こんばんは。

ラマトの森 山本陽子です。

 

今日はうちの息子のマスク、

その後のご報告。

 

 

 

中2の息子、マスクがイヤで

においや息苦しさから、

昼食ボイコットを1年してきました。

 

可能なときは外しながら、

でも集団生活では完全に外すことはできず、

彼自身もマスクについて先生に頼むことは

主張してこなかったのですが、

 

それがあるきっかけから

先生にマスクを外したいという僕の意見を、親からも言ってほしいと頼まれて

先生にお手紙を書いて意見を伝えました。

 

 

 

その後のお話です。

 

 

手紙を読んだ先生から

後日、直接お電話をいただきました。

 

私の手紙を読んでくださって、

先生の個人的な意見や、

学校としての方針などを話してくださいました。

 

端的に言うと、

 

発言をする時にはマスクが必要。

発言のない時は外すことはできると思う。

という内容でした。

 

正直、

私の認識とは全く見ているものが違うのですが、

その認識の違いを議論するのは

対立を生むなと感じたので

この電話ではその旨は口にしませんでした。

 

(手紙にはマスクのメリットとデメリットを

よく認識してほしいという類の意見をやわらかめに書きました。)

 

 

先生個人的には、

そろそろマスクについては外す方向で

議論されるべきと考えていると

おっしゃっていました。

 

 

そして、息子自身と、

「直接話をする機会を持たせてもらっていいですか?」と

言われたので、

 

「もちろんです。

彼の意見を聞いてやってください。」と

お願いしました。

 

 

 

息子の望みは

校内自分ひとりであってもマスクを外して生活すること、です。

 

ネットの情報などでは、

 

行政文書不開示決定通知書などを取得し、

教育委員会に申し入れをして、

ノーマスクで生活することを学校に宣言をする、

という方法もあるようです。

 

 

いざという時の、

最後の手段としては考えてもみましたが、

今はまだそこには手をだしていません。

 

なんというか、

私個人的には、この方法はピンとこなかった。

私は苦手な方法で、できれば避けたい方法だと感じたから。

 

 

強いやり方で、隙間をぬって、

ある意味正当なやり方なんだとは思いますが、

エネルギーの消費がすさまじい。

どうがんばっても嫌な感覚が残る気がして…。

 

 

なので、できることなら、

エネルギーのぶつかり合い少なく

息子の願いが達成されるといいな…と思っています。

 

 

 

後日、

先生と直接話をした息子いはく、

 

「自分は校内ひとりでもマスクを外して生活したい。」

「一日中マスクを外して生活したいこと。」

を先生に伝えたそうです。

 

 

そして、

授業中の発言のない時のマスクを外すことは

先生の許可で、許してもらえることになったと。

 

でも、一日中マスクを外すということになると、

管理職など上の先生方との話し合いがいるため

少し待ってと言われたとのこと。

 

 

そして、

息子がマスクを授業中に外していることについて

クラスのみんなに伝えた方がいいか、伝えなくてもいいかも聞いてくださったとのこと。

 

 

 


 

ありがたい。

 

 

 

 

ちゃんと、動いてくださっているのが

本当にありがたいです。

 

 

 

 

なるべくなら戦わずして

意見を伝えあって、

互いの妥協案を探していきたいと

思っていたので、今の所は、万々歳。

 

 

 

 

もう一息、

管理職の先生方との話し合いの結果が

どうなるか、そこに注目しておきます。

 

沈黙ならマスク外して良い。だと、

息子の発言減りますよね…必然的に。

かなりいろんな発言するのが取り柄な方なので…

できればお願いしたいところ。


いくつか資料でもお渡ししてみようかな…。


 

 

 

 

私はイメージの力も使って。

 

息子にとって、

良き結果となりますように。

 

そして、クラスや学校にとっても

結果、良きこととなりますように。

 

 

 

 

今また

数が増えているとかなんとか言われてますが


寒くなってきたし

 

自己免疫上げていけるよう

 

よく寝て

首と名のつくところあっためて

旬のものを美味しくいただいて

良いお水を飲んで

楽しく笑って

過ごしていきましょう!!

