自分も結構いい年になってきて、職場に若い人たちが増えてきてたりもするんですが、そういう人たちに対してもっと思慮深くなってほしいとか、どんどん自分なりのアイデアをアウトプットしていって欲しいなんて意見が聞こえてきたりします。
自分がその年齢の頃は、同じぐらいであまり考えても無かったよとも思いながらも、考えやアイデアを出せない環境というのも増えてきてるのかなと、個人的に思ったりします。
じゃあ、考えやアイデアを生み出す環境ってどんなんだろう?ということで自分なりにまとめてみました。
1. 何も(誰も)無い環境
自分はこの環境に思いっきり当てはまったりしたんですが、入社したての頃は先輩がおらず、自分たちで考えて行動していかなければなりませんでした。
そして自分が入社した2000年ごろは、今から比べると何も手付かずの状態になっていたため、それまた自分たちで仕事を生み出しやすい環境でもありました。
ITに対して盲目的になりすぎていた時代ということもあったためか投資が盛んに行われ、やりたいことが自由にできたというのもあるかもしれません。
今では、すでにどの企業もある程度のIT投資をしているため、なかなか一から環境を構築したり、参加するプロジェクトも今あるものをリプレイスしたり(そしてその過程で様々な制約があったり)という具合に、何も無いという状況があまりありません。
要は自分たちでやるしかない環境に身をおけば、必然的に考えて行動しなくてはなりません。
例えそれが回りくどいやり方だったり、車輪の再発明だったりしても考える癖や思考法はそこで身に付いたりもすると感じます。
2. 不幸な環境
誰しも不幸な環境より幸せに働ける環境を望みます。
ですが、不幸な状況であればそれを脱するために頭を働かせたりもするものです。
逆に安定した環境だとそれを維持しようとする方向に考えを持っていったり、特に問題が無いため思考停止に陥ることにもなったりします。
時に問題だらけであったり、逆境に追いやられた環境というのは、それを変えようというエネルギーを生み出し、そこから新しいアイデアも想像されるのかなと思ったりします。
まぁ、長くはいたくない環境ではありますが。
3. 余裕がもてる(リラックスできる)環境
余裕があるというのは時間であったり権限であったり、リソースであったり。
要はアイデアを実践していくためには、それを想像する時間が必要になってきたり、人を動かせるための権限があったりする必要があるのかなと。
1日で考えろと言われても中途半端なものしか思い浮かばなかったり、そもそもそんないいアイデアが急にひらめくということも無かったりします。
そして、いいアイデアができたとしてもそれを動かす権限であったり、人がいなかったら実現できません。
リラックスした状態で自由に思いを馳せるという環境も良いアイデアや考えを生み出すのに必要な要素になってくるのではないかと思います。
4. 比較できる環境
現状と比べてそれがいいのか悪いのか、あの人と比べて優れているのか劣っているのか、こっちのものと比べて高いのか安いのか。
その良し悪しを判断するためには、何らかの比較材料が必要になってきたりもします。
そしてその比較結果から新たな改善案など考える種にもなります。
何も(誰も)無い環境とは逆のところにはなりますが、そんな中でも自社内だけでなく他社や業界の動向を調べたり、ネットを通したつながりなどから自分の優劣を比較をする工夫もできるでしょう。
また、比較するためには比較すること自体を許容してくれる環境も必要です。
これがうちのやり方だとか、俺の考えに意見するのかなんて態度を先輩や上司がとっていたら、それこそ思考停止になって単に考えを受け入れるだけの人となるかもしれません。
5. 評価(フィードバック)される環境
プラスに評価されれば誰しも嬉しいものでしょうし、より良いアイデアを生み出そうとするモチベーションにつながります。
一方で評価はマイナス面もあるわけで、ただ例えそれがひどい評価を受けたとしても冷静に受け入れることができれば、その改善をするためのアイデアが新たに生み出すきっかけにもなるでしょう。
それは、評価する側の一般論と比べてどう悪かったのかという比較や、その逆境自体が覆すためのエネルギーを生み出し、次のアイデアを生むきっかけにもなってきます。
良い評価だけでなく、悪い評価もきちんと伝えられ、それを変えていくためのチャンスを与えていくことで考える循環が生まれるのかなと思います。
無償のソフトウェアやサービスを構築し公開していくのも、それを支えるコミュニティからの声がきちんとフィードバックされているというものが継続的に続けていくための糧になっているのだと思います。
6. 失敗できる環境
失敗というのは多くのことが学べるものです。
トラブルを起せば、その原因を追究する過程で対応のまずさや課題を浮き彫りにしてくれたりもします。
それをどう改善すればトラブルが起きなくなるとか、今回の対応はどこに問題があったのか、全てがうまくいっては気づかない事を失敗の中で見つけられたりもするものです。
失敗をしたときの影響範囲やその対応時に受けられるサポートの大きさは、失敗することの怖さや安定した環境であることや周りの支えの大切さをわからせてもくれます。
しかし、多くの環境では失敗は悪として扱われますし、失敗しないためのノウハウを次々と経験の浅い人たちに教え込んだりもします。
経験もしていないことを教えられても本当にそれが必要なものなのか、失敗したときにどのような影響が出るかもなかなか実感できません。
かつての自分もそうであったように、自分の対応範囲で収拾ができるようなことは、思い切って失敗させてもよいと全てを任せてしまい、実際に体験を通して多くのこと学んでもらおうとする環境も必要になってくるのではないかなと思ったりします。
7. 見える環境
他人の意見やアイデアが見える環境というのは、それを種として新しい考えを生み出すきっかけになったりします。
相手の考えがわからない状況で対処しろといわれても、何をどう対処すればいいのかわかりません。
よく「自分たちで考えて行動しろ」とか言われたりするもんですが、インプットが何も無い状況ではどっちに向かって進めばいいのかさえもわかりません。
その他にも、情報が出し惜しみされた環境では、試行錯誤となることでアイデアを出すことも途切れ途切れとなったり、途中経過のアウトプットで中断されることにより、そもそも本人が持っていたアイデアが歪曲されてコントロールされてしまう結果を招いたりもします。
それを考えていると評価する人もいるのでしょうけど、単にそれは自分の考えを押し付けていたり、自分が用意した答えを言わせるための手段になっているように思えます。
この辺りは、ネットとかのつながりを通して凄く意見が見えやすくなっている現状では、対外的な考えや価値というのは見通しやすくなってるかもしれません。
局所的な視点で見える・見えないを判断するのではなく、いつもと違うレイヤで物事が見える環境に身をおくのもアイデアを生み出しやすい環境なんだと感じます。
まとめ
ただ、現状ではなかなか上記にピタッと当てはまる環境というのは見つけづらいかもしれません。
何も無い環境というのは、自ら起業したり出来立てのベンチャーに入ったのであれば別でしょうけど、多くの企業に勤めれば経験豊富な先輩がいて手取り足取りの教育があったり、すでに完成されたシステムの保守・運用が中心で自分たちが何か新しいものを生み出していくという環境は用意されていなかったりします。
同様に情報が多かったり職務が細分化された現状では、時間や権限を十分に与えられるという環境も手に入りにくいでしょう。
既にあるものからももちろん多くのことを学べるでしょうけど、それって初めから器の大きさが決まっているところに水を足していくようなものでいつか一杯になり、そしてその器を越える水を注ぐこともできません。
考えるということそのものは、器を作るところから始まるのではないかと思ったりします。
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