身体って本当に完璧なんだなって

日に日に強く感じるようになっています。

 

キネシオロジーを学んでから

身体の感覚を感じるのが当たり前になって

 

それ以来、自分の身体の反応などで

自分の感覚を知ったりして(笑)

 

 

普通は逆なんだろうと思うんです。

感覚があって、

好き嫌いがあるから行動するんですよね、一般的にはね。

 

私は幼少期に感情を封じ込めるのが

当たり前で育ってきたので、

感情のコントロールが得意ではなかったんですね。

 

それが、

キネシオロジーの筋肉反射テストに出会い、

 

また、

筋肉を動かして体からアプローチすることで

普段の思考癖が変わっていくという

筋肉→脳神経→思考や癖の変化

という

 

普段とは逆のアプローチを知ってから

感覚をとりもどしました。

 

ロボットから人間に戻ったんです。

 

自分がいろんなものを感じないようにしていたことに気づき

感じてもいいんだと許可することから始まりました。

 

 

 

身体を整えること

場を整えること

習慣をみにつけること

食事

 

など、

 

 

外側にあるものや

魂の入れ物である体、

そういったものの外側からのアプローチが

同時に大切で有効であるということも知りました。

それまでは内側ばっかりにフォーカスしていました。

 

 

 

内側に気づいて

不必要なものを手放し

新しいことに挑戦してみたりすると

 

身体に反応がでることを知りました。

 

 

これは、筋肉の反射だけではなく

骨格の痛みとしてでたり

内臓の動きを感じたり

そういう体の変化です。

 

私たちの体は

本当にその瞬間瞬間で

対応をしてくれています。

 

 

 

 

守るために

飛び越えるために

一緒に我慢するために

 

 

その瞬間ごとに

 

動いてくれている。

固まってくれている。

 

 

 

右側が痛い。

かゆみがある。

目の調子がおかしい。

耳が聞こえづらい。

 

なにかしら体が対応してくれている。

 

 

治さなきゃいけないことというよりも

 

気づいてあげて

あぁ、そうなんだね、と受け入れて。

ただそれだけでいい。

 

 

気づくということは

全ての始まりだから。

 

 

 

気づくことがあれば

その後、どうしたいのか、

このままがいいのか

痛みがとりたいのか、

より整っていきたいのか、

内からの想いが出てくるだろうし。

 

 

体を感じて

ただ感じて

信じて

愛していたらいいんだと

 

 

体のメンテナンスをしてくれる方が

体は完璧だねと

そう教えてくれて

 

その理由や、原因探しを

しすぎなくていいんだよ。と。

 

 

見える範囲が狭くなるからね。と。

 

 

 

その当時はわからなかったけど

今はその感覚が少しわかるようになりました。

 

俯瞰するということ。

 

 

 

ただ大丈夫なんだと

私は完璧な循環の中にいると

信じて委ねられるか。

 

 

そしてすることといったら

自分にとにかく正直に

 

自分の感じていることに正直に

 

自分を尊重して

 

 

したいことを

出来る限りしてあげられるように

自分に行動してあげる。

 

言いたいことを

素直に伝えられるように

コミュニケーションをとっていく。

 

自分とまっすぐに

つながっていく。

 

 

それが大切なんだなと。

 

 

 

私たちは完璧です。

不出来なところもあるけれど、

環境や境遇も、こんなの完璧なんかじゃないって

思いたい人がたくさんいるのも知ってるけど、

 

でも!!

私たちは完璧なんです。

 

 

 

そうしたい!と

それを経験したい!と

決めてきている。

 

そのためのこの体を選んできた。

 

 

 

完璧なの。

だから、それを信じて委ねる。

 

私完璧なんだ!

 

そして、今、この世で

この命をもって

何をしたいのか。

 

どんなふうに生きていきたいのか。

それを実行するべく行動していく。

感覚を大切にしながら動いていく。

 

 

私たちは完璧なんだ。

まずはそのスタート地点に立ってほしい。

死にたいと思うその境遇さえも完璧だ。

 

死にたかった私が、今、本気でそう思ってるよ。

 

あなたは完璧だ。

体を、自分自身を信じて

一歩づつ、半歩づつでも

前にふみだしてみよう。

 

絶対に応援する!!!

