こんばんは!
人生初のギックリ腰に
ロボットみたいな歩き方をして、
立ち上がる時には子どもや夫の手を借り、
パンツもズボンもひとりではどうにもならない
介護生活を送っておりました汗
ラマトの森 山本陽子です。
3日目にして、
だいぶ人間らしい動きができるようになりました。
スローであれば、ほぼ以前と同様の生活ができています。
腰が一瞬ズキリと痛いことは
過去何度かありましたが、
瞬間で察知して、なにかしら処置してきていたので
こんなに動けないほどの状況になったのは
初めてで、、、
腰って重要な場所だってわかってるし
第ニチャクラなのかなぁ…とか思いながら
ややショックを受けつつも、
でも、てことは
今こそ逃してならない
変化の時ってことだねと、
真っ直ぐに自分をみることを
余儀なくされております。
今まで真っ直ぐに見てなかったのか?と問われると
うーーーむ、少し答えに困るけど
正直な話、
まだ闇エネルギーが勝ってたんでしょうね…。
まぁ、それでベストだったと信じよう
事実を知って、
それを真っ直ぐに捉え、
どうしてそうなったのかも的確に捉えて反省し、
自分はどうしたいのか
どう変化させていくのか修正していくのか
未来に向けてのエネルギーに変換していく!
それが理想!
今までの私は、捉えた後に
自分責めが激しく行われてたんだよね。
(闇エネルギーね)
自分を責める行為って、苦しいくせに
ある意味自慰行為だから…。
そうすることで現実から逃げてるんだよね。
でもさ、責めるのもエネルギー使うわけ。
それで疲れて、未来に向かうエネルギーが枯渇しちゃうよね…
私自身は、このパターンを長年やってきたけど
もう本当にそれは終わり!!
どれだけ自分を外側の世界に適応させてきたのか
自分を置いてけぼりにしてきたのかを
ちゃんと受け止めてあげて、
認めてあげて、
本当はどうしていたいのか
外側の世界基準ではなく、
家族と相談したり、
周りの方々と対話をしたりしながら
自分の在り方を見直していかなきゃだなー。
速度も部分的に落としたいかも。
早くできるところと、
ゆっくりしたいところと
あるからね。
外側の普通に合わせてるとわからなくなる…
わたし、周囲から
どんな母親に見えてるのか知らないけど、
母としての役割は
正直好きではなくてね笑
そんなに得意でもないからね。
いつも忘れ物だらけだし、子どものこと把握しきれてないし。ずぼらだし、子どもの方がしっかりしてるんだよ。
でも、家族と共に過ごす時間とか
喜んでもらえることとか
奉仕することが嫌いじゃない。
なんていうのかな…
当たり前のルーティンとして、役割としての
ステレオタイプの「母」っていう集合意識に勝手に押さえつけられてる感じなのかなー。
自作自演だけど笑
全部そうなんだけど…
何が子どものため夫のためになるかって、
私が安心して、ありのままでいられることだよね。
笑って家族の話が聞けたり
たまには泣いたり怒ったり
とにかく話を聞いてもらったり
ありのままで受け入れてもらえる
ありのままであることで
共に切磋琢磨できる関係性がいい。
私がありのままじゃないと
夫も子どもたちもありのままで居づらいよね。
そのためには
自分を生きるって決めて
コツコツとにかく動く→見つめる(修正)→動く→
この繰り返しよね。
そして、これをやっていくには、
自分の余裕が必要よね…
文字で書くのって、
このあたり本当に簡単じゃない。
なので、
日々試行錯誤しながら動いてみたり
近い感覚の人や
尊敬する在り方の人に会ったりして
刺激をいただいていく。
私自身もいろんな形で
自分自身を知っていくグループワークとか
動いていくためのミーティングとか
個人セッションとかを
使っていただければと思って提供させていただいています。
私は、とにかく体験が重要だと思ってるので
理論聞いて終わりとかはなし。
自分の内側をとことん見るし、
喋るし、
動くし、
そこから感じてもらって
誰でもない、「わたし」だけの真実を掴んでいこう!とワークなど構成しています。
答えは「わたし」の中にしかないから。
手伝いはできるけど、
掴むのは「わたし」だから。





