタクト販売(ネットで)

・オンライン診療システムの普及

 

など・・・で、完全に仕事か関係なく自分がやりたいことは

 

・小説を書く

・映画を撮る

・プログラミング勉強する

・Youtuberになる

・曲を作る

・DJやってみる

・投資やってみる

・株買ってみる

・FXやってみる

 

とかかな。もはやこの3年間。女の子のケツばっかり追っかけて、何も成し遂げていないので、田舎に飛ばされたのは神様からの試練、もしくはメッセージなのではないかと思ってます(いや、医局長・教授の意向だろwww)。

 

はぁ・・・婚期遅れるなぁ・・・

 

 

でもいいんです。僕は、芸能人と結婚すると決めているので、でっかくなって東京に帰ってきます。

 

 

 

てか、将来の道を今ものすごく悩んでいて、このままただの眼科やってても、10年後15年後の先にはあの先生たちのようになってしまうという未来が見えているのが面白くなくて、後ろ盾ない状態で頑張りたいとか、起業して、バイトで稼いで挑戦したいとかいろいろいろいろ考えているけれど、結局人は変化を起こすにはそれなりの気合が必要だから、このまま流されてしまうのでしょう。

 

 

でも最近凄く思うのが、

 

何をやるかより、誰とやるかの方が重要なんじゃないかって。

 

人は、やっぱり人といるのが楽しいんじゃないかって。

自分もこの4月に入ってからできた完全なる親友がいたからこそ、楽しかったし、良かったと思える1年だったし、一番楽しい時ってどういうとき?って聞かれると、結局は

 

友達とわちゃわちゃしたり、しゃべってるとき

なんですよね。

 

友達いないとつまんないよ人生。それと同じで、家族もそうだと思います。

ホリエモンは好きだけど、結婚してないし、結婚するとお金は損する!とか言ってる(完全にイメージ、本当に言ってるかは知らない)けど、なんかちょっとかわいそうな気もする。

 

僕のお父さんに 起業して、めちゃめちゃ稼いでやる! って言ったら、



「何言ってるんだ。失敗したら、どうやって働くんだ。普通にこのまま眼科で開業して、結婚して、子供産んで、育てて、一軒家買って、生活して、家族と団欒する、これが幸せなんだ。金、金って金ばっかり追っかけても楽しくないぞ。結婚できないじゃないか、起業なんかしたら。平凡なる、非凡だぞ。」と。



流石、僕の父だけに、僕が東京で起業して仕事ばっかりしていたら結婚できないであろうということを分かっていて、言われてみればその通りだし、なんて自分のお父さんは真人間なのだ、しかも実際自分の家族は小さい時から思ってはいたが、めちゃめちゃ幸せで、幸せを感じる瞬間はこれまでに何度も何度もあったし、その家族を気づき上げた父親を僕は一番尊敬しているので、流石だな、と思ってしまった、一方で、





「このまま、ぬくぬくと眼科医としてやっていくのもいいが、起業して、生き残るか死ぬかわからない状況で、どうやったら生き残れるか試行錯誤して、背水の陣で医者以外の生活できる収入の柱も作って、生きるために自分のエネルギーのすべてを燃焼させる、そんな挑戦を僕はしたいんだぁああああ!でも、父さんのいうことは最もダぁああああその通りだあああ!!!!」





と、完全に認知的不協和が僕の中で鳴り響き、精神が引きちぎられそうな気持ちで毎日過ごしています。

 

 

 

でも、結局自分は自分。ゆうて、自分のことなんか自分しか見てないし、他の人からどう思われているなんか気にしたってしょうがない。

 

思ったより、人は人に興味がないし、人のことなんか見ている余裕はない。

 

だからこそ、自分のやりたいようにやっている人が魅力的に映るのだろうし、

 

 

鴨頭さんが言ってたけど、

 

自己中心的利他

という、自分のやりたいことを追求した結果、それが他の人のためにもなる、という状態が最強なのではないかと思ってます。

 

 

 

だからな・・・僕は起業して、最初は金を稼ぐことをどうやったらできるか考えて考えて考えて、自分の会社やってみて、挑戦してみるっていう人生も全然ありだと思うんだけどな・・・

 

 

夢を追いたい。叶えたい。

 

 

 

 

と、この1年(1年経ってないけど)の総括、と今後の展望について、話あっちこっちいったけど、そんな感じでした。

 

ちなみに、彼女にフラれた理由は、

 

