安倍政権が「教育勅語」について閣議決定を行ったことを受けて、学校教育での「教育勅語」の扱い方に関心が集まっている。特に、教科化になる道徳の授業でどう扱われるかは、今後の学校教育に多大な影響を与えると予想される。
そこで、戦後教育の原点に立ち返って、国権の最高機関=国会(内閣ではない)が示した、現行・日本国憲法下での「教育勅語」に関する国会決議「第002回国会 本会議 第51号 昭和二十三年六月十九日(土曜日) 午前十時十九分開議」を、ご紹介しよう。
かなり長めですので、読みやすくするため、多少の編集を加えてあります。
議長(松平恒雄君) 日程第ニ、教育勅語等の失効確認に関する決議案(田中耕太郎君外二十五名発議、)(委員会審査省略要求事件)、本件は発議者田中耕太郎君外二十五名の要求通り、委員会の審査を省略し、直ちに本案の審議に入ることに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
議長(松平恒雄君) 御異議ないと認めます。よつてこれより発議者に対し趣旨説明の発言を許します。田中耕太郎君。
〔田中耕太郎君登壇、拍手〕
田中耕太郎君 只今上程になりましたところの、教育勅語等の失効確認に関する決議案につきまして、発議者の一人として提案の理由を御説明申上げます。
文教委員におきましては、数次の会合を開きまして、この問題につきまして十分論議を盡し、檢討を重ねました結果、各派共同して本決議案を提出いたしますことに意見の一致を見ましたのであります。先ず案文を朗読いたします。
教育勅語等の失効確認に関する決議案(田中耕太郎)
われらは、さきに日本國憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが國家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に拂拭し、眞理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。
しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかりわれらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。
われらはここに、教育の眞の権威の確立と國民道徳の振興のために、全國民が一致して教育基本法の明示する新教育理念の普及徹底に努力を致すべきことを期する。
右決議する。
諸君におかれましては、我々が今日かような決議をする必要がどこにあるかとの疑いを懐かれる向もあり得ると存じますので、先ずこの点につきまして御説明を申上げます。
教育勅語は申すまでもなく、久しきに亘りまして、わが國の教育の唯一最高の指導原理としての國民の教育上最も重要なる役割をつとめて参りました。それは各個の徳目の内容は別といたしまして、主催者の訓示の形式を取つております結果といたしまして、天皇の神格化と相俟つて、往々極端な國家主義的に解釈されていたのであります。併し宗教と良心の自由が完全に保障せられました新憲法の下におきまして、教育勅語がその他の詔勅と共に、かような指導者原理としての性格を維持してならないことは当然の事理といわなければなりません。
そもそも教育勅語を如何に措置すべきかということにつきましては、終戰後間もなく政府部内、米國教育使節團、教育刷新委員会、貴衆両院及び一般言論界におきまして眞劍に檢討論議せられたところであります。
文部省におきましては、先ず、昭和二十一年三月「國民学校施行規則」の中から、儀式の場合に勅語を奉読すべしとの項目を削除いたしました。又中等程度の学校に関する規定の中から、「教育は教育勅語の趣旨に則れ」という項目を削除いたしました。その次は昭和二十一年十月八日の文部次官通牒でございます。これは直轄学校長、公私立大学高等専門学校長及び地方長官に宛たるものでございまして、その表題は「勅語及び詔書等の取扱について」となつております。
それは三つの点、即ち第一に、教育勅語を以つて我が國教育の唯一の淵源を廣く古今東西の倫理、哲学、宗教等にも求めなければならない態度を採るべきこと、二、式日等において、今後はこれを読まないこと、三、勅語及び詔書の謄本等を神格化して取扱つてはならないということを明示いたしました。
併しながら教育勅語等の、教育の最高指導原理としての性格を明瞭に否定いたしましたのは、申すまでもなく新憲法及びその精神に則りましたところの、昭和二十二年三月三十一日、法律第二十五号の教育基本法であります。