今日は

プラスとマイナスの感情のお話です。


こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。



プラスもマイナスも大事だなんて

そんなこと、わかってるんよ。あたりまえよ。

と感じる人が多いでしょうか。

 

それとも、

マイナスは良くないっていうじゃないですかー、

プラス思考の大事さをいいますよね。

何事もプラスに捉える方がいいと思います。

という人もいますよね。

 

 

これ、どっちが正解じゃなくて

どちらも大事です。

 

そして順番があります。

 

 

 

 

うちの子どもたちを見ていてもそうですが、

 

嫌なことがあったとか

思うようにいかなくて悔しいとか

友達の言葉にショックを受けたとか

 

そういった

マイナスの感情が動くことは

大人も子どももありますよね。

 

 

その時に、

本人は、その感情を感じて表現できているでしょうか。

泣くとか、怒るとか、悔しがるとか

そういう感情を都度都度外に出せているでしょうか。

 

少し大きくなった子どもなら

自分の内側で消化する子もいると思います。

大人もそうする人が多いのかな。

 

ノートに書くとか、

誰か信頼できる人に話すとか。

 

自分の中で感じたり、誰かや何かに表現したりする。

 

 

小さな(小学生くらいまでの)子の場合

周りの大人や、話を聞いてあげる人は

それを受け止めてあげられていますか。

 

 

「そうなんだー、嫌だったんだね。」

「悔しいんだね。」

「ショックだったんだね。」

 

 

ただ聞いてあげて受け入れてあげられられているかな。

 

 

 

感じている感情に良いも悪いもないんですよね。

ただそう感じているわけです。

 

それを受け入れてもらえたかどうか。

それが、自分の自尊心や自己肯定感につながってくる。

 

 

 

 

「もーうるさいなぁ。」

 

「今忙しいから後で聞くから。」

 

「そんな怒るのやめてよ。

こっちまで腹がたつ。」

 

「いつまで泣いてんの?」

 

 

 

そんな風に言ってしまうことありませんか。

 

 

 

また、自分の感情を表現したときに

嫌な顔をされたり、

無視されたりすると

感情を出すことはだめなんだと学習して

言わないことを無意識に選ぶようになります。

 

 

子どもにそういう態度とってしまってないかな?

 

または、自分が子どもの時、

そういうことってなかったかな?

 

 

チャクラの学びをしている中で

私は怒られることが嫌で

感情を常にコントロールしていたことを思い出しました。

 

 

結果自分の好きや嫌いがわからなくなりました。

 

家族の感情が爆発するのを日々みていて

感情を吐き出す人が愚かに見えて

怖い人に見えて、

私は感情を表現しないという選択をしていました。

 

 

ということで、

感情についての学びが適度にできなかったんですね。

 

きっと私の家族もそうだったんでしょう。

幼少期に上手く学べなかった。

 

その悪循環がありました。

 

 

 

 

感情自体には良いも悪いもありません。

 

それを受け入れてもらえる安全な場所があって

受け入れてもらってから、

 

じゃあ私はどうしたかったんだろうって

自分の希望を伝えたり、

自分の希望を叶えるために動いたりしていく。

 

その工程をしていくと、

意識しなくても

プラスの方に勝手に目が向いていく。

 

 

この循環を体感して知っていて、

その上で、マイナスを感じても

いろんな方法で消化しながら意識的にもプラスに転じていく。

 

それが、プラスに捉えるっていう

「部分的な方法」「表面的な手法」だと思います。

 

 

 

 

基本的な感情の表現ができない人が

自分の感情に蓋をして、むりやりプラスに転じさせていくことは

自分を麻痺させていくことになります。

 

私はこの工程のど真ん中を通ってしまい、

身体はロボットのように過緊張だったし

呼吸は浅く

眠りも浅い、

 