「あなたの話す未来に、私はいない」

 

という至極真っ当な意見でした。以上、現場からです(笑)

 

 

 

 

 

一昨日はびっくりしたことが二つある。

一つ目は、外来でへとへとに疲れ病棟に戻ってきて緊急で入院になった患者さんの“ある同意書”を取った時のことだ。

その“ある同意書”は、そもそも、“ある先生”の先進医療のための研究への参加への同意書で、先進医療であるが故に、そして、その研究に補助金が出ないという理由のために“患者負担の自費”なのだ。

つまり、患者は自分の病気のために、その研究へ“ほぼ強制的に”参加されられ、お金を払って研究に協力する“同意書”を書かされる。


しかし、もちろんきちんと同意書の文書にも拒否できることや、不利益はないこと、個人情報に結びつかないことなど書かれているし、実際研究に参加することで得られるメリットもある。


だから、そもそもその“同意書を僕が取る”こと自体がおかしいなと思っていたのだ。


でも!!!

大学病院なんて、こういう意味不明な雑用や理解できない仕事なんて死ぬほどある。


「意味不明だな」と思いつつ、先輩に「あの同意書取った?」と言われた僕は、疲れてくたくたになった身体にムチをうち、その同意書を外来に取りに行き(僕の病院は5時になると外来棟への道が塞がれ入院病棟から外来棟まで往復10分はかかる)、めちくちゃ丁寧な説明で、患者さんへのご協力頂きたい願いを伝え、やっと同意書にサインして頂き、病棟のスキャンしてくれるところへ置いておいたのだ。(原本は手元に置いて)


しかし、急にさっきの先輩から電話がかかってきて「その同意書には“あの先生”のサインがいるからスキャンしないで回収しろって言われた」とのこと。

スキャンしてもらうところに行くとすでに書類はなくなっていた。


その旨を“あの先生”に伝えるためにPHSを鳴らす僕。
その電話で僕はびっくりしてしまったのだ。
スキャンに依頼した書類は持っていかれた可能性が高いです、と伝えると……




















「ふーざーけんなよー!!!!!」


……え?
……は?



もう一回取り直せばいいだけじゃね?
てか、サイン加えるだけじゃね?
効力のない同意書取っただけじゃね?

え、てかわざわざ外来にしか置いてないコピーを重ねに重ねて汚ねえ文字になってる同意書を取りにいって、懇切丁寧に説明して患者さんに納得してもらって同意書取ったのに、ふざけんなよ?だと?あぁ?





僕はあんまり腹は立たない方で、なんならいろんな人に「〜くんて怒ったことあるの?」と聞かれるくらいいつも笑顔でにこにこしている。し、実際に腹が立つことなんかあんまりない(病院の雑務とかには腹が立つが、人に対して怒ったことはほとんどない)


その僕でさえ、これには流石に腹が立った。

というか、びっくりした。

普通、「ありがとうね、わざわざ」だろう。

いや、これは完全に僕のミスかもしれないが、それにしても、そういう雑用にミスが出て大きな問題がでるのなら、そもそも任せなければいい。


(大きな問題にもなっていないが)



と、愚痴を言うのはここまでだ。

実際その先生がめちくちゃ嫌いなわけではない。


おそらくその先生も疲れが溜まっていたのだろう。
イライラしていたのだろう。
普段はそんなに怖くないし、きちんとしている先生で、少し他の人と違うところはあれど、きちんとしているドクターなのである。



はぁ……

それにしてもびっくりした。心臓がドキドキした。





これが、一つ目である。




二つ目はというと、そのまさに同じ日の夜に起こったことだ。



その日は仕事を早く切り上げ(同意書事件があってイライラしていた僕は自分の仕事を終わらせるや否や、一瞬で病院を去った)、友達とわけわからんボーリング大会に出て、コリドー街へ向かった。





その日はお酒がいい感じに(その事件があったこともあり)回っていて、調子が良かった(と思っていた)ので、わけわからんテンションの高い明らかに見た目のおかしい全然可愛くない調子に乗ったギャルを捕まえた(捕まった)。


よく考えればおかしな話なのだが、そのギャルの指定するお店に入ってしまったのだ。




その店に入ると、そのギャルは声を叫ぶほどに大きくだし、その店にいる客が皆僕らを見ていた。


その店で明らかに僕らだけ目立っていた。


「テキーラ!テキーラ!」

そのギャルは叫び、店員とこそこそ話すギャルの注文でいつのまにかシャンパンのボトルまで入っていた。






“何かがおかしい”


酔っている中、明らかに異変を感じていた僕は店に入って15分ででることにした。



お会計!



