事件が発覚してから一週間後、パールマンション富士見の臨時総会が開かれた。 出席者の顔ぶれは、普段の総会とは比べ物にならなかった。書面委任状すら出さずにいた住民が、続々と集会室に姿を現した。廊下にまで人があふれ、追加の椅子を運んでくる音が何度も響いた。普段は名前も知らない隣室の住民と、肩が触れるほどの距離で並んで座った。これほど多くの住民がここに集まったのは、少なくとも蕨の知る限り初めてのことだった。皮肉なことに、組合が最大の危機を迎えたとき、はじめて全員が当事者として顔を揃えた。
弁護士を交えた報告によれば、南辺会計担当理事が横領した総額は八千二百万円に及んでいた。修繕積立金はほぼ底をついており、予定していた大規模修繕の実施は不可能な状況だった。さらに、複数の口座に分散された資金は、すでに株式投資で消失しており、回収の見込みが立たないことも明かされた。数字が読み上げられるたびに、室内のざわめきが大きくなった。隣の席の女性が、口元を手で覆ったまま動かなくなった。
「どうしてくれるんだ」
最前列に座った初老の男性が、ついに声を荒らげた。 その言葉は茂原理事長に向けられていたが、茂原はうつむいたまま顔を上げなかった。木更会計監査役も、両手を膝の上で固く組んだまま沈黙していた。
蕨一太は、部屋の端に立ちながらその光景を静かに見ていた。怒りはわかる。しかし、この損失を生んだのは南辺一人ではない。誰もが役員に任せ、数字を確認せず、総会にも来なかった。その積み重ねが今日この部屋を満たしている。そのことを今ここで言える空気ではなかったが、言わなければならない日が、必ず来ると蕨は思った。報告会が終わった後、蕨は誰よりも遅く会議室を出た。廊下の窓から、夜のエントランスが見えた。住民が一人、また一人と自室へ戻っていく。それぞれが今夜、この事件について何かを考えながら眠るのだろうと、蕨は思った。損失は金額だけではない信頼という目に見えないものも傷ついていた。