そして心は心停止状態のような

横真一文字のピーーーーーという

ドラマでよく見るあの状態でした。

 

 

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子育て中の方でしたら、

ただただこどもの感情を受け入れてあげること。

 

共感してあげること。

 

イラッとすることもありますよ。

でも、イラっとするその自分にも訳があるわけで…

そこは個人セッションにきてください。

 

一応貼っておく。笑

 

 

 

 

大人の方でしたら、

自分が感じている感情に

意識的になってあげて

ただ感じてみてあげてください。

 

そして、自分が安心できるなと感じる方がいたら

聞いてもらうこと。表現してみること。

誰もいない時は、ノートに書く。書く書く書く。

 

 

それがスタートです。

 

私も感情を感じてあげると決めて

日々感情をみだしてからもうどれくらい経つのかな…

 

それをする上でもいろんな感情がわいてきました。

こんなこと書いていいのかな。

人に聞いてもらった後で罪悪感とかも。

 

 

でも、それらすべてが

また自分自身なんですよね。

 

ただただ自分の今を知る、感じることなんです。

 

そこに良いも悪いもないからね。

 

 

あなたの瑞々しい感情です。

 

感情ミーティングもしています。

もし気になる方はぜひ★

 

 
 
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こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。

 

今年に入ってから

不思議な夢をみることが続いています。

 

明らかに今までと違うと感じるのが

狭間にいる感覚。

起きているのと眠っているのとの間。

今までもこの狭間の感覚、覚醒状態の感覚はありましたが、

その上で違うのが

 

夢をかなりはっきりと覚えていること。

覚えておこうとしなくてもすごくハッキリと覚えています。

 

あともうひとつ不思議な感覚が、

愛が溢れているというか、

本当に幸せな気持ちで起きられるということ。

 

 

夢の中で出会う方々が

現実か夢か、過去世か未来世か

どこかはわからないけれど良く知っていて

とても深い部分でつながっている方だという確信があることです。

 

 

今までの夢では誰かわからない人や、

知っているけど特にそういう部分を気にすることなく

ただ旧知の仲だから出てきてくれたのだろうという感じでしたが、

 

 

今夢に出てきてくれる方々は、不思議なほどに知っている感覚。

 

 

守られている感覚だし

愛でつながっている感覚です。

 

起きてから、もう一度その人との会話や動作など

思い出すだけでも、すごく温かい気持ちになるんです。

 

 

夢の中で、たくさんの

私を守護してくださっている方に会っているような感覚。

 

夢の中で、過去私と一緒だった

かけらを持つ人たちと再会している感覚。

 

 

とにかくあなたは一人じゃないからって

ずっと会うために出てきてくれている感覚。

 

 

 

目が覚めてから、じっくり感じてみていると、

いや現実では知らないな。と改めて認識して、

でもとても深いご縁があるのを感じて

愛おしい。という感覚。

 

 

 

この流れのきっかけになった夢には

ある、宇宙人的存在である、

きっと全宇宙的にも良い意味でマークされているだろう

ビックな方が出てきてくれて、

私にあることを告げたんです。

 

それが、「大きな変化にさしかかっている」ということ。

 

そして、続いて

私の耳に異変があるということを別の宇宙人に言われます。

私も何か感じていたのか、

「右です、右耳です!」と緊張しながら言いました。

 

 

明らかに異変が起こっているから

詳しく診た方がいいよと。

男女であろうふたりの宇宙人に言われます。

特徴的な髪形で冷静な面持が印象的でした。

 

 

その時に、今まで私が聞いてなかった音が聞こえ出すんだなと感じたんですね。

 

現実世界で、はっきりと何かの音が聞こえ出したかと言われればわかりませんが、

その日から夢ががらりと変わりました。

 

そして、感知するものが少し増えているような気がしています。

 

 

朝の寝起きの感覚がスッキリしているのは

朝が苦手な私にとってはありがたい限り。

 

 

どこまで続くのかはわかりませんが、

夢が変わったのは、私の潜在意識の状況変化だと感じているので

今後がまたどんな風になっていくか楽しみです。

 

 

寝ている時の夢、みなさんはみますか??