そのお家計は、絶妙に高めの(メニューに載っていないので明らかに店の人が言い値で付けたような)値段だった。



“まぁ、これくらいならいっか”



それくらい、絶妙な値段だった。



確かに15分にしては明らかに(普通の居酒屋の3倍くらいの)値段であったが、3人(ギャル合わせて5人の値段)であればまぁ払えなくもない。



しかし、明らかに、シャンパンのボトルは値段がおかしかったため、僕は一言

「これは、、、どのメニューですか?」

時き、メニューにはない、と言われ、あとは何か言っていたが、まぁいいやと思ったため、払ってしまった。


しかも、レシートは出せないとか、いろいろと何かしら“明らかにおかしい”感じでお金を(正確にはカードを切られ⇨今スキミングされてないかめちゃめちゃ怯えてます。)取られてしまった。



それに加えて、

“このギャルは反社と繋がっているかもしれないし、何ならこの店も危なそう”

という恐怖心も沸いたため、友達に「こいつらマジで危なそうだから行こう!」と説得して店を出た。




店を出てから、友達に「これ、ちょと高すぎじゃね?ヤバくねwww」と僕は

“まぁよくあるちょいぼったくりにひっかかったけど、しょうがないよね”というテンションでレシートを見せたところ!!!!






ちょっと言ってくる

と店に文句を言いに帰ったのである!!!



ここからが修羅場であった。


酔っているとはいえ、こちらの2人(僕は抜きで)が頭脳戦で負けるわけがない。


冷静に交渉して、なんと3分後には5500円の現金を向こうが返してきたのだ。




“あぁやっぱりぼったくりやったんだな”
と、僕が思いながら店を後に出ようとしたとき!















「やっぱりぼったくりやんけ」


声出てる〜!!!!



「おい!誰だいまぼったくりって言ったやつこのやろう!!!」



ケンカ始まってもうた〜泣



そう。








僕の人生でもTOP3には入る修羅場が始まってしまったのである。


続く。









今まで僕は正解が分からないこと、例えば美容外科の方が儲かるのになんでみんな美容外科に行かないのかとか、開業した方が儲かるのになんでみんな開業しないのかとか、大学は辛いにのになんで大学に残る人がいるのだろうとかいろいろ悩んでいた。

 

何が正解かなんて人ぞれぞれで、人それぞれに正解があるのだろう。

 

でも、例えば教授になることを目標にしている人は何をモチベーションに頑張っているのだろう、とか

 

論文とか学会発表とかこんなに辛いのになんでみんな頑張るんだろう、とか

 

頑張る理由がわからずにいた。

 

けど、それはきっと、その頑張った先にある結果、成功した体験をしたことがあること、がモチベーションになっているのではないかと思った。

 

僕は、今回、ARVOに出す抄録が本当に本当にできずにすごくつらかった。

 

でも、できたら、すごい脳内でドパミンが放出されたのが分かった。

 

 

僕の同期もそうだった。

 

 

隣にいて、まさに隣にいて、それを感じた。

 

 

 

快感がもらたらすこの力は凄い。

 

 

 

辛い先にあるからこそこのドパミンが出る、という体験してしまったら、たとえつらくても頑張るのではないか、と思った。

 

 

 

 

結局、人間、いや、ヒトという生き物も単純なのだ。

 

 

こういう単純な生物学的な体の中の変化に支配されているのではないかと思う。

 

 

 

 

逆に、この快感を知らないまま努力しろと言われても、そんなことはできないと思う。

 

でも、何かした頑張ることに関して、動機付け、ドパミンが出るような何かの体験を、習慣をつけることができたときの原動力は凄いと思う。

 

 

 

それとは別に、復讐心とか、何だこのくそ、とか、負のエネルギーも人を突き動かすとも思う。

 

見返してやるとか、絶対負けたくない、とか。

人生とは一体なんなのだろうか。

無我夢中で一心不乱に努力のできるものが見つかった人は幸せだと思う。


それさえやっていれば、他のどんなことも犠牲にしてひたすらその道を極めることができるし、その道を極めることが自分の人生の目標になるからだ。



しかし。


しかし、だ。



人生を懸けてやりたいことが見つかる、もしくは、やりたいことはあるけれど、現実的にそれに全てを費やすことのできない人がこの世に一体どれだけいるのだろうか。



一体どれだけいるのだろうか、と、疑問を呈したけれどもおそらくこの世に生を受けた人の99%はやりたいことや、人生を懸けれるほどのものは見つけられてないのではないか、と思う。




