一言居士21+α -14ページ目

一言居士21+α

欧米や国連が懸念するほど、日本の言論・報道の自由は危ない状況です。
そんな老婆心から立ち上げたのが「一言居士21」です。
40年余りの記者経験による直感と近現代史の視点から、
気ままに放言していきたいと思います。
(2016年4月、原則として敬称略)

カタカナなどの横文字を多用して「自分」を強力にアピールするかと思えば、「」を仕立ててメディアの歓心を誘うといった“小池ファーストの劇場型(パフォーマンス)都政”にはもうウンザリだ。

 

2020東京五輪の延期が決まるまでは「五輪開催」のために新型コロナ対策に背を向けていたかと思えば、延期が決まるや今度は「都知事選」のために新型コロナをフルに利用するといった都知事に苦境下の福祉・生活を任せるわけにはいかない。

 

そろそろ都民は、派手で目立つことばかり考えている、将に「自分ファースト」の都知事と決別し、地味だが信念を持ち真に都民(市民)の命、生活を守ってくれる本物の都知事を選ぶ時ではないだろうか。

 

7月5日投開票の今回の都知事選は、新型コロナ禍の下での選挙となる。大方の予想では低投票率になると見込まれている。しかし、一昨日27日に都知事選出馬会見を行った宇都宮健児氏は都民にこう訴える。

 

 

「新型コロナによって自粛や休業になっているが、ぜひ都民のみなさんには(今回の都知事選が)重大な選挙であり、皆さん方の毎日の生活、雇用、命や健康がかかった選挙です。こういう時だからこそ投票所に足を運んで投票率を上げてほしいと思います。日本の民主主義が問われる選挙なのです。」

 

もし低投票率だとすれば、それは都政を都民に取り戻そうとする意志ある有権者にとっては、むしろチャンスでもある。1票の価値が大きくなるからだ。少し行動(=投票)を起こすだけで都知事=都政に変革をもたらすことができるのだから・・・

 

ちなみに、同じ新型コロナ禍の下、4月に行われた韓国の選挙投票率66%だった。「工夫をすれば都民の関心を広げて投票率を上げていく運動ができるのではないか」。宇都宮氏は、そう語った。

 

 

兵庫県知事は、吉村大阪府知事の緊急事態宣言「解除」に向けた姿勢を「前のめり」と警鐘を鳴らした。筆者も同感である。なぜなら、休業要請を解除された店舗や中小企業が“宙ぶらりん”の地獄に陥るリスクが大きいからだ。

 

 

緊急事態宣言が解除されたからといって、すぐにお客がコロナ以前のように戻るわけではないし、「新しい生活様式」という縛りが課せられ、“半自粛の状態”に変わりはない。おまけに大阪経済が依存度を高めていたインバウンド(外国人観光客)需要は年単位で望めない。

 

休業要請を解除するということは、休業「補償」も中止または大幅削減となることと裏表の関係になる。経営環境の厳しさが続くなかで、「補償」が消えるとなれば、嵐の海に放り出されるも同然ではないだろうか。

 

吉村知事の主眼は大阪経済の復活にあるにせよ、裏の意図は、休業補償をカットして大阪府の財政負担を軽減する点にあるようだ。目先は都構想の住民投票大阪IR(カジノ)、その先の大阪万博など大規模プロジェクトが控えるので余計な財政出費はしたくないのだ。

 

ここには、大阪維新が橋下知事当時から一貫して強力に推進しいてきた冷酷な「コストカッター」のDNAが受け継がれていると言える。

 

休業補償の大幅カットで、中小店舗を切り捨てる吉村知事と安倍総理

 

吉村大阪府知事と同様の動きが、国政レベルでも見られる。安倍総理は吉村知事と歩調を合わせるかのように、全国レベルでの緊急事態宣言解除の“前のめり”になっている。

 

 

5月21日、新型コロナウイルス感染症対策本部を開き、14日に解除した39県に次いで、京都、大阪、兵庫の関西3府県の緊急事態宣言を解除した。そして安倍総理25日にも感染状況などを評価し、31日の期限を待たずに全面解除する方針を明らかにした。

 

この「25日」は、重要な意味を持つ。

 

