同じ境遇の人もいるかもしれませんが、私には会社で先輩と呼べる人がいません。
いや、正確にはいるんですけど同じ仕事をしていて、自分の担当の仕事に関して的確にアドバイスをしてくれる人というものがいません。
プログラムをこう書けばいいよとか、それにはこういうアルゴリズムが有効なんだよとか、このコマンド便利だよとかってレベルで教えてもらえたり、自分のアウトプットに対して良し悪しを判断してくれる人がすぐ身近にいなかったわけです。
仕事の進め方とか、考え方とか、悩みとかを相談できる人はいるので、そういった人はその方面で凄くお世話になってたりもするんですが、自分が担当するエンジニアとしての仕事そのものについて、わからないことがあれば自分でどうにかするというスタンスでどうにかやってきたりしています。
昔からわからないことがあればググるってエンジニアの仕事としての課題とかは解決していたんで、ネットそのものが良い先輩のような位置づけと思ったりしてます。
答えを教えてくれる先輩としてのインターネット
検索エンジンが発達してくれたおかげで、とりあえずエラーメッセージなんか貼り付けて検索すれば、近い問題を抱えた人の情報が出てきて、何とか自己解決もできるような状況になってます。
なので、この手の問題というのはローカルのシステムのローカルの仕様に伴う問題でもない限りは、労せず答えをネット上で見つけられたりします。
まぁ、ローカルのシステムのローカルの仕様というのは、自分自身(もしくは後輩)が作ったようなものなので、あまりその問題というを抱えることは無かったりして、凡ミスのバグ取りに苛まれるぐらいなもんだったりしました。
ただ、そもそもその仕様で作ることが正解なのかどうかがわかりません。
今でもこの辺のことって答えを探せるようなものでもありませんし、そんなローカルのアプリケーションの仕様ってその環境に左右されたり経験によってどう作るべきかみたいなところが身に付いたりもしますので、一般的なデザインパターンやアルゴリズムの話があったとしても、そこにピタッとフィットするような解というものが落ちているわけではありません。
そんな問題は、ある程度経験をつんだ先輩がいたら最適解を出してくれるだろうにな、とかは思ったりしたことがあります。
逆に、その答えを周りが持っている状況にいる人であれば、ネットはあまり存在意義を発揮しないのかもしれません。
「人がどう思っているかとか興味が無い」って言ってあまりネット自身に興味を示さない人もいたりしますけど、そういう人って自分の意見に対して絶対の自信を持っているんだろうなって感じたりもします。
それは、ネットに係らず他人の意見をあまり聞かない人なのかもしれませんけど。
ソーシャル化が発達して見えてくるロールモデル
最近は、ネットでのソーシャル化が進んだおかげであちら側にいる人との素性というものも見えやすくなってきています。
勤め先や年齢問わず同じ業界で働いてる人の一言一言を見てると、自分の考えの良し悪しというものもそれを対象にしてある程度見えてきたりもするわけです。
結局自分の頭の中の世界だけで出した答えってたかが知れていたりもしますし、自分の頭になく周りに知っている人もいないという状況になれば、さらに外界に求めるしかないわけです。
ネット上には「この人スゲー」って人もいっぱい出てくるわけで、それは自分のレベル間を如実に表して残酷にする一面もある一方で、純粋にお手本にできる人の存在というものを作ってくれたりもします。
技術って取あえず作ることができるレベルに達するのってそこまで難しくも無かったりしますけど、そこで満足してしまうとずっと停滞してしまう結果になってしまいます。
同じエンジニアの人の考え方を見てると、その先ってずっと深いところがあるんだなって思うことができますし、その間にある自分との差を生み出す壁って何なんだろうかって事がそこから教えられたりもします。
検索するだけでは到底知ることが無かっただろう事が、ソーシャルネットワークを通して情報として入ってきて、普段耳にすることの無い自分にとっては、それがとても斬新に聞こえてきたりもしています。
リアルな先輩としての意見として聞けば構えてそれが全てのように受け取っていたかもしれませんが、フラットなネットの世界では、あまりそういうところが無く一つの意見として受け止められるのも大きいかもしれません。
結局、自分がネットに求める事ってそういう周りから得られない知識を充当してくれるよき先輩としての役割を担ってくれているのかなと感じたりしています。