長男がマスクを外して生活したいと
先生にご相談させていただいていたのですが、
少し動きがありました。
ここまでの動きはコチラ。
先生からお電話いただいて、
副校長先生と、
(中高一貫校なので、中学校の校長が全体の副校長先生)
担任と、息子と私の4人での面談が設定されました。
私たちとしては、
マスクを常に外した生活がしたいということ。
現在は担任判断で、
会話のない時にはマスクを外すことが許されているけど
常に外して生活するためにどうにかならないかという話合いでした。
現状は、比較的外して生活できているのですが、
息子の希望はずっと外したままの生活をしたい。というもの。
が、結果から言うと、
とても表面的な部分での話でしかなく、
わが校だけが独自の行動をすることは不可能で、
部分的な提案をさせていただくに留まる、という回答。
私が最初お渡しした手紙の中に書いた
息子が昼食を1年以上抜いてきたことを主訴として捉えられ、
マスクのリスクとベネフィットを考えてみてほしいことや
マスクをせずに生活できるように配慮してほしいという部分は
ほぼ取り扱われませんでした。
そこについては無理という回答でした。
その昼食の部分への対応に留まりつづける話合いの中で、
マスクを外した生活がしたいので、
においに敏感という部分に対して
発達障害やアレルギーを持つ人へのマスクへの配慮という記載があることなど
提案してみた所、少し困った顔をされましたが、
今回のお話は昼食が食べられないという訴えによるものなので…と、
わざわざそこに話を戻して、その先へは今回は踏み込まない姿勢を示されました。
ここまでなのかと、ちょっと愕然としました。
とにかく「対処」なんですね。
なんというか、
議会とか国会答弁のようなイメージでした。
質問や主訴についての答弁に徹底するという感じ…。
彼が何を伝えたがっているのか、
本質を見ようとはしていないし
とにかくお困りごとの対処に徹する話でした。
実は、通された部屋は
相談室という名前の部屋で、
なんと、箱庭療法の人形や置物がズラリと並ぶ部屋でした。
こんな部屋もあるんですね…から
始まった面談でしたが、
なんとも皮肉というか。
心の内側を扱うものを持たれていて
その部屋に案内してくださっているのに
実際にしてくださるのは、ただの対処。
心に寄り添おうとはしない。
ひとまずやってみて、
それでも厳しければ、また次の対応を話合いましょう。
そういうスタンスでした。
社会は基本、対応や対処であることは
わたしも理解しています。
でも、だから、みんな病むんだよね。
本当に見なくてはいけないところは
表面ではないでしょう…
特に、今のこの状況は見るところ表面じゃないと思いますが…
基本的に表面への対応をすることが鉄則なのだろうか。
本質の部分が多くの人は見えないんだろうか。
それとも面倒だから線引きしているだけなんだろうか…。
本当にわからないです。
長男が昼食を食べなくなったきっかけは
実際に、マスクをしているときの匂いが耐えられないから。
いろいろ手を尽くしてみたけどダメでした。
だから、今回いただいた提案では、
食後マスクはせずに生活してみて
喋るときにはハンカチで口を覆うなどの対応で、
マスクができるようになればその時にしてみる。
どのくらいの時間経過でマスクができるようになるのかは
やってみないとわからないから、とにかくしてみましょう。
してみてまた何か問題があればその時相談しましょう。
そういう話になりました。
でも、当の本人は、
「食事を取りたくない。
別に食べなくていいのに、何で?」
先生の前でもそう言うんです。
「慣れてしまったんでしょう、少しずつ戻していきましょう。
成長期だし、やっぱり食べてカラダがつくられるからね。」
そう先生はおっしゃるけど、
彼ともずっと対話してきての今なのに。
そんな簡単に行くなら大歓迎。
子どもはいろいろ感じて、見てるんだよね…。
大人の対応、
矛盾が溢れるほどある社会。
矛盾を矛盾のままに包括する力も
もちろん必要かもしれませんが、
今はちょっと度を越しているなと私は感じています。
大人は適当にしているからいいでしょうけど
子どもたちはどうなるんでしょう。
指示されて、従う身の子どもたちは、どうしたらいいの?