 

 

 

では☆

こんばんは。

ラマトの森 山本陽子です。



私は岡山県岡山市在住なのですが、

同じく岡山市在住の妹から

コンポストがもらえるよー!!と情報もらって

本日、ホームセンタータイムでもらってきましたよ!!



名前、住所、電話番号、

どこでこのサービスを知ったか

だけ記入していただけました。





何年も前から実施されていたサービスのようなのですが、途中中止してたのかな…

また再開されたよう。



わが家の子どもたち、

月に一度、エディブルスクールという活動に参加していて、コンポストも使ってるみたいだし、土のこと、細菌のことなども学びながら、年間通して野菜の栽培や収穫などしてるんですね。


なので、家でもコンポストに挑戦したかったんだけど、なかなかわたしの重い腰があがりませんでした。


でも、教えてもらったこのサービス。



無料でダンボールの箱と、土がいただけて、

熟成させて作ったものは、またタイムに持っていけば500円の買い物に使える金券がいただけるそうですよ。




これって、自分のうちで使いたい場合はどうなんだろう…

それは自分でしなさいかね笑い泣き



こういう取組みはありがたいですね。


ゴミの焼却が大変なのかな…??

生ゴミが焼却時の足を引っ張るみたいな話は

聞いたことがあります。


市町村によっては、生ごみだけ別で集めたりしている所もあるそうですよ。




ゴミの分別、

そして、循環できるものは循環していくこと。


大切ですねー。


そうなってくると、捨てるところが少なくてすむように、考えて買い物したり、考えて使ったり。


ゴミも、回収してくれてる資源ゴミは分けて回収に出すとかね。


個人的には、

もう少し包装が少なくてもいいと思うけどー。




地球にやさしい生活を、

少しずつでも

自分のできることからしていきたいですね。




これから土入れたり、

生ゴミ入れたりして

育てていきますー照れ




おはようございます。

ラマトの森 山本陽子です。



動物って

エネルギーを如実に感じてるんだなーと

思わせてもらえることがありましたびっくり



うちには3人の

中学生小学生の子どもたちと

2匹の猫とがいます。


あと、夫とわたし。





猫ちゃんたちは、

いつも誰かのベットの足元で寝てるんだけど、

夫と長男の所では寝ないことだけは決まっていました。


何が原因かはわからないけど、

ふたりの所では寝ない。


普段リビングなどでくつろいでいる時も、

2人のところにはあまり行かない。




何でだろう…

と思ってはいたけど、


わたしが当人ではないから、

まぁそんなもんなんだなーくらいに思って

特に意識はしてなかったんです。



でも、先日から急に

長男の所に猫ちゃんたちが行くようになったんです。急に。


寝る時にも彼のところに行ったり、

リビングでくつろいでる時にも、寄っていく。



ほんとに

線を引いたように、急に。





タイミングを振り返ってみてみると、

何と!!


先日ブログにも書いたけど、

マスクのことについて息子と話を重ねて、

先生へのアクションを起こした日からなんですびっくり!


https://ameblo.jp/ithanks4everyone/entry-12772287525.html



そんなことある!?ほんと!?

