開設272日目。



気がついたら禁パチ継続270日を越えていました。





一日一日、賭けない一日を過ごす事で『禁パチ9ヶ月達成!!』です。







\(≧▽≦)丿♪









このブログを始めたのは肌寒い初冬でした。





冬、春と巡って、夏が終わり、秋を迎えようとしています。







パチンコに行かない初めての秋。



すこしでも満喫できるといいなぁなんて思う次第であります。










さて、今日のサブタイトル『変態』。





…もとい『変遷』。








このブログを書き始めて9ヶ月になります。



自分の中で感情や行動に様々な変遷があった事を実感しています。



まずパチンコに対して…

最初の頃はただだだパチンコを辞めようと必死でした。



パチンコしたい気持ちを押さえる事に終始していました。





それが、禁パチ日数を重ねるにつれ、パチンコしたい気持ちは徐々に薄れていきました。



今ではパチンコに行くと言う選択肢は私の中ではほとんどありません。





日数によりパチ毒が薄れると同時に、パチなんかつまらない物・意味のない物・大嫌いな物と必死に刷り込み続けた結果だと思っています。





しかし、悲しいかな『ギャンブル依存症』。



なんだかんだ言っても、突発的にやりたくなってしまうのも事実です(-_-;)。







次に考え…





禁パチ・ブログを続け色々と考える機会を得ました。



なぜパチンコに嵌まってしまったのか?から始まり…





現実逃避していた事。





消えない自己嫌悪感。





人間関係や社会構造。







借金について。





境界性障害に共依存…などなど。







モヤモヤしていた事、または、目を背けてきた現実などに向き合う事により、自身の問題点をほじくり出す作業に没頭しました。




その結果見えてきたのは、未来へ対する大いなる夢や希望ではありません。



むしろ、絶望であり将来への不安です。


なぜなら…


わたしは多くの時間をギャンブルに費やしてきました。

自分の社会的なスキルをあげることもなければ、大切ななはずの人達をないがしろにして生きてきました。


周りを見渡せば、同級生たちはきちんと仕事をして家庭を守り、自分の人生・家族の人生に対して真摯に一生懸命生きています。

「今度ガキが中学生でさぁ、住宅ローンとかもあって大変だよ(苦笑)」

なんて愚痴っていても、その目はキラキラと輝いています。



みんなきちんとアラフォーオヤジとして頑張っていきているのです。


それに比べて私自身は、のらりくらりといい加減に生きてきたせいで、大切な何かをドブに捨ててきてしまったのだと強く感じるのです。



もう間に合わない…

もう取り返せない…

と気が付かざるを得なかったのです。



悲しい現実に初めて向き合い、呆然と立ち尽くす以外にないのです。




しかしそんな絶望の中でも、決して悲観はしていないのです。


なぜなら、『あきらめてしまった』から。


ありのままの自分を受け入れることができたからなのです。


今からどう頑張っても、裕福な暮らしとか豪華な家とか高級車とか20そこそこの若い嫁さんwとかはおそらく手に入れる事はできないでしょう。


もう今は、妄想レベルの夢は見る事はありません。

なりたい自分と現実の自分とのギャップに苦しめられる事はありません。


今できる事。

今やるべき事。


今できる最大の楽しみを楽しむ事。



それが幸せなんだって感じるのです。



それを気が付かせてくれたのは、皆さんとのつながりを持てたからこそです。


ギャンブル依存症や借金などのブログからたくさんの事を学ばせて頂きました。


身の丈にあった生活をする。

当たり前のことができなかった私にとって、これは大きな変化なのです。



ありがとうございますm(_ _)m







充実した毎日を過ごそう。


今日もパチンコは絶対にしない。



ひとつ書き足したいことがあります。



事件を引き起こしてしまった母親は、おそらく『ギャンブル依存症』であることはいうまでもありません。



生き物にとって、もっとも優先されるはずの母性本能よりも『パチンコしたい』と言う欲求が優先されたのです。




どう考えても異常です。




この不幸な出来事は生きることよりパチンコが優先された結果なのです。




なぜでしょうか?