安倍総理が第2次補正予算案について、27日をメドに閣議決定し、今国会中の成立を目指す意思を示しているからだ。第2次補正を決定する前に、「解除」しておけば、休業補償など新型コロナ関連予算をかなりの程度カットできる。これまでの安倍官邸の姿勢を見るにつけ、とんかく国民個人や中小業者にはカネ(税金)を使いたくないというホンネがありありなのだ。

 

ケチケチ安倍の面目躍如といった感があるが、現実には大阪同様に“宙ぶらりん”に置かれる中小の店舗や企業は、PCR検査拒否患者のように“見殺し”にされるのは必至の情勢となろう。

 

新型コロナ禍の第一波が落ち着きを見せ始めたせいか、ポストコロナの社会・経済・政治に関しての見方が聞かれるようになっている。ここでは、「何が変わるか」ではなく、ポストコロナの日本が「どう変わるべきか」について考えてみた。

 

その結果、ポストコロナの日本にとって最大の課題は「安全保障(概念と体制)」の抜本的な改革を行うことにある、との結論に至った。

 

すなわち、従来、自衛隊を中心にした「防衛」に偏重していた安全保障体制を改め、感染症等への安全保障「防疫」、地球温暖化による異常気象への安全保障「防災」の位置付けを大幅に格上げして、「防疫+防災+防衛」が同格の三本柱へ大転換を図るべき、というのが骨子である。

 

 

短期、中期の視点に立った時、日本国民の生命、財産に与えるリスク被害は、軍事的な危機よりも、今回の新型コロナ禍のような感染症や、巨大化する風水害、巨大地震、火山の噴火といった自然災害の方が遥かに甚大である

 

したがって、ポストコロナの日本は組織・権限、予算、人材の全ての面で、防疫と防災を防衛のレベルまでに引き上げる必要があろう。当然、霞が関の大規模な再編が不可欠となる。一般会計予算大胆な改変も不可避となる。

一昨日、自民党二階幹事長が「所得制限ありの1人10万円」をぶち上げれば

 

翌日には、公明党山口代表が安倍総理に直談判、「連立解消」まで持ち出して「所得制限なしで1人10万円給付」を迫ったそうな

 

新型コロナ対策としての「現金1人10万円給付策」を巡て、こんなニュースを見ていると、さぞ官邸と与党自公との間でとんでもない騒動が起こっているかに思えてくる。メディアでは「閣議決定までした補正予算の組み替えをする異例の大転換」とか・・・、「前代未聞」とか喧しい。

 

だが、筆者は与党の三文役者らによる「茶番か?」「猿芝居か?」と見ている。

 そもそも安倍総理は、当初は「全国民を対象に現金1人20万円給付」を考えていたと言われるが、麻生財務大臣財務省)の抵抗や野党が先手を打って「現金1人10万円給付」を打ち出してしまったので、出鼻を挫かれた節がある。

 

仕方なく、減収世帯向けに「一世帯30万円給付」という策を出したのだが、あちこちから不満が噴出してしまった。安倍総理にとっては、この不満噴出むしろ好都合だったに違いない。ただ、一度閣議決定した政策を中止とするのは至難の業。そこで、どこのだれかが存ぜぬが、上記のような茶番劇🐵芝居)を考え出した、ということらしい。

 

安倍にとって、最優先順位は「選挙(内閣支持率)」であって、実は閣議決定など大して問題ではないのだろう。憲法も自分勝手に解釈改憲しても何処吹く風なのだ。

 

国民のみなさんはもらうカネは貰って、、こんな猿芝居に騙されてはいけない

 

 

安倍官邸は新型コロナ対策として7都府県に発令していた「緊急事態宣言」の対象地域を全国に拡大する方針を固めたそうだ。

 

むしろ遅きに失したくらいで、それ自体はいいのだが、問題は「緊急事態宣言」の対象とする以上は、自由業やフリーランスに対する「減収補償」、中小零細企業・店舗への「休業補償」をセットとして実施する必要がある。

 

すでに実施されている7都府県での不手際を教訓として、安倍総理は正式発表と同時に、こうした「補償セット」を明確に打ち出すべきである。