特にこの教育基本法は、従来の我が國家、我が民族中心の教育理念に代りますのに、眞理と平和とを希求する人間の育成という理念を以ていたしたのであります。この教育基本法の前文と、第一條及び、第二條は、御承知のように、従来の法律の例を破りまして、哲学的、倫理学的な教育の理念を掲げておるのでございまして、外國にもその類例を見ないところと存じます。この点は議会におきまして、法案審議に際しまして問題になりました。つまり法律が哲学的、倫理的、宗教的、そういうような方面のことを規定すること自体が議会で問題になつたのであります。併しかかる異例は教育勅語に代る新教育理念をしめすため止むを得ない措置であつたのでございます。
更に教育基本法と同時に制定せられました学校教育法は、第九十四條で以て國民学校令から大学令に至るまでの各種の学校を廃止することを規定いたしました。その結果として、従来の或いは皇國の道に則る教育、或いは國家中心の教育理念に関するさような内容を持つておる法令の規定も廃止せられるに至つたのであります。
かような経過から見まして、終戰後取られましたところの相当周到な立法的並びに行政的措置によりまして、教育勅語はその他の詔勅と共に廃止せられてその効力を失い、倫理道に関する一つの過去の文書、歴史的文献に過ぎないものとなりまして、日本教育の最高原理としての性格を失うことに至つたものと認められるのであります。
要しまするに、終戰以来我が國家としましては、特に政府や立法府は、以上御説明申上げましたように、この問題を眞劍に取上げ、愼重に、併し相当大胆に考え且つ処理して参つたものでございます。それには多少の足らざるところはあつたにしても、我が國家としては怠慢ではなかつたと申すことができるのであります。
併しながらかような立法的行政的措置が今日まで採られて参つたのに拘わらず、この事実を未だ十分認識せず又その意味を完全に理解せず、習慣的に或いは勅語をまだ神格化して観念したり、それが従来のような我が教育の最高指導原理としての性格を、今日尚持つておるかのように考える者も絶無とは申されないのであります。
併し若しそうであるといたしまするならば、ポツダム宣言を忠実に且つ完全に履行することを誓つた我々といたしまして、この際改めて教育勅語等が効力を失つておる事実を明確にすると共に、それらの謄本を回収し、以て國民の思想の中に神がかり的な國家観や、極端な國家主義的理念の最後の一滴も一掃する必要がないとは言えません。併しながら我々は教育刷新の、かような消極的方面だけで以て甘んじないで、積極的に教育基本法の明示する民主主義的、平和主義的な新教育理念の普及徹底に全力を傾注すべきことは申すまでもないことであります。これ我々が本決議をなすことを必要と考えましたゆえんでございます。
尚ここにご注意をお願いいたしたい点がございます。それは本決議案が教育勅語等の失効を確認する性質のもので、教育勅語等が今始めて廃止せられたり、或いは排除せられたりするものでないという法理上の問題でございまして、我々の考えによりますると、教育勅語等は新憲法第九十八條第一項の中に規定していますところの憲法の條規違反の詔勅として無効となるものではございません。憲法の右の條項、即ち「この憲法は、國の最高法規であつてその條規に反する法律、命令、詔勅及び國務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」 これが問題になつて参るのであります。憲法のこの條項は法規相互の関係を規律しておるのでございまして、それは今尚形式的に効力を持つていまする法令詔勅について適用されるのであります。
教育勅語等につきまして、前に申し上げました通り、教育勅語を援用し、その他皇國の道に則る教育理念を示しておりました諸学校令がすでに廃止せられておりますから、教育勅語等は道徳訓に関する過去の文献に過ぎないものとなり、法規や國務に関する行爲ではなく、從つて憲法の右條項とは全く関係がなくなつてしまつておるのであります。勅語と新憲法との間の関係が存し得ないようにすでになつておりますことは、教育基本法や学校教育法は新憲法実施前に、即ち昭和二十二年三月三十一日から施行せられておりまして、その結果として、前に申上げましたように、それらの施行と同時に、勅語又はその精神を援用しておりました諸学校令中の規定は廃止せられ、それらの規定の中身になつておりましたところの勅語は法の内容ではなくなりまして、單に道徳訓になつてしまつたということが明瞭でございます。