 

 

すべて、自分が意識してみることが全ての始まりなので、

夢を見たときには、どんな夢をみたか

思い出してみようとしてみたりすると面白いと思いますよ。

 

慣れてきたら、次は

こういう夢をみる、とか

こういう風にするためのヒントを夢で見せてほしい、など

宣言してから寝てみると、

それに関係する夢からヒントをもらえるかもしれません。

 

このヒントをもらうのは、

私はかなり練習してから出来だしたので、

夢からのメッセージに興味がある方は、まずは

夢を思い出したり、

そこから何を感じるかを捉えてみたりから

スタートしてみてくださいね。

 

 

ラマトの森 山本陽子です。


チャクラの勉強をしていて、

ふと思い出したことがあったので

記録として書いてみます。


第2チャクラについて学んでいます。

自分にとっての課題がある所なのはわかっていたんですが、なかなかまだまだ伸び代があることがわかってきました。



私が自分に、好き・嫌いの感覚があまりないことに気づいたのは今から2年ほど前でした。

好きな音楽は何?と聞かれた時に、

どう答えるのが正解か分からなくて口ごもったんです。好きな音楽もすぐに浮かばなかった。


他の人がいろんな答えをするのを聞きながら、

あぁ…そんな感じなんだ。

そんなラクに答えればいいものなんだ。

と、たくさんの正解例を見て納得はしたけど、自分の答えをと考えると分からなくて、


好き嫌いをもっと感じる生活をしようと、その時思ったんです。


でもね、意識して生活してたけど、

コツがわからなくて。


食べ物とか、その日着る服のような

動物的な感覚みたいな部分では

好き嫌いがハッキリわかるんですけど、

音楽とか、俳優さんとか、どこのお店がとか、

よくわからなかったんですよね…。




それもそのはず、

思い出しました。幼少期の記憶。


私が何の話をした時か忘れましたが、

「○○が嫌い。」という表現をした時に、

母に、「○○が苦手なのねー」と言い直された記憶があります。


それ以来、嫌いという言葉は使わない方がいい…と理解して、嫌いと言いそうになったら意識的に「苦手」と口にするようにしてきました。

そうすることで、何となく大人になった気がしたし、母も喜ぶんだろうと思うと、気分がよかったのを覚えています。


それ以来、苦手はあれど、私には嫌いはないと思って生きてきました。


この部分については、キネシオロジーを学んで以来、私の枠があると気づいたので、嫌いでもいいし、別にそれによって人をジャッジしなければそれでいいんだと、理解し直しました。



もうひとつ、

こんどは「好き」ということについてです。


私が好きだと言ったことに対して、親から怒られることが結構あったように記憶しています。


また、好きな子ができて、

「あの子が好き!」そう母に伝えた時、

「○○君はダメよ。お父さんが△△で、そういう家庭で育ってるんだから…」みたいな、私としては全くもって理解不可能なことを言われたことがあり、


この人、ないわー、と心の中で思いながらも、自分の好きを言うととことん否定されるから、決して言わないようにしようという心理が、この時から働いていたんじゃないかと。


こういうことから、

好きや嫌いについて、私の中ではラインがおかしなことになって、人にも言わないし、おそらく自分の中でも、何か好奇心などがムクッと起き上がった時に、無意識に蓋をするようになったんじゃないかなと思ったんです。



