アウトプットの一環として活用するブログ | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

ブログを書いていて、如何に自分が高い志を持って質の高いエントリを書こうとしても、その多くは独り言でしかないんだな、と思うことが最近よくあります。

それは、個を表現すればするほどに。

批判を浴びないブログの書き方ってあるのかな? 」に書いたように感情を潜め、最小限の情報だけでブログを書くという使い方であったとしても、書き手の趣味・志向が出てくるところがありますしね。


ただ、そんな所詮独り言と冷ややかな目でブログを見てみても、ブログを通してアウトプットを出すことの意味ってきっちりあるんではなかろうかと思います。



アウトプットの効能


別にこれは、ブログに限定した話ではないと思うのですが、何かの情報を得てそこから得た考えや感情というのは、別の何かに吐き出してあげないとそのまま収束してしまいます。

そして、それを後から見つめなおすこともできなくなる。


その情報を得て自分の中の琴線に触れたのに、数日も経ったら忘れてしまうこともよくあります。

ネットでこれだけの情報量を浴びるように受けていたら、刻々とめぐるその考えや感情というものを吐き出してあげないと脳内だけでは処理できなくなります。


天才なら別ですけど、自分を含め頭の中だけで長時間記憶できるような人ってそんなに多くないんではないでしょうか。

なので、ブログでもはてブのコメント欄でも紙にでも何かに書き出してあげてた方が自分にとってもわかりやすかったりします。


もう一つ、アウトプットを出そうとすれば、脳内でその考えをまとめようとする動きをしてくれます。

脳内の記憶装置だけでは処理し切れなかったものを、ブログなど外部装置にアウトプットしておくことで、色んな観点で考えをめぐらせることができます。


自分の場合、あまり考えがまとまってからブログを書くというより、ブログを書きつつ考えをまとめていく方です。

そのアウトプットは独り言であり、自己満足のものであったとしても、その時の自分の考えをその時の自分のレベルでまとめ上げることはできます。

たとえ、後で読んで恥ずかしくなっても、その考えのまとめがあるからこそ、次に進むステップがあると思うわけです。



読めば得られるという幻想


アウトプットを出さない人も多くいます。

別にそれは、ブログを書かないというわけではなく、例えば自分の考えを表に出さないとか、何か思ってるはずなのに、自分のようなレベルではと恐縮・萎縮して喋ろうとしなかったり。

そういった人の中にも、きっちり自分の考えを持ちたいとか、自分の考えで語りたいと思っている人は多いのではないでしょうか。


向上心はあるので、他人の意見や本を読んだりネット界隈で情報を拾ったりして知識をつけようとしても、最終的なアウトプットを出さなければ、いつまで経っても次のステップに進めません。

それが最終的な自分の考えの完成系でなくとも、今の自分の考えをアウトプットとして出さないと、いつまでもゴールの無いマラソンをしているようなものになってしまいます。

現時点でのアウトプットを出せば、それに肉付けする形で別の視点から考えることもできたりします。


この人のような考えを持ちたいと思っても、その人とまったく同じ考えを持つことはできません。

そして、その人の考えもまた時間の経過とともに進化や変化をしていっています。

いきなりそのレベルに到達することはできませんし、アウトプットを出してみないとどのレベルにいるのかという答え合わせさえもできません。


何かを読んで得た情報というのは、大抵漠然としたイメージしかもてません。

自分がその著者とまったく同じ経験をしているわけでもないので、「なんとなく言っていることはわかった」というレベルぐらいです。

それを自分の経験と照らし合わせ、考えを定着させるにはそれに関してある程度きっちりと考える時間が必要になってきます。


ですが、脳内だけでとどめておいても別の情報が入ってくるとすぐに入れ替わってしまいます。

せっかく読んで得た情報もそれだと意味を失うことにもなってしまいます。



まとめ


だからブログでアウトプットを出すことは意味があるのだ、という理由にはならないかと思いますが、少なくともそんなアウトプットの場としてブログを活用してみるのもいいのではないでしょうか。


得た情報のタネを簡単にメモっておいて、後でそれをじっくり考えて吐き出してみる。

アナログにそれをこなすことも可能ですが、ブログにアウトプットすることで得られる、読者からのまた別の視点というものも新たな考えをめぐらすタネとなりえるのだと思います。