それは、『ギャンブル依存症』という病気だからです。





病気だからと言って、許されるって話をしたい訳ではありません。





生きること、愛すること、人間としてやるべきこと・・・


それらよりもギャンブルが大事だと思い込んでいるのです。


また、やめたいって思っていても、身体が勝手にパチ屋に向かってしまうのです。






(ヒンシュク物ですが)もしかしたら今母親は、きつい取調べや現場検証で、大きな悔恨と遺憾の念、先々の不安で多大なストレスを抱え込み、頭の中ではそれらから逃れようと現実逃避で妄想し始め・・・





「パチンコして忘れちゃいたいなぁ・・・」





なんてつぶやいてるかも知れません。





これ、おおげさではなくありえると私は思っています。



現実と向き合わずに逃げたのがギャンブル。。


その快楽に支配されてしまった脳味噌は、いつでもどんな状況に置かれようとも、現実逃避の手段としてギャンブル(依存対象)を選択してしまうのです。




この怖さ、わかりますよね?



この母親が悪くないなんて言いません。



しかし、病気がそうさせているのは間違いなく現実です。




病気だからこそ、治さなければいけないのです。


治療が必要なのです。


克服していかなければならないのです。





ギャンブルなんかで、自分も大切な人も、苦しめてはならないのです。




うまくいえませんが、みんながんばろう!!




すいませんm(_ _ )m





充実した毎日を過ごそう。


今日もパチンコは絶対にしない。

前の記事、毎年のように起こる『パチ屋駐車場での乳幼児の車中置き去り死亡事件』。


今、留置場で母親は何を思っているでしょうか?


そして、彼女の家族は何を思っているでしょうか?


どうぞ想像してみてください。




ほんの3時間。


たった3時間が、彼女と彼女をとりまくすべての人々の人生を変えてしまいました。


『パチンコしたい』




ただその欲望に支配されてしまった彼女は、ちょっとだけなら大丈夫だろうと、大事な息子を車に残してパチンコに興じました。


勝ったのか負けたのか…


3時間もたって車に戻ると、グッタリとしている我が息子。



この時ほど時間が戻ってくれたらと、彼女は望んだに違いありません。


頭の中は、後悔と自戒と…


いや、もしかしたら…


言い訳を考えていたかも知れません。


スーパーで買い物が…とか。

友人とファミレスで…とか。


ご主人に怒られるのヤダとか…
そんな事が頭を巡っていたかも知れません。



しかし、目の前にあるあまりにも酷い現実は、現実逃避すら許しません。




たった3時間のパチンコが…


ほんの少しのストレス解消のはずが…



あのとき確変引かなかったら…とか


一万円呑まれたときに止めていたら…とか



どんなに後悔したところで、もうすでに起ってしまった事は変えられません。





もうなにひとつとして彼女を肯定できる要素はなく、ただひたすら苦しみ・憎しみ・悲しみにさらされるしかないのです。





前に書きましたが、『僕らは彼女を責めることはできない』のです。




子を失う結果までは酷くなかったにせよ・・・


人の運命を狂わせてしまうほどのアクシデントにはならなかったにせよ・・・



僕らがギャンブルに興じている間、やるべきことを放棄し、人に自分に、不利益をもたらしてきているのです。





僕らはたまたま運?よく、酷いことにならなかっただけなのです。




ちょっとだけ・・・ではいったパチ屋。



パチ屋の駐車場で置き引きにあうとか、スーパーで買ったお肉が腐っちゃったとか・・・


この程度で助かっただけの話で、彼女と僕ら『ギャンブル依存症者』にはなんら差はないのです。






このブログを訪れてくださる皆さん。



どうぞ想像してみて下さいm(_ _ )m




取り返しのつかない事になってしまった彼女のことを。


彼女を愛してくれていた家族の感情を。


暑い車内で母親を待ち・・・



つらいですね。。。。






僕らだけじゃない、大切なひとのために、




想像してみて下さい。











充実した毎日を過ごそう。


今日もパチンコはぜったいにしない。