めちゃくちゃ些細なことだけど、

子ども時代の親からの発言や態度って

純粋にそれを表現することをやめさせたり、

躊躇させたりするんですね。



これの反動が来たのが、私の場合は高校卒業後から。


とにかく親の言うことの反対がしたかったり、

親が困るだろうということを選択することをしました。


それは自分の好き嫌いを表現したかったからなんだけど、残念ながらそこには、自分の好きとか嫌いとかはなくて、


親が嫌うだろう。嫌がるだろう。

そんなのばっかり。泣


完全なる他人軸での抵抗。



そう思うと、本当に自分の選択をするようになったのは、もう大人になってからです。

短期留学することや、結婚することなどは完全に自分の選択。


大きな選択は自分でできてるみたいで、そこは安心するけど、それにしても…ねぇ。



そんなことを、ふと思い出したんです。



今、わたしの子育ての面では、

子どもの好きに対しては

とことん面白がることにしています。


長男のヘビ好きは、なかなか面白がるのが難しかったけど、ヘビを想像しただけでもザワッときて体にサブイボが出そうになるのを、こりゃ生命エネルギーが上がるわ!!と、自分の苦手をなくす修行だと思って、息子にいろんな蛇の写真を見せてもらったり笑い泣き

おかげさまで、蛇の写真見るのは、基本的に大丈夫になりました。動画はまだ心拍数がかなり上がりますが…。


次男は魚捌くことや料理が好き。ぬいぐるみも好き。

男子だから、ぬいぐるみってどーなん?て一瞬かすめたけど、それは私の価値観であって、彼は大好きなんだもんね…。今では、彼自身が手作りしたぬいぐるみも何体かいらっしゃる。



好きを認めてもらえるって、

子どもたち見ていても分かるけど、

かなり嬉しそう。


自分の世界観があるんだよね。


大切にしたいと感覚や、触覚、説明しがたい何かがある。



そこに共感してあげられていることは、

私の否定された過去もムダじゃなったって思う。



ここからは、

わたしの好きや嫌いを、繊細に取り戻して行く作業をしなきゃね。


どんどん素直でいいし、

誰がどう思うかとか関係なくて、

私が好きか嫌いかでいいんだから。




みなさまの好きや嫌いはいかがですか??


子ども時代のふとした親の一言とか、

友達とのやりとりの中でのひとコマとか、

何か思い当たることとかありませんか??


その当時何があったとしても、

もう今は私たち大人だから、

自分で選択できるようになったからね。


どうしたいです?

どうしてみたいかな??


それを純粋に選択していきたいですね!


想いを行動に移してあげたいですね!





めちゃくちゃ自分の欲求に真っ直ぐなポンちゃん。

ここまでかっ!!!て呆れるほどに真っ直ぐです。勉強になります。




もち君は、周りの空気を感じながら自分を多少抑えることもできる大人な猫ちゃん。

本能爆発なポンちゃんを横目でみながら、

大人な対応とヤンチャな面と両方見せてくれる彼がなんともバランス良くて愛おしい。

年末、片付けをしていて

懐かしいものがでてきました。

 

長男が4歳~5歳ころに受けた

発達の検査の報告書?や診断書です。

 


IQって今はどうなんだろうね…

成長しても変わらないんだろうか…

あの頃は、ちびっこ雑学博士だったんだよね…

ずーっと雑学を聞かせられていたのだよ、私は。

彼の話は難しくて嫌だったー。笑

今は「簡潔に」「分かりやすく」をお願いし続けたこともあり、めちゃくちゃ説明上手!!




あのころの情景、

あのころの感情、

全てがどばっと返ってきました。

 

今振り返ってみて、冷静に感じてみて思うのは、

確かに少し変わった子どもでした。

凸凹がかなりあったと思うし、

あの頃の私は子育てが初めてで、

慣れていないから必死でした。

ホントに頑張ってた。

 

でも、当時の病院の先生が書いた文章を見て

今わたしが感じるのは、

それ必要?と思う内容が多いし、

やはり線引きすることには疑問を持ちます。


彼が長男、彼が全てで子育てをしていて、

彼の良さも弱さも含めて一生懸命に子育てしていた。

それだけでよかったよな…と

やはり思います。

 

百歩ゆずって、

病院は線引きを好んでする所だとして、

線引きするにしても、書き方や伝え方に違和感なのかもしれません。

 

 

 

 

私に第一声、

「この子、おかしいですよ」

そう言った保健師さんも同じですが、

 

線引きされた人が持つ意識、

その意識下で育児する、その育児環境。

それは絶大です。

 

 

 

