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まさかずのブログ

何を見ても何かを思い出す。
小説・映画・法律・政治。

こんにちは。

僕はたいへんに落語が好きで、
あまり熱心な会員ではありませんが、
三遊亭遊馬さんという噺家の後援会に入っています。

とはいえ福岡県に住んでいるので、
頻繁に寄席にいったり、落語会に行くことは難しいのですが、
お気に入りの落語をiPodに入れて、
時間がある時に聴いたりしています。

三遊亭遊馬さんの他にもお気に入りの噺家は
何人かいて、僕の中では

柳家小三治
立川談志
三遊亭円楽

この3人が大変な輝きを持ったスターでした星

上方落語だと桂枝雀だったり、
桂三枝(今は文枝ですか…)の新作が好きだったりします。

もうほとんどの噺家が鬼籍に入っているので、
せめて柳家小三治だけは是非ともライブで聴いてみたいと思っています。

最近では、柳家喬太郎と喜多八の
小三治の雰囲気を受け継いだ
気の弱く美意識の高い噺家が好きです。


そんな訳で、僕は落語の中でどの噺が一番好きかと訊かれると、
「らくだ」と答えるようにしています。



~あらすじ~

”らくだ”という評判の厄介者が、自宅でふぐの毒にあたって死ぬ

”らくだ”の兄貴分が発見し、葬式の準備を始める

何の因果か”紙屑屋”(廃品回収ですね)が通りかかり、
手伝わされるはめになる

紙屑屋、”らくだ”の死体を使って脅迫し、
大家さんなどの家に押し入って香典を回収させられる

葬式代の目処が立って、兄貴分ご満悦。紙屑屋に酒を振る舞う

紙屑屋、酒に酔って気が大きくなる

兄貴分、酔った紙屑屋のいいなりになる

火葬場に行く途中で死体を無くして、
間違えてお坊さんを焼いてしまう

~~~~


まあ、こんな噺なのですが、
虐げられた紙屑屋の気の大きくなっていく様、
立場の逆転が見所なのですが、
古い落語ファンみたいになるけれども、
志ん生のためにあるような噺です。



この紙屑屋は酒の勢いで立場をひっくり返すのですが、
おそらくカラスかーで夜が明けて、
酔いがさめると、兄貴分はやはりならず者で、
紙屑屋はへこへこした商売に戻ることになるのでしょう。


およそ社会の中での立場というのは
同一の価値観を持った共同体にいる以上
劇的に変化する方がまれな訳で、
環境や社会そのものが価値観を転倒しない限りは
同じ状況はいつまでもつづくのです。


少し前までマスコミはこぞって大津市のいじめを扱っていましたが、
見識者の見解やネット上のブログなどを見ると、
「逃げていい」というオピニオンが主流になりつつ感じがします。

つまり、愚かないじめっ子を相手にするだけバカなので、
快適に生活できる環境へ逃げることは
正義だという文脈です。

僕も最近まで、同様の考えを持っていました。
そもそも、教師は言うまでもなく、
人を教育することのできる権利など誰にも無いと思っていたので、
学校という未成熟な社会で
ろくな目に会わないのなら、そんな場所に
進んでいく必要はないと思っていました。


教育自体の考えは変わっていないのですが、
(一般的に教師はもっとも教育に向いていない人種だと思います)
いじめられっ子が逃げるというのはひとつの手段として
有効であっても、それはすごくコストがかかるのではないか、と思うのです。

席替えのように、自分の荷物をまとめて
好きな場所へ自分の足で行けるのなら
容易いかもしれませんが、
学校へ行かない選択をする、他の学校へ転校するということは、
子供の学力や親の家計に大きな負担を与えます。

学校をやめてよかった、後悔していないという
経験者の談話も耳にしたりはしますが、
彼らにしても、いじめなどなく過ごせたらそれが何よりだっただろうし、
彼らの親にしても、代替的な教育の機会を模索したり、
転校をさせる労力、資金はかからないに越したことはありません。

だが、いじめは少なからずある訳で、
いじめっ子という経済的にも心理的にも
他人に迷惑をかけるゴミ人間は存在し続けます。



そういった、有機的な廃棄物に対して、
社会はどう対応していくかというと、
一般的な法治国家では、法律の権力があるのです。


人を騙したり脅迫して金銭を奪う人間は、
身体を拘束され、訴追され、刑務所に隔離されます。
人の身体や精神に深甚なダメージを与える人間は、
身柄を拘束され、訴追され、刑務所に隔離されます。

同じことを、原理主義的に、
絶対平等的に、学校の閉鎖的な社会に適用することに
何かしらの抵抗があるということ自体、
僕には想像することができません。


要するに、僕は学校の隅々に防犯カメラを仕掛けて、
生徒や教師の訴えがあれば、カメラを証拠として提出し、
加害者の生徒は身柄を拘束され、裁判を経て、
少年院でもなんでも隔離すればいいと思うのです。


京都府学連事件など、憲法の判例では
よく個人を撮影することの適法性を問うものがありますが、
若者が自らの命を絶っている現状があるので、
防犯カメラによる証拠保全は緊急性があると考えます。


学校には左利きの日教組や、恥知らずのPTAなど
豚の頭にたかるハエみたいなバカが多数いるので、
すぐに学校の自治だとか人権だとか騒ぎ立てるのですが、
学校だろうとなんだろうと犯罪は犯罪なので、
犯罪の行われた現場を撮影することはまっとうな考えだと思います。
いじめで殺された人間は、人生のすべてを強奪されたのです。


先輩が後輩を殴れば暴行罪ですし、
教師が生徒が出血するまで殴れば傷害罪です。
それが元で自殺するようなことがあれば傷害致死あるいは殺人罪です。

僕は法律の優秀な学習者ではないので
列挙することに限界がありますが、
日本の刑法には現場助勢罪などがあるので、
クズは片っ端からしょっぴけばいいと思います。

社会不適合の、善悪の判断基準を学んだことの無い、
厚顔無恥ないじめっ子・体罰教師には、
他人の気持ちを斟酌して更生するような機会を、
一般の社会と隔離された空間で学ばせるべきで、
それが健全な社会だと思います。



僕が学生だった頃、幸か不幸か僕の周囲では
はっきりと分かるようないじめは認識できなかったのですが、
僕は他のことに大変熱心だったので、
いじめの現場を見ても、知らんぷりをしていたと思います。

こういう人間もクズですが、
犯罪ではないのです。