おそらく、半分くらいの人が自分の子供や家族なのではないだろうか。




家族のため、子供ために自分は頑張るのだ。





そんなのは当たり前だ。自分の家族、自分の子供のためなら全身全霊で頑張れるに決まっている。


それほどまでに、人の愛は深く、だからこそ人類はここまで生き延びてきたのだから。











ただ、愛の反対は憎悪である。



愛が深いがゆえに。


深ければ深いほどに、人は些細なことでいがみ合う。













ああ、神さま、なぜ人に愛を与えたのか。









神なんていない。そう僕は思っているが、それでもこの世には生きる価値もあるし、生きていることで何かしらの意味は見出せる、そう信じている。





人生に意味なんてない。


そう思うけれど、だからこそ、僕らは生きて生きて生きなければならぬのだ。







生きて生きて生きたその先に、何かが見えるかもしれない。


だからこそ、生きる意味がある。



そこに何もなかったとしても、何かあると思って生きたことが生きた証になるであろうし、たとえ証が残せなかったとしても、生きた意味が自分にとって、良かったと思えるのである。




人生なんて自分の思い通りだ。



自分の人生は恵まれているかどうか、なんて自分しか判断できない。







こんなことを考える事をできている時点で僕は幸せなのだ。





前に生きる意味について考えた小児科を回ったとき、この世に生を受けたときから手足の自由を奪われ、思考も奪われた子供たちに一体何の生きている意味があるのだろうか、と自分に問うた結果、生きる意味はその人が生きていることで、他人に何かしらの「影響」を及ぼすことができること、がその人が生きているいみだ。と、結論が出たが、その人がその人自身に生きている意味は見出せなかった。




生まれた時から、思考さえも奪われた子供たちが生きている意味は、ないのだ。






だから、自分が生きている意味というのは、この思考、考えて考えて、考えることのできることに意味を見出すしかない。








生きていることに意味はない。

意味は自ら見出すしかないのだ。


そもそも、意味なんて、人が考え出したものなのだから。













だから僕は考え続ける。

生きている限り、考え続ける。

考えることが、僕の生きている意味なのだから。
※この記事はフィクション含みます
 

ザ・タワマンパーティ。

六本木の最上階。360度見渡せるガラス張りのテラス付き。家賃月額600万。資産800億円。
 
そこの家主は、若干40代のやり手なIT社長だ。
 
来ている女の子も皆レベルが高い。
 
男の方も金持ちか、社会的地位のある僕らのような男達だけ。
 
松坂牛の鉄板焼きからアヒージョや美味しい名前のよくわからない食べ物まで食べ物とお酒は溢れるほどあった。
 
部屋にはカラオケもあり、真ん中にはまあるい高級そうな椅子とお洒落な形のガラスのテーブル。
 
 
まさにキラキラパーティ!
 
 
 
 
そう、側から見ればこれは世の中でいう、成功者の集う、タワマンパーティなのだ。
 
 
 
しかし、だ。
 
しかし、僕はただ一人「こんなもんか」と思ってしまう冷静な自分がいることに気付いていた。
 
 
側から見ればこの素晴らしいパーティに見えるだろうが、ここに来ている女子は一体どういうつもりで来ているのだろう、だとか、男たちも大してかっこ良くもなく真面目だろう芋っぽい顔立ちが多いのはやはり金を稼ぐのはおっさんじゃないと難しいのだろうか、とか、いろいろ考えてしまっていた。
 
 
 
 
こんな、パーティで知り合ったろくでもない小娘と話をして、一体自分の人生に何の得があるのだろう。
 
 
本来なら自分は、知的で思慮深い美人な、こういう俗世的なパーティなんかには来ない素敵な女性と素晴らしく建設的な会話をしているはずなのだ、そうであるべきなのだ。
 
 
 
 
 
