僕は歴史を熱心に学んだ生徒ではありませんでしたが、
それでも”史実”に、疑問を持つことは少なくありませんでした。
たとえば遠藤周作の「沈黙」を読んで、
どうして隠れキリシタンの人らは、
異国の宗教にこのように熱心な信仰を持っていたのだろうとか、
たとえばフランクルの「夜と霧」を読んで、
そもそもユダヤ人は、なぜこのように迫害されるのかと
不思議だが、結局は熱心ではないので、
「そういうものだ」と変に納得してやり過ごしていました。
だが、この年になって知らされた事実に、
少なくとも上の2つの疑問がつながりを持って
溶解してゆくと共に、
被虐的な日本の歴史観、日教組の偏向した教育に
ほとんど僕は支配されていることも知らずに
生きてきたのだなと、まったく悲惨な状況を憂いています。
メキシコで日本人奴隷が存在した記録があったと
ヤフーニュースに掲載された記事を読んだのがきっかけで、
そもそもある時代の日本の為政者たちは
なぜキリスト教を迫害し、鎖国に至ったのかと疑問に思ったのですが、
どうやらそれは(主に)宣教師たちによる
人身売買の取締りを目的としたものであったと知らされました。
この”史実”もつまりはひとつの歴史観によるものでしょうが、
当時の記録から、火薬の調達のために
大名たちがこぞって外国に日本人を売り払っていた。
隠れキリシタンは、奴隷となることを恐れて
信仰を持つこととなった。
そして宣教師たちは元々はユダヤ教から転向した
ユダヤ人で、この金銭に対するやりかたの非道さが
ユダヤ人が世界の一部で毛嫌いされる一因であるなど、
僕が疑問に思うことさえなかった”史実”が確かにありました。
これも一つの見方であるかどうかはともかくとして、
歴史を比較考量すらできず、
日本が”世界”に対して行われてきたことを
ひた隠しにし、果てしなく謝罪と反省を求められる様は
もはやさまざまな「差別」と言われているものが奇妙な権益を獲得している
日本の過大な被害者意識による歴史観そのものでしょう。
豊臣秀吉は平等を説くキリスト教を非情なやりかたで弾圧し、
刀狩をして農民の一揆を封じておいて
朝鮮に出兵して負けて愚かに死んでいった猿、
天下を統一できなかった猿というのが、
少なくとも僕の受けた教育です。
もうね、僕はほとほと呆れました。
誰がこのような歴史観を持って
教育を行ってきたかとかはどうでもよくて、
自分たちは悪いことを行ってきたので、
品良くそれを受け入れて、
とにかく我慢して説得し、平和的にやり過ごしましょうというのは、
もはや日本人の美徳なのでしょう。
ただ、その日本人を形成したとは言わないが、
その都合の良い美徳に便乗して
子供たちの利益を大きく損なってきた
”そっち”の団体は、
できるだけ早くくたばって欲しいと思います。
その意味で、橋下氏には頑張ってもらいたいものです。
(そういえば朝日は以前の馬鹿げた週刊誌の1件があったのに、
まあよくも恥を知らずに叩けるものです)
というわけで、話はあまり変わりませんが、
ミヒャエル・ハネケの「白いリボン」です。
まずは例によってヤフー映画のレビューから、
悪い評価を紹介しますと、
・意味のない白黒映画
・起伏のない映画で、こんなものが面白いというやつは映画を見たことがあるのか?
こういった人たちは、事実も何もない、
金日成の英雄映画でも見てればいいのです。
良くも悪くも何かしらの教育を受ければ、
もう少しまともな言葉が出てくるでしょう。
舞台は第1次世界大戦が勃発する直前の
小さな村で、医師が木の間に張られた
ワイヤーに引っかかって落馬したり、
農夫の嫁が職場の床が抜けて死んだり、
男爵のお坊ちゃんが拉致られてボコボコにされたりと、
不穏なことが起こるのですが、
まあ、誰がやったのかというお話です。
一方で、この村では子供たちへの教育が
村全体として、キリスト教的な道徳観と規律に基づき
非常に厳格に行われています。
牧師の家の子供はとりわけ厳しく、
嘘をついたり、不純であったり、
親の意向にそぐわないことを理由に
鞭で打たれ、純潔の証として、
正しい人間になるまで、腕に白い布切れを巻かれ、
男の子は悪いことができないよう、
夜の間はベッドに縛り付けられます。
僕としては個人的にはある意味妄信的な
大人たちの社会形成、教育に
非常に不快感を持ったわけですが、
それにしても、ハネケの視点はそういった善悪や
価値観・感情を置いといて、
息苦しいくらいフェアなのです。
おそらくは疑いを持つことなく
「正しさ」を貫いてきた大人たちの考えも、
その「正しい」考えを疑いなく子供たちに画一的に
押し付ける道徳も、
それに反発し、抗う子供たちの鬱屈した感情も、
すべてが存在し、並行に並べて提示され、
物語が実感と共にゆるやかに進行する。
それを何も起こらない、結論がないという人には
ひどく映画とは退屈なものでしょうし、
ハネケの映画に対してよく言われる
「見たくないものを見せられた」と思う人は
ずっと目を伏せていればいいのです。
ただ、僕がこの映画を見て思ったのは、
できる限り物事を露わにして提示し、
比較させ、あたらしい価値を捉えさせる。
それだけが、教育の役割だということです。
学校教育でまま見られる、
人が人を指導する/管理するような
権利・能力を持つにはあまりに人間は未熟なので、
シンプルに伝達することだけが求められる気がします。
左翼だとか朝鮮とか、暴力だとか差別だとか、
僕はもうこりごりなのです。
蛇足ですが、よくある映画の感想として、
「この映画は観客に結論を考えさせている」とか
言ってる人のレビューが散見されますが、
何も考えず、用意された結論を映画に求めている方は、
不快で陰湿な教育の支持者なのだ、と僕は思うのです。
白いリボン [DVD]/紀伊國屋書店

¥5,040
Amazon.co.jp