システム屋さんやってる人のブログ見ると「なんでも屋」って表現している人を結構見かけたりします。
実際、昔からシステム屋やっているような人は、ITに強い人と疎い人の割合が極端だったりしたため何でも面倒を見るように頼まれたり、今でも人材不足から様々なレイヤーの仕事を一人でこなしているというような人は多くいますし、そういった人はまさに何でも屋って表現が板につくのでしょう。
ただ、この表現ってあまり良い意味で使っている人がいないんじゃないかなと思ったりもします。
多分、中途半端な存在って印象があるからもしれません。
何でも屋って表現の危うさ
エンジニアといっても様々なレイヤーのエンジニアがいて、それぞれの分野で深い知識を掘り下げられたりもするんですが、要は何でも屋ってそんないろんなレイヤーの初めの方をかじり倒したような人を想像されたりもします。
非エンジニアから見ればそれでも凄いじゃんみたいな事を思われたりもするんですけど、同じエンジニアからみれば、どこにも得意分野を持たないって目で見られたりもするわけです。
実際、全てのレイヤーでプロとして働けるような人はエンジニアの中でも一握りですし、そういった人は特段自分のことを何でも屋のような表現をとったりもしないでしょう。
ギークの人から見れば、自分の興味を拡張させていった結果、多岐のレイヤーにわたって深い知識を得られたってことだけだったりして、自らなんでもやろうって意思を持って取り組んでいるというより、気が付いたらそうなっていたって結果だけのような気がします。
いろんな分野で仕事をしてみて知識を得ることは悪いことではないと思いますが、ただそれをひたすら繰り返していると、結局自分が思うように中途半端な存在として成り立ってしまって、どっちつかずの存在にもなってしまいます。
一方で、ある一つの分野に特化して極端に偏ったエンジニアって言うのも活躍の場が限られたりもして、それは実際に仕事をするうえではレイヤーにまたがって仕事をしたり話をしたり、能力を活かさないといけなってことがあったりするわけで、偏屈に自分の領域というものを固定してしまうと、扱いにくい人材として孤立してしまう可能性もあります。
一般企業としてうまくやっていくには何でも屋の存在の方が都合がいいことになります。企業側から見た視点として。
脱何でも屋でやっていこうとしたら変に箱の中で役割の変化を求められる一般企業よりは研究職とかについたほうが幸せになれるかもしれません。
何でも屋が都合が良いのは与える仕事に替えが利きやすいのと、分野を横断して話がわかる人材の方が応用しやすいからです。
良くも悪くも、いろんな仕事を振ることができるというオールマイティの存在として扱われますから、特定の分野で秀でたほかのエンジニアがいたとしても、他の分野のタスクをこなせる分つぶしが利きますし、1つの分野だけで施策を成し遂げることも出来ませんので、横断的に話が出来る人材というのは貴重になったりもします。
それが何でも屋である強みではありますが、その何でも屋としての存在はあくまでその閉じた世界の中だけであって、外に出れば同様に能力を発揮できるとは限りません。
そもそもアピールとして何でもやりますっていうのはポイントになりませんし、何でも出来ますというのはあまりにも誇張した表現になりすぎたりもします。
なんでも屋のその先
都合よく扱われがちな何でも屋ですが、そういった人たちに何でもかんでも仕事を振っていくことがベストとは限りません。
都合の良い存在を確立してしまうと当然仕事は集中します。
そして、リソースは限られますのでオーバーワークになってパフォーマンスが低下する事にもなります。
マネジメントする側から見ても、何でも出来るからという理由だけでタスクの割り振りを正しい判断を下していなかったりもします。
何でも出来るといっても得意分野があるでしょうし、与えたいタスクと使えるリソースを見れば誰が対応するのが最も能力が高いのかって判断を見落とすことがしばしばあります。
仕事には前後関係がありますから、シームレスに対応が出来る人物の方がポイントが高く見えがちなのもあるかもしれません。
ただ、そういう人を多く育ててしまったときに、高い専門分野が必要になってくると対応できなくなってきたりしますし、長年そういった仕事をさせることでエンジニア自身のモチベーションの低下を招くかもしれません。
何でも屋って表現を好まないエンジニアが多くいればそれはなお更です。
35歳定年説のように、何か別のキャリアパスを描かせようとするIT企業も多かったりするので、何れにせよ何らかの進路変更を求めるように仕組まれたりもします。
下積み時代はエンジニアとしての何でも屋を育てて、マネジメントをしだしたら分野が変わっただけで何でも屋の仕事が待ってたりもするわけです。
結局、レイヤーは違えど何でも屋を仕立てる方向に企業内の教育やキャリアパスは動いていったりもするので、それまでに如何に様々な経験を積みつつも自分の中の強みを伸ばして理解しておく必要もあるかと思います。
あいつは何でも出来るからという視点で見られているのは、ある意味で特化した分野能力を持ってると思われていないという裏返しがあったりもします。
経験を積んで、アプリケーション開発やインフラ構築など技能のレイヤーから、開発と運用という業務のレイヤーなど様々な切り口で経験を積んでいたとしても、プロジェクトを遂行する体制の1ピースとしてどこに当てはめるのがもっとも自分の能力が発揮されるのかという印象を持たせておかないと、リソースが足りないからという理由以外で都合よくいろんな仕事を押し付けられる存在となってしまいます。
何でも屋であることが強みとなってしまっては、いつまでも都合の良い存在を抜け出せないのではないかなと思ったりするわけです。