こんにちは。

ラマトの森 山本陽子です。

 

 

人からどう思われているか

考えなくなったのはいつからだろう。

 

周囲が気にならなくなったのは

いつからだろう。

 

ふと考えてみました。

 

 

 

 

結構わたしは段階的に

ほんとうに少しづつ

「人からどう思われているか」から

解放されてきたように感じます。

 

 

まず結果から書くと、

現在の自分の感覚では85パーセントくらいは

人からどう思われているかを手放していると感じていて、

 

この80パーセントというラインは

私は大切にするように心がけているのですが(笑)なんせ0か100かの性格なもんで。

    

80パーセントラインを超えたのは

つい最近です。(笑)

 

 

 

 

何がどうなって

この「人からどう思われているか」を手放せたのか。

 

順を追って書いてみます。


人それぞれ違うとは思いますが、

何かのヒントになれば幸いです。

 

 

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以前はカフェにいたら

周囲の情報が入ってきて

自分事に集中なんて無理でした。

今は自分事しかないですね(笑)

 

 

 

 

まず段階ゼロは、現状把握です。

自分の今の状況を冷静に把握してほしいと思います。

 

ストレス状況、

身体の健康状態、

自分自身のことをどのくらいわかっているでしょう?

自分らしく生きられているでしょうか??

 


この部分は、残念ながら

自分ではわからないかもしれないので、

気になる方は個人セッションとか、季節もの企画ものなどで参加してくださるとお手伝いさせていただきます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず私の第一段階は、

 

自分の意識のやじるしが

外向きに、人に向いていていることにきづいたことでした。

 

人の動きが気になったり、


人の会話に

無意識にダンボになっていたり


人の感情に

勝手に同調していたり…


 

そういうことに気づいただけで、

自分が

自分に

意識的になれるようになります。

 


気づくことができたら

止めることもできますし、

やじるしを内側に向けることもできるようになるんですね。

 

 

 

 

 

 

 

それを繰り返していくと、

第二段階。


自分がどうしたいのかをとにかく探る。

 

外側に意識が向いていたことに気づいた時、

同じくして、

私の価値基準が自分自身ではなく

外側にあったのではないかということに

気づき愕然としました。

 

 

外側の基準で選択することも

悪いことばかりではありませんが、


自分の感性や感覚で選んだものが少ないことに

寂しさを感じたのを覚えています。

 

 

なので、

自分が感動するもの、

自分が美味しいと感じるもの、

自分が好きと感じる空間、

自分と合う波長、

自分が落ち着く人やモノ、質感など

 

とにかく自分の感覚が心地よいと

感じるものを知る作業をしていきました。

 


 

この時期に、助けになったのは、

以外にも怒りの感情や淋しさの感情でした。

 

マイナスの感情が起き上がるとき、

私の美的感覚が

そこに隠れていることが多かったのです。

 



わたしならこうするのに…。


わたしだったらこんな風にしたい…。


それは裏返すと自分の価値基準でした。



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第二と第三の間くらいな段階では、

身体に意識をおくことをとことんしました。

 

意識と身体は如実につながっています。

感情と身体もばっちりつながっています。


意識を動かすのに、

身体からのアプローチはとても有効だと感じます。

 

また、たくさんの感情がたまっている方などは

身体を整えてあげることで

感情の解放が早まるとも感じます。

 

ブレインジムはこれをしているんですね。

そして身体の動きから気づきを引き出し

新しいビジョンを持てる身体と意識にしていきます。

 

 

 

 

 

 

 

第三段階としては、

起こる出来事に対して、

本当の自分の気持ちに基づく行動をとり続けました。



 

自分の好きや感覚がわかるようになってくると

今までしていた選択が違うことにきづくこともありました。

 

また、自分の中で気づきが起こり

変化が起こったからこそ


お試しのように、

自分の意見を言わざるを得ない

現実がきたりもしました。

 

 

その中で、怖さと対面しながらも

自分はこう感じています。

自分はこう考えているのでこうします。

 

その繰り返しをしていきました。

 


社会に対して。

夫に対して。

家族に対して。

 

やっぱり違うと感じるものとは

さよならもしました。

 

 

初めは、怖くてこわくて

このわたしの意見は本当に正しいか?

私のとった行動は正しかったのか??と、


ずいぶん考えては

わからなくてオロオロしたりで

夫に話して意見をきいたりもしていました。

 

でも、次第に

自分を信じて貫く経験を

何度も何度もしていくなかで、


正しいか間違っているか

ではないことに気づき、


やっていく中で、

やっと肚に落ちたものがありました。

 

 

 

この、持論を表現するということが

私にとってはとても勇気のいることで、

未だに正しいか間違っているかの

ジャッジの癖がでてきそうになることがあります。

 

 

でも、「自分がそう感じたのだ。」

という、それこそが

何にも変えることができない理由なんですよね。

 

 

 

自分の責任において

自分の感覚を選択する。

 

その繰り返し、その積み重ねで

私は「人からどう見られているか」を手放したように思います。

 

 


 

普通に簡単に

これが普段からできている人にとっては

なんでそんなこともできないん??

と思うのでしょうね。

 

 

でも、私自身思うのは、


できなかったこと、

できないこと、

困っていること、

弱み、

などは、


かならずそれが転じる時には

 

人よりできること、

人よりわかること、

助けてあげられること、

強み

になり得るということ。

 

 

 

なので、

自分ができなくて悔しい!とか

何とかしたい!とか

いま思っているものは、

きっと素敵な宝物になります☆

 

 

「人からどう思われているか」

を超えて、


「私がどう思っているか」

を伝えていけるように☆

 

 


わたし山本陽子は、

「自分はこう感じるよ!」を

しっかり持ちつつも、

みなさんが

どう感じているのかが

知りたい生き物です☆笑

 

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今日もよんでくださり

ありがとうございました☆