最近、ブログに変わる情報発信ツールとしてTwitterが注目を浴びる一方で、そういえばRSSはどうなった?ってふと思ったりしました。
ブログの台頭とともにRSSも栄えていきましたが、Twitterの勢力が増しブログが衰退していくと、RSSも同様に死んでいく運命にあるのかな、と思ったりします。
情報はPull型からPush型へ?
RSSが出てきた頃は、メールに変わるコミュニケーションのインフラとして期待されていて、これからの情報は誰かに投げつけるPush型ではなく、自分から取りに良くPull型だ!見たいなことが騒がれていました。
Twitterの勃興によりブログは死んだ、見たいな事を言われだすと、そのRSSの存在価値も薄れていっているのかな、と思ったりします。
Twitterでの情報のやり取りを見ていると、情報を引き出すというよりは、自ら置きにいっている感覚です。
メールなんかのように(どちらかというとTwitterという巨大なメーリングリストのよう)、誰彼と無くつぶやいたり、特定の誰かにreplyを投げたりしています。
自ら情報をとりに良くというスタイルは、ITを駆使する人にとっては当たり前のことに感じますが、実際は沢山の釣り糸をたらして情報を待つスタイルでもあります。
釣れないときは退屈で、釣れたとしてもそれが狙ってた獲物であるとも限らなかったりします。
自分も多くのブログをリーダーで購読していますが、未読件数が溜まっても実際に読むのはその中の本の一握りだったりもします。
Pull型のコミュニケーションは、そこに自分の興味の対象がある場合、それを引き出すことに面白さを感じたりもしますが、そうでない場合や情報があがってこなかったら退屈になってしまいますし、これだけブログというものが浸透して、ネットが混沌としてくると情報を釣っていくことにも限界が来るところがあります。
面白いものを見つけたいなら、じっと待つよりピンポイントにこの情報というものを引き出したくなってくるのかなと。
やっぱりコミュニケーションに頼るのは人なのか?
人力検索のようなサービスも流行っていますが、Twitterでの情報のやり取りを見ていると、やっぱりシステムなんかに頼るより、人に頼った方が現時点で最も効率がいいと感じたりします。
(もちろんそれを支えるのはシステムですけど)
なので、Twitterの凄さはそれを支えるインフラがあることはもちろんなのですが、どちらかというとその中の人が凄いんだな、と感じたりします。
これが知りたい!といったときに誰かが答えてくれる。
情報のタネをまくと、どこからと無く水遣りが始まって花が咲き出すわけです。
RSSは、基本的に何が釣れるかわからない状態であるのに対し、TwitterのようなPush型のコミュニケーションを取ると、求めてたものに近いものが得られます。
ブログは、書き手というよりその空間がメインになりますし、そこで得られる情報はある程度専門特化されます。
それは、Twitterよりも得られる情報の濃度が高いという特徴もあるかもしれませんが、一方でその専門は範囲が狭いことも考えられ、複数のRSSを購読しなければならないというような事態にもなります。
Twitterは人の寄せ集めで成り立っていますから、専門特化されることが少ない。
(フォローする人を調整すれば可能かもしれませんけど)
誰かに聞けば何か知ってるだろう、という感覚がありますしね。
ただ、Twitterは情報の受け皿が必要になるので、少なくともそれだけで完結することは少ないかなと思います。
なので、ブログの存在が完全に消えることはもちろん無いでしょうし、どちらかというとブログの中で行われている短期間で行うコミュニケーションがTwitterのようなマイクロブログに吸収されていくのではないかなと思ったりします。
そして、Twitterの中の人にその存在を効率的に示すための手段が必要になります。
現時点で、それはRSSが担っていますが、例えばその更新情報がTwitterのような領域にどんどん流れていきだすと、ますますRSSの活用の場というのは少なくなっていくのかもしれません。