蕨一太は、副理事長の柏との対話を終えた後、次に理事長の茂原にアプローチする必要があると考えた。柏から得た情報によれば、茂原は何かを知っている可能性が高い。理事長という立場を利用して、組合の内部事情を隠蔽しているのだろうか。
 

数日後、蕨は茂原に会う機会を見つけた。マンションのエントランスで、何気なく茂原に声をかける。

 

「茂原さん、お時間ありますか。最近、管理組合の話題について少し聞きたいことがあって」
 

茂原は硬い表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべて答えた。

 

「もちろん、蕨さん。何でも聞いてください。」
 

「実は、先日のティーパーティーで、過去の修繕費が急に増えた時期の話が出まして。それについて詳しく知っていることがあれば教えてもらいたいんですが。」

 

蕨はできるだけ穏やかな口調で話を進めたが、内心では茂原の反応を注意深く観察していた。茂原は一瞬眉をひそめたが、柔らかな笑みを取り戻した。

 

「ああ、あの時のことですね。確かに、修繕費が増えたのは事実ですが、特別な問題はなかったはずですよ。全て正規の手続きで進められましたし、会計報告書にも明記されています。」
 

蕨はその答えに違和感を覚えた。茂原の態度がどこか不自然で、答えは用意されていたようだった。だが、直接的に疑いをかけるのは危険だと判断し、少し別の方向から切り込んでみることにした。
 

「そうですか。実は、最近他の住民の方からも同じような疑問を聞きまして、皆さん気になさっているようなんです。特に、理事会での話し合いの内容や、修繕工事の契約先に関しても、もう少し詳しい説明が欲しいという声が上がっていまして。」
 

茂原はその言葉に反応した。

 

「契約先についてですか。まぁ、確かに一部の住民には詳細をお知らせしていなかったかもしれませんが、すべて透明性を持って行っているつもりです。」


「それなら良いんですが、住民の不安を解消するためにも、もう少しオープンにしていただけると安心です。」

 

蕨は言葉を選びながらも、茂原の防御的な態度にますます疑念を深めていった。
 

「なるほど、考えておきます。」

 

茂原は話を打ち切るような口調で答えたが、蕨には単なる言い訳に聞こえた。
 

蕨は、この会話で得たわずかな手がかりを元に、さらに深い調査が必要だと感じた。全体像はつかめないが、少なくとも理事会で何かが隠されていることは明らかだった。