私はその真っ只中にキネシオロジーと出会って、

学んだことで、全てがつながっていて私次第なんだということを知り、キネシオロジーを子どもと自分に使うことに決めました。

 

その結果、子どもの問題行動はほぼなくなったし

途中、勧められて半年通った集団療育でも、

半年後にはもう必要ありませんと卒業を言ってもらえたんですね。

 

半年なんて行ったうちに入らないと、

ママ友にそういわれて。

いやいや、だいぶ大変だったわ。と思い出話をしたんです。

 

私と長男との

一番大変だったころの育児を知るママ友に

当時の話を思い出したと、昔話をされました。

 

「こんなこと言ったら陽子ちゃんどう思うかわからんけど、

あの頃の〇〇君、パニック結構起こしてたし、

一旦パニック起こしたら本当にひどかったがん。

あの状況を、キネシオロジー習ってたとはいえ、

自分だけで対処できたの、ほんとにすごかったと思うんよ。」

 

 

彼女は、自分が仕事でそのようなパニックを起こす子どもたちに接するようになってから

得にそのことを思うようになったとのこと。

 

当時の話を結構長時間しました。

 

 

あの頃の私は一生懸命でした。

ま、今でも一生懸命なんですが…笑

 

キネシオロジーを学んだことで、

意識と体、そして自分と他人も

全部がつながってるって知ってしまったし、

自分の意識が子どもにも影響すると知り、

とにかく自分を整えることをずっとしてきました。

 

長男自身に何かをすることも

数回はしたかもしれませんが、

それよりも自分の持っている不必要な枠に気づいて手放すこと。

 

差別意識や、

自分を卑下している意識、

母との関係性など

とにかくとことん自分自身に向き合い続けました。

 

感じることなく押し込めていた感情などにも

気づいていって、とことん癒しをしてきました。




彼の凸凹が、今となれば

私にとっては自分の劣等感に気づくきっかけをくれたし、

私ができなかったことを彼がするからイライラすることも知れた。


抑え込んでいた感情を彼が教えてくれました。

 



食事や睡眠などの基本的な生活がどれだけ大切かも知れました。

 

私にとっては彼の凸凹が

ギフトでしかありませんでした。

 



 

そうなると、本当に感謝ばかりで、

かれの凸凹をわたしが一番伸ばしてやりたいと

そう思うようになったんですね。

 

 

その私の意識が、彼の癇癪をなくしたんだと

私は本気で思っています。

 

 

 

親と子って、本当に不思議なほどの

強い絆とご縁で結ばれていて。

 

血縁のDNAももちろんですが、

養育環境や養育者の意識がとても大きく影響し合うと感じています。

 

 

そういう、切磋琢磨し合う関係性なのですよね。

親と子は、本当にお空で相談し合って

こういう役割で生まれているのだと思うんです。

 

私と母もそうです。

なので、彼の凸凹を通して、

私は母への想いもガラリと変わりました。

 

 

 

出会わせていただいて

気づかせていただいて

本当にありがとう。

感謝しています。

ですね。

 

 




今、こどもさんの凸凹でもしも悩んでいらっしゃる親御さんがいらっしゃるのなら、

その状況があなたへの最高のギフトだと思えるようになったらいいですね。


そんなに簡単じゃないかもしれませんし、

今はそんな風に感じられないかもしれないけど、


本当にまぎれもなく

ギフトです。



 

その方によって、どうお伝えしたらいいか、

どうお答えしたらいいかって違うと思うので

もし悩んでいらっしゃる方いらしたら

セッション受けてくださるとありがたいです。

 

子どもさんに何かをするよりも

私は親御さんが先だなと、

経験からも感じております。




今もある意味こだわり強目の個性的な息子です。

が、本当に誰と比べてどうというのではなく、

彼らしくのびのびと成長してくれていると感じています。


私の役目は、そのらしさを消さないこと。

邪魔をしないこと。

彼のいろんな芽をつまないように、自制し、手助けすること。


そのためにも、

私はわたしに集中して、

私らしく生きて行く。それにつきます。




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