この世の中は皮肉だらけだ。
 
 
医師の世界では、自由診療をして楽をしている(とはいえ大変だろうが)開業医の方が稼いでいて、大学で人類の医療の発展のために研究を頑張り日本の医療を支えている医師の方が圧倒的に価値が高いのにもかかわらず薄給であるし、出会いの世界で女性と出会おうとするならば、マッチングアプリやこういった謎のパーティに出て行かねばならないのに、そういうパーティやマッチングアプリをしている女性というのはそもそも求めているような素晴らしい女性である可能性が低く、もしいるとするならば友達に誘われてたまたまやってみた、来てみた、という女性に出会うしかないという皮肉。
 
 
 
それでも、僕らはそんな素敵な女性が何かの間違いで参加してしまった、という低い可能性に懸けてこういうパーティに来る。
 
 
 
 
 
一体、どうすれば素敵な女性と出逢えるのだろうか。
 
 
 
 
 
一番は、やはり友達の紹介や知り合いの紹介である。と、最近になって思うのである。
 
 
 
 
こういう、あまり周りが知らない人だらけのところで素晴らしい女性を期待するのは、お門違い。こういう場に来る女性は、遊びたいのだ。ただ、遊んでみたいという気持ちできている、もしくは社会勉強だーとかなんとか言って自分が遊んでいるというように見られたくないという矛盾した気持ちをを隠してきている。
 
 
 
 
つまり、ビッチだ。こういうところに来る女はみーんなビッチ。そう、思っている。
 
 
 
 
というか、そう思わないとやってらんない。
 
 
こういうところに来た女に惚れて、あー好きだ、とか思ったところで、こういうところに来た女はどこかいろんなところでいろんな男と楽しんでいるのである。
 
 
 
そう、考えてしまうと本気で口説こうといった気持ちもなくなってしまう。
 
 
 
案外、テキトーに口説く方がモテる、というのは本当で、本当に好きになってしまうとオドオドとして結局口説けず終わってしまう。(その女もどこかでテキトーに口説かれているのにも関わらず)
 
 
 
 
だから、知人の紹介でそういうパーティやマッチングアプリをやっていない女の子が良い。
 
 
 
知人の紹介でも、遊んでいる女の子はダメ。
 
この前合コン紹介業者のような人に(あ、これは知人ではないか)紹介してもらった20歳の女の子二人組は可愛いかったが、結局その日にピーーーーー
 
 
 
 
だから、年齢が若くても、遊んでいてはダメだ。
 
 
可愛いな、と思っているあの子も遊んでいる男にひっかかって遊ばれている可能性があるからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
知人の紹介で、が一番いいと思った理由としては、自分が紹介した女の子と友達が最近結婚しまくっているからだ。(しまくっている、というか2組だけだけど)
 
 
 
僕が大学一年生の時に初めて組んだ合コンで出会ったカップル、この場合は遊んでいる友達に誘われてたまたま来てしまったという奇跡。心外になっためちゃくちゃ賢いイケメンと結婚したのでザ・玉の輿。
 
 
 
僕が六本木で声をかけた女の子と初期研修の後輩も結婚した。これは、声をかけた女の子がたまたま世界大学ランキングで東大よりも上の大学を卒業していて、男の方も慶應医学部卒であったから、インテリカップルが誕生したという、奇跡。
 
 
 
 
 
奇跡が起こるかわからないが、
 
 
僕が知り合いの方から紹介された21歳の可愛い全然遊んでいない凄い良い女の子がいるのだが、僕の好みではないのとあまりに良い子で俺みたいな男がその知り合いからの紹介なのに、いつものようにセックスしてしまったら可哀想なので、僕の高校からの仲の良い現役東大からのトップエリート官僚のイケメンに紹介して今度三人で食事会をすることにした。
 
 
というのも、何度も何度もその女の子が食事に誘ってくるので、このままだと僕はエッチしてしまいそうで怖かったからである。
 
 
 
ここでも奇跡が起きて欲しい。
二人とも純粋に良い人、人間的にと徳の高い二人だからそのまま幸せになって欲しい。
 
 
 
 
 
 
ところで、付き合うなら次のうちのどちらかでないともう、付き合っている意味はない。
 
・結婚を前提にしている
・エッチが楽しい
 
ここでエッチという言葉にしたのには訳がある。
セックス、はただの性行為だが、エッチはそこに楽しさが加わるのである。(というイメージで僕は使っている)というと、エッチが楽しい、というのは楽しいセックスが楽しい、という頭痛が痛い、というような使い方になる、というツッコミは無視することにする。
 
 
 
だから、付き合っているのに結婚を考えておらず、ただセックスしているだけの関係ならそこに未来はない。
 
 
 