若し今日道徳訓である勅語の憲法上の効力を論ずるとしまするならば、それは論語やバイブルが憲法違反で無効であるかどうかということを云々すると同じく意味を成さないことになるのであります。かような理由からいたしまして、本決議案は勅語と憲法第九十八條第一項との関係に言及しなかつたのでございます。
以上申上げましたところの教育勅語の性格の問題は、要しまするのに、教育基本法に関する知識が普及し、その精神が徹底することによりまして、一層明瞭になるのでございます。我々は今後の教育におきまして、一層新憲法及び教育基本法の理念の普及徹底に、全力を挙げて努めなければならない責任を痛感するのであります。
以上の理由を以ちまして、我々は本決議案を提出することにいたしました。案文が甚だ簡單で、意を盡さない憾みがないではございませんが、以上申上げました趣旨をお酌取りの上、御賛成あらんことを切望します次第であります(拍手)
議長(松平恒雄君) 別に発言もなければ、これより本案の採決をいたします。本決議案に賛成の諸君の起立を請います。
〔起立者多数〕
議長(松平恒雄君) 過半数と認めます。よつて本決議案は可決せられました。只今の決議に対し文部大臣より発言を求められました。森戸文部大臣。
國務大臣森戸辰男君登壇
國務大臣(森戸辰男君) 只今本院の御採択になりました教育勅語等の失効確認に関する決議に対し、私は、文教の責任者として深甚の敬意と賛意を表すると共に、一言所見を申述べたいのでございます。
敗戰後の新日本は、國民教育の指導理念として、民主主義と平和主義とを高く掲げましたが、それと共に教育勅語その他の詔勅に対しましても、教育上の指導原理たる性格を否定したのであります。このことは新憲法の制定、それに基く教育基本法並びに学校教育法の制定によりまして、法制上にも明確化されたのであります。本院がこの度の決議によつて、改めてこの事実を確認闡明(せんめい)されましたことでありまして、誠に御尤もなことと存ずるのであります。この際私はこの問題に関しまして、文部省の採つて来た措置と、本決議に含まれた要請に処する決意とを申上げたいと存ずるのでございます。
詔勅中最も重大な教育勅語について申しますれば、すでに提案者のご趣旨にあつたように終戰の翌年、即ち昭和二十一年の三月四日、文部省は省令を以て國民学校令施行規則及び青年師範学校規則等の一部を停止し、修身が教育勅語の趣旨に基いて行わるべきことと定めた部分を無効といたしました。
次いで同二十一年十月九日文部省令を以て國民学校令施行規則の一部を改正いたし、式日の行事中、君が代合唱、御眞影奉拜、教育勅語奉読に関する規定を削除いたしたのであります。この行政処置によりまして、教育勅語は教育の指導原理としての特殊な法的効力を喪失いたしたのであります。
昭和二十一年の十一月三日新憲法が公布され、それに基いて翌二十二年三月教育基本法が制定されることになりましたが、その前文におきまして、この法律が日本國憲法の精神に則り、教育の目的を明示し、新らしい日本の教育を確立するためのものであることを宣言いたし、教育上指導原理がこれに移つたことを明らかにいたしました。それと同時に國民学校令以下十六の勅令及び法律が廃止いたされました。
これらの立法処置によりまして、新教育の法的根拠が教育基本法及び学校基本法にあることが積極的に明らかにされておるのであります。更に思想的に見ましても、教育勅語は明治憲法と思想的背景を同じくするものでありますから、その基調において新憲法の精神と合致いたし難いもののあることは明らかであります。教育勅語は明治憲法と運命を共にすべきものであります。
かような見地から、昭和二十一年十月八日以後、文部省は次官通牒を以て勅語詔書を過去の文献として取扱い、かりそめにもそれらを神格化することのないよう注意を喚起いたしたのであります。かようにして教育勅語は教育上の指導原理としては、法制上は勿論、行政上にも、思想上にも、その効力を喪失いたしておるのでありますが、その謄本は学校で保管されることになつております。
ところがこの点につきましては、永年の慣習から誤解を残す虞れもあり、又將来濫用される危險も全然ないとは申されません。それで今回の御決議に基いて、文部省より配付いたしました教育勅語の謄本は速かにこれを文部省に回収いたし、他決の詔勅等も決議の御趣旨に副うて然るべく措置せしめる所存であります。かくいたしまして、眞理と平和とを希求する人間を育成する民主主義教育理念を堅く採ることによつて、教育の革新と振興とを図り、以て本会議の御精神の実現に万全を期したいと存じておる次第であります。(拍手)
以上。