と自分でも思いながらも、

ぴったりその時からなもんで、


彼にとって、そのくらい大きな大きなことだったんだと、胸にグッとくるものがあります。



何かが大きく変わったんだな…


何か溜まっていたものが

流れたのかな…


少しは安心できたのかな…






それを猫ちゃんたちが教えてくれたピンクハート


ありがとうーー笑い泣きラブ





喜んでたのはわかってたけど、

君たちが教えてくれないと、

エネルギー自体がそんなに変わったってこと

私キャッチできてなかった。




ベストが起きてると信じながら、

何ができるか、いろんな筋道を考えながら

準備をしていこう。


先生へのお手紙も、

もう少し良い方法あったかも…と思う部分もあったから。


息子とまた相談しながら、

より良い方法を選択していこうラブラブ










こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。

 

 

私は予防接種について

あまり肯定的な立場ではないです。

 

でも、予防接種をする人にたいして

攻撃したいとは思わない。


結構、怒りのエネルギーが乗っかった投稿を

至る所で見るから、ちょっと書いてみることにした。



 

わたしも以前は、

意見の異なる予防接種を推進する方々に対して

どうしてわからないんだろう…みたいな気持ちだったけど、

だんだんと、分からないからこそ

どちらの立場も理解したいと思って、


自分をゼロにして両面の意見などをとことん見てみることにした。


そうしたら、どちらの立場も、わからないことはない…みたいな感覚になった。

 

流れてるエネルギーってあって

その意見を形成している人たちのエネルギーってある。

 

その人たちのエネルギーも移しながら

そういう意見や論文なんかを見ていると

なんかわかる…となってしまう自分がいる。

 

 

でも、そこから抜け出して

「わたし」に戻ると、

やっぱり、私はあまり肯定的にはなれないなーー

となる。

 

だから、個人の意見としては

しなくていいんじゃないかな。になる。

 

 

でも、絶対おかしいだろ!!とは思わなくて。

この辺りは、ちょっと説明難しいのだけど、

理論的に考えていくと絶対おかしいと言いたくなる部分もあるんだけど、

エネルギーをうつして、相手のフィールドで感じてみると…っていうのが加わるからという話。

 

だから、反対の意見の人を

攻撃する投稿などを見ると、

 

がっかりするし、

寂しくなるし、

それじゃあ、何もいい方にいかないのに…と感じる。

 

 

それぞれの正義があるし、

 

そこには、

その時のその人の感覚で選んだ真実がある。

 

もしかしたら、

あなたと関わった、その1分後に、

意見を変えるかもしれないし。

 

逆に、意見を変えようかなと何となく思っていても

攻撃されたことで、

いや、そんなこと言われる筋合いないわ!と防御して自分の意見を保持するかもしれない。

 

 

なんにしても、

攻撃することは何も生み出さない。

 

 

コロナの予防接種、

私の周りでは、案外、2回目まで打ったけど

3回目からはやめた。という人がいる。

 

この方たちは、きっと感覚でなにかしら感じて、

自分の中で全信頼を寄せていたものが崩れたり、

違和感とともに勇気をもって今までと違う道を選ぶことを選択した。

 

ある意味、見方を変えると、

私は一度も打ってないから治験には協力もしてないけど

(打たない検体という意味では協力してるのかもだけど…)

予防接種を打った人たちは、

その治験に協力した方々であり、

 

理論で予想するしかなかったことに

実際の数値を出すための、その数を出すために動いてくれた人たち。

 

そう見てみたら、

感謝してみてもいいのかもしれない。

 

 

未来なんてだれもしらなくて。


完全な喜びで接種した人が

どのくらいいただろう??


 

でも、何かお役に立てるならっていう

日本人の持つ、良い意味の犠牲心のようなものが

出た部分でもあるのかもしれないなって。

 

もちろん、それが悪い部分だっていう指摘もあてはまる。

 

うちの母親は、

私が理論的に説明してみて、

「私は打たないし、あなたにもやめてほしい。」

と伝えたときに、

「もし自分に不利益になるのだとしても、政府が打てというなら私は打つ。」

と答えた。

 

それを聞いたとき、もう伝えるのはやめようと、

諦めもあるけど、何というか、

尊重するべき何か強いものを感じて意見することをやめた。

 

でも彼女もおそらく2回目でやめていて。

(それ以来伝えても聞いてもないのでわからないけど、たぶん。)

 



 