それ以外にも、例えばご飯を作ってくれる、だとか、何かしてあげたいほど愛くるしいとか、大好きだ、とかそういう気持ちがあればいいじゃん、という人もいると思うだろうが、そうであれば、上記の二つのうちどちらかは当てはまるようになるはずなのだ。
 
結婚したくなったり、エッチが楽しかったりするはずなのだ。
 
 
 
 
 
 
タワマンの話から、かなり話が脱線したが、最近自分が考えていることをただ文章にしてみた。
 
 
 
反論があればコメントでいただきたい。
 
台風の影響で、土日、ほぼほぼ外に出ませんでした。
だからといって、何をやっていたのかというと、

・好きなだけ寝る
・飯を食べる
・ゲームする

という、僕の人生でもトップレベルに自堕落な生活をしていただけであり、何ら創造的な活動はしていませんでした。

このままではヤバイ、という焦りも感じず、ただただ体力は回復しました。

でも、精神的に
「この生活最高!」
という高揚感も味わうことがありませんでした。

つまり、僕は暇な時間があったとしても、やることがなければ有意義な時間を過ごせないのです。

もとより、最近ずっと仕事していたせいで、疲れていたからかもしれません。

疲れていて、とにかく眠いという欲求に従った結果なのかもしれません。

とりあえず、体力は回復したような気がするのだけれど、何となく身体がだるい。休養は足りているはずなので、食べているものが悪いのでしょうか。

思えば土曜日は台風でどこもやっていなかったので、コンビニ弁当。

日曜日は夜にCoCo壱、今日は蕎麦と塩焼きそばしか食べていません。あとは酒です。



やはり食べ物は大事だな、というのを感じております。





ところで、ゲームは何をやっていたのかというと、CODモバイルをやっていました。


これのクオリティが凄い。
半端ないです。


あの緊張感と、勝った時のドパミン出る感じがやめられない原因なのでしょう。







話は変わりますが、自分の人生このままどうしようか、真剣に悩んでいます。


このまま普通に眼科医として生きていき、例え開業医でかなり成功したとして、果たして楽しいのでしょうか。面白いのでしょうか。



面白いか、面白くないか、で決めた方がいいのではないか。それが最近思っていることです。






いきなり美容外科に行った友達は、将来どうなるか分かんないし、忙しいけど、楽しいし面白い、と言っていました。





一方で、この前あやまんJAPANのあやまん監督がしくじり先生で『「今さえ楽しければ最高!」という生き方はダメ、港区女子のように人の金で飲んで騒いでる奴らは結婚できない』と、過去の自分の生き方を反省していました。







一体何が正しいのでしょうか。



もう、わけわかりません。




ということで今から


港区タワマンパーティ行ってきます☆

今度詳細記載しますね☆
港区女子を呼びつける男達の目的は。

・飲み会が楽しくなる
・おセックスできる

以上、二点しかない。
それ以外の目的で女の子を呼ぶ意味はないのである。

頭を少し使えば、どう振る舞うべきか分かるものだが、それを分からず飲み会の場に来てつまらなさそうにしているのは港区女子失格というよりかは、人間失格だ。

大体、この世の中でお金が回ってる、お金を貰えるということはどういうことなのか考えたことないのか。








そもそも、この世の価値でそんなにお金に余裕がある人なんて多くない。と、思う。



はぁ、、、人生は何が正解なのだろうか。

次の記事で書こうとおもう。
港区女子などについて、下に貼った動画の一連を観た。なので、ここからは僕の思う港区女子について考えを述べていくことにする。





そもそも論として、「飲み会に意味はあるのか」と。
大体飲み屋などアルコールを出している店で飲み食いすれば普通に晩ご飯を食べるよりも高いお金を払うのだから、何かその飲み会に意味がないと人は飲み会には参加しない。そしてその意味は下記に分けられる。

・飯or酒が美味しい
・一緒に行く人と仲良くなりたいor話したい
・ただ単に楽しい

ここで、上記のメリット以外に加わった点が港区女子達の求める

・お金が貰える

だ。港区女子の中で、上の三点の一つも当てはまるものが無いのに飲み会に参加している時点で、目当てはお金しかない。つまり、携帯をいじって話しかけても反応の鈍い女の子はお金のために参加しているということになる。というか、上の三点のどれか一つでも目的があれば楽しくしているはずなのだ。

では、お金を払う側、つまり男側から港区女子を呼びつける目的は何か。

次の記事で述べたい。