疑い合って、注意し合って、恐れからの選択を
2年も3年も続けてる。
うちの子は少数派なのかな…
多くの子は特に嫌でも心地悪くもなく
適応していってるのかな…
それはそれで危険な感じはするけど…。
子どもの3年ってどんなに大きいか。
中学生って、子どもから大人への3年ですよね。
このまま意識が固まっていくかと思うと、
この子達が大人になった時って
どんな世界になっていくんだろう…。
こどもは指示されてるから仕方ないとはいえ、
大人が疑問に思っても動かない。
どうせ仕方ないからと、不満を抱えながらも従う。
お上を気にしながら過ごす。
これは、私も含めてだから、大きなこと言えないけど
文句を言いながらも何も行動しない。
自分は適当にしながらも子どもたちには強いる。
そいういう大人をみて子どもってどう思うんだろう。
そんな大人をみて
大人になりたいって思うんだろうか。
将来を楽しみにできるんだろうか。
反骨精神の大きな子は
大人を馬鹿にしながら
しっかり学んで成長するのかもしれないけど。
うちの息子が昼は食べないっていう選択をしていることへの
意地をすごく感じるんです…。
口では
「食べたくないんよ。メンドクサイ。」
そういうだけだけど、
どこかに、絶対に食べてやらない!
みたいな強い意地を感じて…
彼なりの抵抗に感じて…
だからどうにかしてやりたい。
体を呈して表現している彼を
フォローしていきたい。
ポロッと
「そんなに恐怖なら
俺はもうしゃべらなくていいけどな。
そうしたらマスクしなくていいんだろ。
でもそれなら学校いく意味もなくなるから
オンライン授業にしてくれたらいいのに。」
…。
そこに行きつくよね…。
わかるよ。
それが寂しいんだよ、わたしは。
学校大好きな君が
そんなことを口にするなんて。
発言したり意見を言ったり
発想も豊かで、その発信力や統率力が
君のユニークな所なのに。
黙るなんて…自分を殺すことになるじゃないか。
もう寂しすぎて
本当に大人として、ごめんって思うんだよ…。
涙が止まらないんだよ…。
社会って何なんだろうね…。
30分の面談の後、
自転車で帰る息子と別れてから
担任の先生が玄関まで送ってくれました。
その時、担任の先生は
個人的な胸の内を話してくださいました。
先生も、個人としてはいろいろ感じつつも
何もできない、従うしかないといった感じなんでしょうね。
生徒との関わり、授業、部活、書類の作成など
普段の仕事でもいっぱいいっぱいなのに、
おかしいとは思うけどその部分に力を割く時間も体力も気力もないんでしょうね…。
(↑これは私の想像です…)
担任の先生からは
「お母さん、直接、県の教育委員会に言ってください。」
そういわれました。
担任の声には、願いというか、
自分も思っているけどここではどうにもなりそうじゃないから
上に言ってほしいという想いを少し感じました。
(思いたいだけかもしれんけど…)
実際、校長もおっしゃったんです、
「国の政策がかわらないと変わりません。」
校長先生は、終始淡々とされてました。
優しい口調でしたけど人間味はだされませんでしたので、
心の奥深くにどんな感覚があるのかはわかりません。
学校を守る長なりの
いろんな想いはありつつの対応だったと思います。
まぁ、そこまでハッキリ言われて、諦めというか、
スタンスが分かって、かえって切り替えができました。
学校に伝えても変わらない部分、
だとしたら、その変わらない中で
いかに彼が過ごしやすくなるかを
徹底的に考えていくしかない。
あわよくば他の子も乗っかれるような何か…とか思ってましたけど
学校は基本変わらないようなので、
わが子のみの「対応」を
今後学校とはしていきます。
思ったことは発言して、
行動に移して、
届けていかないといけませんね。
発言したり、行動していかないと
何も問題は「ない」感じがしますもんね。
今までずっと何となく衝突を避けながら生活してきましたが、
今回、動いてみたからこそ感じることや思うことがたくさんありました。
無理なら、自分はどうしたいのかって
そちらに目を向けることも
動いてみたからこそわかってきた。
ということで、私ができることをしていきます。
学校は無理そうなので、
次は県の教育委員会にアポ取って
お話させてもらうつもりです。
岡山県で同じような思いや悩みをお持ちの方、
ご一緒できたら心強いなと感じています。