自分の意見を伝えること。

それは大切。

 

 

でも、それは戦うためではない。

 

 

戦うと何も残らない。

 




おそらくどちらの立場も必要で。

 

予防接種が必要な人だっているはずで。

コロナにかかると重症化リスクが大きい方とか。

 

そのあたりを

本当に真摯に、相手の立場も尊重しつつ

対話できるようにならないと

どっちかが勝つ!!みたいな論争だと

何も残らずに、それこそ焼野原になるんじゃないかな。

 

 

 

 

冷静な感覚、頭脳、見通す力、

相手を尊重できる器、

許容できる大きさ、

 

 

そんな人になりたいなー。

 

 

 

 

 

何のトピックにしても、

戦う人が多いから。

正義感もわかるけど、

せっかくなら両方が生き残れる道がいいなと思います。

 

 

よりよくなりたい。

それが総意だと信じてるから。

 

対話をしていきませんか。

 

 

こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。

 

もうすぐ末娘のお誕生日。

彼女と話をしたり、

家族と生まれたころの話をしていて

あ!!と思い出したこと。

 

 

私、娘の出産は、

それはそれは快感で

全くいきむことなく

娘はでてきてくれたんです。

 

 

痛みはありました。

無痛ではない。

陣痛は誰の時も痛かった。

 

 

でも、いきみ逃しをしていたら

もう出るよー。と言われて、

「え?いきむ??」

「いきまんでいい。そのままで」

と言われたまんま、

 

 

ほんぎゃーーーほんぎゃーーーー

 

 

 

おめでとうございますー♡

 

 

エ…??生まれた??

 

 

 

 

みたいな。笑

 

 

 

その当時友人に

「子どももう一回産みたい。

めちゃくちゃ気持ちよかった!!」

と、ずっと言ってました。

 

そのくらい出産が快感だった。

 

オーガズミックバース

そうだったって

今になって気づいた(笑)

 

 

 

何が上ふたりの出産と違ったかは、

とにかくお腹の子と意識を合わすことをしていたこと。

 

キネシオロジーに出会って

自分との対話も増えましたし、

誰かや何かと意識を合わせるということを

するようになっていたので、

 

お腹の中にいた娘ともよく話をしていました。

 

出産時も、

彼女が進もうとするのを

痛みと意識で感じて、

それを最大限手助けするという

そんな意識でずっと過ごしました。

 

 

力む自分に気づけば力を抜いて

 

とにかくお腹の中の娘を感じて

 

完全なる共同作業だったと

思います。

 

 

息が合ったんでしょうね。

 

求めているもの

カラダの変化

動き

それを感じて合わせていく

その心地よさ。

 

 

 

快感って、

出産にしても

夫婦の営みにしても

意識をぴったり合わせることができると

生まれるのだと感じます。

 

少し違う所では、

本当に分かり合える仲の人と

完全にピタリ意識が合ったときには

快感を感じます。

 

肌もなにも触れてもいない状態でも

快感を感じて

共振することはできる。

 

 

それがオーガズムなんだと

私は認識しています。

 

 

娘が生まれてきたときの話。

 

またじっくり家族でする時間が増えそうです。

今中学生の長男は、当時五歳。

自分で志願して、夜中の出産に立ち会いました。

 

見るんだ。見守るんだ。

そんな意志を感じた、あの時の息子の姿。

 

次男はといえばぐっすり夢の中でしたが

じいじと一緒にいてくれて。

じいじはあのころから体調悪くしてたはずだから、

じいじを守ってくれてたんだよね。

 

すごくいろんなことを思い出して

感極まって泣いてばかり。笑

 

 

人の誕生って

奇跡にみちていますね。

 

 

わかちゃん、

生まれてきてくれてありがとう。

いっぱい愛を与えてくれてありがとう。

あなたに会えて、心の底から嬉しいです。

 

お誕生日おめでとう。

 

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2020年の写真♡