蕨一太は管理組合に過去の会計報告書の閲覧を申し出た。これまで管理業務には無関心だった彼にとって、これらの数字の羅列はまったく馴染みのないものだった。しかし、横領の噂が本当ならば、どこかに不自然な支出があるはずだ。
報告書を手にしてみると、共益費や修繕積立金以外に貸借対照表、業者への支払報告書、駐車場の収支報告書がありその膨大なデータに圧倒されそうになった。
「まずは共益費と修繕積立金の動きを確認しよう」
ここには共益費や修繕積立金の収支、管理費用の支出項目、それぞれの記録が驚くほど細かく記されていた。蕨は気を引き締め、ひとつひとつの数字を確認していった。じっくりと報告書を読み込んだが、見たところ大きな異常はない。だが、ある月に目を留めた瞬間、違和感が胸をついた。
「この月だけ、急に修繕費が増えている」
そのページには、突然増加した修繕費が記載されていた。だが、詳細な説明や理由が見当たらない。マンションの修繕費は変動することがあるが、通常こうした大きな支出には工事の内容や理由が明記されているはずだ。しかし、この月の報告にはそれがなかった。ただの修繕工事とは思えない。もう一つ気になったのは、この異常な支出があったにもかかわらず、その時期の理事会議事録にはほとんど触れられていないことだ。大きな支出が話題に上がらなかったことが奇妙に思えた。
蕨は額に汗を浮かべながら、その数字を何度も見返した。「一体何があったんだ」蕨は報告書を睨みつける。疑念が大きくなり始めた。だが、単なる異常な支出だけでは横領の証拠にはならない。さらに深く調べる必要がある。
その晩、蕨は新たな計画を立てた。会計報告書を分析するだけでは限界がある。住民たちの反応を探るために、もっと直接的な方法が必要だと感じた。彼は管理組合について話し合う機会を設けるべきだと考えた。
親睦会という口実で住民たちを集め、自然に話題を出せばいい。蕨はそう考えた。直接「横領」という言葉を口にするわけにはいかないが、住民たちの間に何かしらの疑問や不安があるかもしれない。それを引き出すことができれば、次のステップが見えてくるはずだ。
